34 消耗戦
暗い閉所という戦いに不向きな場所での戦闘で、ワワムが常々豪語していた戦士としての一面を見せつけられたが、唯一その様子を目撃していないドットだけは少しだけ見てみたかったと不満を漏らした。
とはいえここはいつ崩落するかも分からない廃坑。
目的の遂行を最優先にしなければならない状況は依然変わりないため、すぐに意識を切り替えて目的の黒衣の魔導師の捜索へと戻った。
道中、やはりフレイムリザードやインプとの戦闘を回避する事ができない事が間々あったが、ライオネッタとワワム、そしてマリアンヌの協力で難なく撃破してゆき、アンドリューとドットとで魔力の回復を行うという分業状態が続いていた。
戦闘が長引けば当初想定の回復薬の消費量を上回ってしまうため、避けられる戦闘は避けていたが、それでもいつも以上に手持ちの消耗品と相談しながらの冒険となっていた。
当初から想定していた状況とはいえ、必要最小限以外の戦闘が発生するのは迷いの森以来であるため、一度きりの戦闘とはならない。
一日経てばドット達の消耗品も復活するが、それは同様に魔物達の復活も意味する。
ただでさえ夜になれば魔物の活動が活発になる上に、既に使われなくなった廃坑に長く滞在する利点は一つも無いため、可能な限りワワムの身体能力に頼りながらの探索となっていた。
「ドット~お腹空いた~」
ずば抜けた身体能力を持つワワムだが、当然そんな人間離れした動きを永遠に続けられるわけもなく、同時に張り切って動き回っていたためワワムの弱点が露見した。
普段から体の大きさに似合わず大食漢ではあったが、その理由がこの燃費の悪さだろう。
一先ずそう長い探索でもないためドット達の食料をワワムに全て回す事で何とか事足りていたが、もうすぐ二桁という所で遂にその頼みの綱の食料が底を尽きたのだ。
「流石にこれ以上はまずいですね……。ワワムの行動は最小限に抑えないと肝心の黒衣の魔導師に出会っても有効打が打てなくなりますよ」
「それならばいつものようにライオネッタさんを主軸として魔力の消費を抑えながら戦いましょう」
「ん?」
ライオネッタが何かに気が付き、ドットの方へ視線を向けると、同様にマリアンヌもその違和感に気が付いたのか声を荒げた。
「ちょっとちょっと!? なんでドットが二人になってるのよ!? いつの間にかドッペルゲンガーにでも攻撃されてた!?」
「えっ? あっ!?」
ライオネッタの指摘を受けて、二人のドットがお互いに顔を見合わせて漸くその異常事態に気が付いた。
ドッペルゲンガーは他人そっくりに変身し、その変身した相手となり替わる魔物。
本来ならば入れ替わった相手を排除してパーティに潜み、夜の間に全滅へと導く非常に危険な魔物だが、当の本人同士はすぐに異常の正体に気が付いていた。
「本当だ……いつの間にか私がドット様と同じ姿になっていますね」
「え? てことはそっちがアンドリューなの? もう! 人騒がせにも程があるでしょ!!」
「そんな事を私に言われましても……」
「まあまあ、アンドリューさんもわざとやっているわけではないので。とはいえ戦闘が始まる前に気付けたのは不幸中の幸いでしたね」
そう言ってドットがもう一人のドットの肩に触れると、瞬時にいつものアンドリューの姿に戻った。
とはいえ暗い洞窟内では何かが起きても気付くのが遅れるうえ、あくまでここまでで見かけた魔物がまだ二種類というだけで他に別種の魔物がいないという保証はない。
もしも本当にドッペルゲンガーのような知らず知らずのうちに入れ替わるような魔物や、暗闇からの強襲を得意とする魔物に襲い掛かられれば危険であるというのも事実。
残りの食料的にもワワムを率先して行動させられない以上、自然と周囲に警戒を払いながら行動するようになってゆく。
だが規模も内部構造も分からない、重ねて目的の敵が何処にいるのかも分かっていない状況のまま探索を続ける内、当然戦闘も発生してしまう。
次第にドット達を支配してゆくのは焦りの感情。
『まさか……敵の正体や居場所が分かっているという事がここまで楽な事だとは考えた事も無かった……』
次第に黒衣の魔導師の存在すら本当に居るのかどうかすら疑わしくなってゆき、いつ接敵するか分からない状況がじりじりと精神をすり減らしてゆく。
