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36 魔導都市ノード

「ライオネッタさん!? 何故殺したんですか!!」

「これ以上聞ける事はねぇからだよ。クソムカつく事だが、最初から黒衣の魔導師の奴ぁ俺達の行動を読んでたって事だよ」

「だとしても!」

「こいつは死を覚悟した眼だった。そんな奴に尋問しようが答えが返ってくる事は無い。要は俺達にこれ以上混沌の魔獣を討伐させないようにするためだけのメッセンジャーだったって事だ」


 ライオネッタに食い掛っていたドットは、未だ納得しきれていない感情を御し、少しずつ崩れてゆくゴブリンの残骸にもう一度視線を落とした。

 結局、多くの『なぜ?』を残したまま束の間のダンジョン攻略は終わり、何とも後味の悪い結末のまま一行は一度帝都へと帰還した。

 それぞれに言いたい事もあったと思うが、慣れない連戦からの長期戦だった事もあって今は言い争う程の気力も残ってはいなかった。

 いや、争いたくは無かったのだろう。

 だからこそ皆、すぐに疲れを癒すために旨い料理と質の良い宿屋で泥のように眠る事に集中したのかもしれない。


「皆さん!! 朗報ですよ!!」

「やけにテンションが高いな。何が朗報なんだ?」


 ダンジョン攻略の二日後、珍しく興奮気味のドットがギルド内で皆に嬉しそうに声高々に口にした。

 そう言うとドットは敢えて口にはせず、机の上にカバンを置いて自らのステータス画面を開く。

 何度かドットが自らのステータス画面に触れたかと思うと、ぎゅうぎゅうに詰まっていたカバンに少し余裕が生まれ、また画面に触れるとパサリと布同士の擦れる音が聞こえる程急に中が空いた。


「なんだ? 今度はカバンが異次元にでも繋がったのか?」

「違いますよ! 今回の能力は遂に持ち物に干渉できるようになったんですよ! しかもあのちょっと不便だった復元能力とも共存できてるんです!」


 そう言いながらドットは依然変わりなく煩雑とした情報群に埋め尽くされた自らのステータス画面を見せながら、所持品の項目を開くと、今現在持っている品の数々がそこにも表示されていた。

 同一の所持品は数値で表されており、以前マリアンヌの能力の確認の為に一点ずつ購入していた沢山の素材群や新調して使わなくなっていた装備類も並んでいる。

 その内の一つの項目にドットが指を触れると、数値の部分の色が反転して明滅しだし、そのまま指を上下にスライドさせると数値が変動しているのだ。

 そのまま数値をゼロに合わせた状態で指を離すと、机の上に置かれていた謎の骨が瞬時に消えた。


「ほぉ~。随分と便利な能力だな。デメリットは?」

「今の所見当たりませんね。強いて挙げるなら、一度所持数がゼロになった所持品は能力名の所に触れると、恐らく魔法などと同じで全ての消耗品や素材等が表示されるようになるので、そこから該当の物を探して所持数を一以上にし直さなければならないぐらいですかね。操作も手間ですが、単純にどういった物なのか分からない物まで全部並んでいるので、これら一つ一つにどういう効果があるのか調べるのはかなり骨が折れますね……」

「まあでもそれなら長期戦もあんまり気にしなくていいかもしれないわね。といってもポーション中毒のリスクは付きまとうでしょうけど」

「冒険中でもお肉食べ放題になる!?」

「うおっ!? ワワムがこういう会話に参加してくるのは珍しいな。まあ概ねそんな感じじゃないか?」

「私から進言するならば、未知の魔物の素材はどのような危険性を秘めているのか分かりませんので、素材類は無闇に実験しない方がいい、というぐらいですかね。それにしても久し振りに使い勝手の良い能力が手に入りましたね」


 各々、ドットの新たな能力である《ItemConfig:Enable》の詳細を調べ、かなり有用な能力である事が判明した事で先日の一件の事をドットは忘れさせようとしていた。

 謎のゴブリンと黒衣の魔導師、そしてドット達の行動が全て筒抜けであるという事実は誰もが薄々感じ取っていたが、今のドット達に知る術はない。

 だが警告をしてきた以上、ドット達のこの混沌の魔獣討伐そのものに誤りはないであろうという判断は変わらなかったため、所持品も装備品も新たにすることのできたドット達は気持ちを切り替えて最後の混沌の魔獣、『絶対零度の蛇人』討伐をギルドマスターに告げ、帝都を発った。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



 帝都コストーラから西へ行き、岩の切り立つ街道を抜けると雪の冠を頂くマテリア山脈が広がっている。

 厳しい自然環境が齎すものは溢れる程の魔力が結晶化した魔石と呼ばれる代物。

 魔力の即時回復や代替魔力、錬金術の触媒に始まり、加工、圧縮や魔石の密度、含有率等々、石の持つ性質次第であらゆる魔法道具の原料や燃料として幅広く使われている最早生活に欠かす事の出来ない万能素材だ。

 そしてその麓には冶金都市ライドのように魔石採掘と加工を主産業とする魔導都市ノードが存在する。

 厳しい環境下においてもノード内部は常春と謂われる程発達した魔道具の数々で管理されており、作物も気候も非常に安定した都市であり、大型の魔導書院や有名な魔導師が多く居を構えているため魔導師達にとって憧れの地でもある……のだが、こちらもライド同様に状況はあまり芳しくない。

 主要採掘場に絶対零度の蛇人が陣取ったせいで採掘量が激減し、今では常春と謳われたノード内部も周囲の寒気を多少和らげている程度には出力を抑えなければならないほど困窮しているようだ。

 当然気候が変われば作物は育ちにくくなるため、最低限の農園の気候維持に魔石を当てるので精一杯の状態だった。

 必然出荷されるような魔石量は少なく、質も悪い状態が続いている。


「ナーガに関する情報は特になし。というか確か蛇なんだろ? 冬眠でもしてくれてりゃあ楽だってのによ」

「異常性に関しては恐らく襲われた人間がほぼ全て殺されているためか、皆時が止まったかのように凍り付いた。という情報しかありませんね……」

「冒険者達の情報もほぼ無し。寧ろここ最近は山に出てくる魔物の駆除すら魔物が増えすぎて危険だから防衛任務が殆どらしいわ」

「とにかく前回同様、用心するに越したことはありません。まずは敵を観察し、ナーガの行動パターンの解明と絶対零度の二つ名の謎を解き明かしましょう」


 決意を新たにしたものの、得られた情報は少ないため、武具店で寒冷地用の装備へと更新し、カバン内の消耗品にも食料や耐寒用の物を少し多めに用意する。

 というのも、本来ならば必要に応じて増やせばいいのだが、ワワムが密林地帯という比較的暖かい場所で生まれ育っているためか、かなり寒さに弱かったため食料を多めに準備しておき、すぐに寒さを凌ぐための野営を行えるように備える必要があったからだ。

 元々長期戦となる事を想定しているため準備に抜かりはなく、いつものように戦闘回避を念頭にナーガの待つ採掘地点へと歩みを進める。

 一度都市を抜けると耐寒装備では熱いぐらいだった気温は一気に冷え、マテリア山脈本来の厳しい寒さがドット達を襲う。

 採掘地点へ向かう街道には本来鉱員を寒さから守るために立ててあったであろうノード都市内部にもあった魔石式のランプがその燃料を継ぎ足される事なく、雪の中に埋もれたり根元から折れてしまっているのが自然の厳しさを物語っている。

 同時に冒険者達ですら増えすぎた魔物の討伐を行う事が出来なくなってしまっているためか、元々人間が使っていた街道付近にも魔物が散見され、迂回や立ち往生も余儀なくされていた。

 本来往復に数時間も掛からないはずの道のりを一日かけて進み、採掘地点中央部へと向かう道まで辿り着いた。


「……なんだ? こりゃあ……」


 ライオネッタの視界に入ってきたのは目的のナーガの姿ではなく、吹き飛ばされるような姿勢のまま空中で静止している冒険者の姿だった。

 それも一人や二人ではなく、視界が開ければ開ける程に無数に増えてゆく。

 かなりの時間が経過しているのか、それら氷像のように動かなくなっている冒険者達の上には雪が降り積もっており、よく見れば地面の雪が降り積もった場所からも誰かしらの手や足が見えていることから付近一帯に同様の異常性の被害を受けた者達がそのままの姿でいるのだろうという事がすぐに理解できた。


「……雪の影響で分かりにくいですが、彼等はまだ生きていますね。確かに凍り付いたようにも見えますが、異常性の本質ではなさそうです」


 アンドリューがすぐさまその氷像と化した人間の手首に触れると、外気温で冷えてしまってはいるものの、確かに脈打っており熱も失っていない。

 続けてドットが触れるが、残念ながらその異常性は触れただけで解除されるものではないらしく、宙に浮いたまま落ちてはこなかった。


「生きているのであればナーガの異常性を取り除けばすぐにでも動き出せるはずです。それにこれだけ異常性を紐解くヒントがあるのですから時間を掛けてでも確実に追い詰めましょう!」


 これまでの経験から異常性の影響を受けた人間は、ドットがその異常性を取り除けば何事も無かったかのように元通りになっていたため、皆を勇気付けるためにも、そしてドット自身の彼等を救いたいという意志を表明するためにもそう口にした。

 一先ず彼等の身に何が起こっているのかを詳しく調べるためにドットはその宙に浮いたままの冒険者の身体を引き寄せようとしたが、脈も測れ、肌の柔らかさまで確かめる事が出来るのにその身体をほんの少しでも動かそうとするのは鋼のように硬く、とてもではないが適わない。


「あまり無理に動かしても危険です。とりあえず凍っているわけではないのであれば、別の理由で動けないのでしょう」

「別の理由とは?」

「考えられるとすれば、時間そのものが止まっている。という可能性ですね。神聖魔法の上位には時や空間にすら干渉する魔法があると聞いた事がありますので、この寒空の下数日か数か月か……それだけ放置された状態で生きているという事はその類で考える方が無難かと思います」


 アンドリューがそう言いながら空中で静止したままの冒険者の方へ振り返ろうとしたその瞬間、ドットには一瞬だけ聞こえていたはずの吹き抜ける風の音が止んだように聞こえていた。

 次に風の音を耳にした時、ドットは何故か空を見上げている事に気が付き、上体を起こすと、そこには先程と同じ姿勢のまま動きを止めたアンドリュー達と、勝ち誇った表情を浮かべる蛇人の姿があった。


「来ると思ってたぜ、ドットォ……」


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