それが常のライオネッタやマリアンヌは慣れたものだが、先の見えぬ探索というものは冒険者としての経験が圧倒的に不足しているドットにはかなり辛いものだ。
「すみません……少しだけ休憩を……」
「やっぱりドットの方が持たなかったか。そうだな。一旦休憩がてら俺から提案がある。あの窪地で少し休もう」
ドットを座らせ、夜目の利くワワムが周囲を警戒しつつ一度精神と体力を休めるが、慣れない状況故ドットはあまり精神的な疲労が拭えていない様子だった。
ドットにとって戦場とは決して慣れない場所ではない。
魔物狩りや獣狩りに行く事もあり、時には父と共に戦場に立ち、いずれ率いてゆかねばならない立場の者としてラインハルトと共に戦場を駆けた。
そしてこの旅でもドット達は混沌の魔獣を討伐するために行動し、戦ってきたが、そのいずれもドット達は常に敵を知っており、不必要な戦闘を避けてきた。
だがそれは偏にドットを守る存在があり、目的を持って戦場に立ったことしかないという側面もある。
命を賭す覚悟も戦いに身を置く覚悟もあったが、逆に言えば先の見えない不安と戦い続けるというのは不慣れな者にとってすればどれほど精神を疲弊させるのかは想像に難くないだろう。
「ドット、解析魔法を使って周囲の敵を洗い出してくれ」
「えっ?」
「流石にそれは悪手じゃない? 周辺の敵が全部集まってくるわよ?」
解析魔法は透明化状態の敵を検知したり、周囲の敵の情報を収集する索敵に使用する魔法だ。
以前はライオネッタが気を引いている内に使用し、情報やその姿を暴く事ができないかと使用しようかとしていたが、本来はそのデメリットとして解析魔法の対象となった魔物にも勘付かれてしまうというものがある。
当然今使えば周囲の敵全てに居場所をバラしてしまうような行為であるため、マリアンヌの発言は正しい。
「逆だ。ドットは確か、戦闘中なら魔力も減らないんだよな?」
「ええ。何度か検証しましたが、戦闘中ならば魔力は消耗しません」
「なら解析魔法を唱える事だけに集中しろ。そうすりゃあ周囲の敵を全部おびき寄せられる」
「何言ってるの!? 自殺行為にも程があるわ!」
「俺達はこの旅の中で短期決戦に特化しすぎた。それが急場で普通の冒険者の真似事をすりゃあ慣れてない奴からへばる。だからこっちの得意とする戦場に変えてやりゃあいい」
「なるほど……。目的を達成すればテレポートで帝都へすぐに戻れますから、後の事を気にするぐらいなら……」
「出し惜しみ無しで一気に……って事ね……。まあ、このまま消耗していくよりはそっちの方が勝算がありそうね。そういう事なら私も賛成よ」
「アンドリューもそれで大丈夫か? 恐らくかなりの集団戦になるからカバーが間に合わなくなる可能性が高いって事は念頭に置いてくれ」
「防御と補助は元々専門です。皆さんの足を引っ張らない程度には守り切れますよ」
「なら決まりだ」
ライオネッタの作戦で満場一致し、すぐさまドット達は陣形を変える。
夜目の利くワワムが前衛、ワワムの補助とマリアンヌの護衛をライオネッタ、そして陽動と索敵役として解析魔法を唱え続けるドットをアンドリューが背に縛り付け、読み取った敵の情報をアンドリューから皆に伝える。
「……行きます!」
ドットの掛け声と共に解析魔法の発動に伴う魔法の波紋のようなものが空間へ響き渡るように広がる。
そして索敵した情報がドットの手元に地形や敵の位置までもを詳細に表示すると同時に、それら敵の反応が一気にドット達の方へ押し寄せてきた。
一番槍として近寄ってきた魔物をワワムが次々と薙ぎ倒してゆき、ワワムが捌ききれなかった敵をライオネッタが引き付けてマリアンヌの魔法で撃ち抜いてすぐに対処し、押し寄せる敵に対応し続ける。
そして敵の数が減ると同時にすぐに廃坑内を移動し、残りの敵を全ておびき寄せてゆく。
魔力が切れたり、体力の消耗が激しくなればアンドリューに回復を頼み、休む間もなく戦い続ける様は正に殲滅戦。
だがそうする事でライオネッタ達のもう一つの目的も浮き彫りになってきた。
「ライオネッタさん! やはり想像通りありましたよ! 我々から離れる様に動く敵の存在が一つだけ!」
「やっぱりな。これで漸く尻尾を掴んだぜ。黒衣の魔導師!」