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33 ダンジョン

 再び訪れたライドの町は最初の時とは見違えるほど活気に溢れていた。

 世界最大の鉱山都市という事もあり、街中には鉄を鍛える金槌の音と轟音を立てて燃え続ける溶けた鉄の熱気が町の復活を象徴していた。

 これまで絞られ続けていた製造量はノウマッド領の最前線へ送られる予定の武具も含め、久し振りの全力稼働に鍛冶屋達も元気を取り戻していたようだ。

 当然冒険者達も質の良いライド製の武具が漸く簡単に手に入れられるようになったという事もあってか、武具店からギルド、果ては道端ですら沢山の冒険者達で溢れ返っている。

 形は違えど一度訪れた町の賑わいを見た事で、漸くドットにも自分が成した事の実感が湧いたのか、自然と口角は上がっていた。

 とはいえ、あまりそこに長居すれば人だかりができて行動がままならなくなるため、感慨に浸るのはそこそこにしてすぐに目的地である町から少し離れた位置にある廃坑へと向かう。

 火山地帯という事もあり、山裾には鉄を多く含んだ荒い見た目の岩石が多く転がった荒地が広がっており、そこを活動拠点とする魔物も同様に過酷な環境に耐えられるよう多くの魔物が炎をその身に宿したり、鉄を含む岩石の鎧を身に纏ったような姿のものが多い。

 対照的に山から延びる河川の傍には山から齎される栄養分を多く含んだ土があるためか、深い緑の草原と木々が茂っている。

 そして暫くもしない内に目的地の廃坑へと辿り着いたが、魔物の住処となってしまっている廃坑傍はとてもではないが見つからずに内部へ侵入を許すような様子はなく、縄張りを守るように周囲を警戒する赤褐色の鱗を持つフレイムリザードと悪魔の翼が生えた小人のようなインプの姿が三体ずつ見受けられた。


「あの魔物……別種同士ですよね? 何故協力して住処を守るような警戒態勢を取っているのでしょう?」

「魔物はあくまで生物の行動を真似ているだけです。魔力さえあれば生きられるため縄張り争い等もただの真似で行っているだけなので、何か目的がある場合はそれらしい行動というのを止めます」

「目的……ということは!」

「黒衣の魔導師の目撃情報の出所はここで間違いないって事だ」


 二種の魔物により万全の態勢で守られる坑道入り口を前にドットがふと疑問を口にすると、アンドリューがそれについて答えた。

 魔物はあくまで既存の生物によく似た姿形を取り、行動しているだけの生命体に近い。

 そのため捕食も繁殖も行わず、煙のように突如現れたり消えたりするのが特徴であり、同時に生物らしい行動を取るのも何かしらの意図があって行っているのだろう。

 模倣元の生物を惑わすためか、はたまた人間を欺くためかは分からないが、要所の防衛や物品の運搬等をしなければならないような使命を与えられた魔物はその『生物らしい』行動を止める。

 まるで目的の守護の為に作られたガーディアンのように、与えられた使命の為の行動のみを行うようになる。

 それはつまり、何か重要な物体か存在がその先にいる事を示唆している。


「フレイムリザードもインプも知能の高い魔物です。敵襲があれば間違いなく仲間を呼ぶでしょう」

沈黙(サイレンス)なら私が使えるわ。ただ分かってるとは思うけれど、範囲内全ての音が聞こえなくなるから不意打ちに注意してよ?」

「俺は慣れてるがワワムの方が問題かもな。無音の中戦った経験は?」

「ないよ!」

「なら今回はドット達の護衛だな。ぶっつけ本番でどうにかなるようなものでもない。ま、あの程度の数の魔物なら俺に任せな」


 そう言うとライオネッタはすぐに廃坑入口へと駆け出し、沈黙(サイレンス)によって全ての魔法や音が封印される前に防壁魔法(プロテクション)身体強化魔法(リーンフォース)を唱え、盾を叩いて大きな音を立てた。

 それに合わせてマリアンヌが沈黙(サイレンス)を唱えると、途端に先程まで鳴り響いていたライオネッタの盾を叩く音が消えた。

 音が消えるとすぐに盾を構えて応戦に動いたフレイムリザード二体とインプ一体を迎え撃つ体勢を取る。

 残りの魔物の内の一体のインプがすぐさまけたたましく叫ぶような素振りを見せたが、自分の声が聞こえない事で異変を感じ取ったのか、すぐに廃坑内へ戻ろうと走り出したが光の壁に阻まれて戻る事を許されなかった。

 事前に発動した防壁魔法(プロテクション)はそのためのものであり、六体全てが一度に襲い掛かってこないと分かっていたからこその強襲だった。

 先に攻撃を仕掛けてきたインプの攻撃を盾で受け、そのまま羽虫でも叩き落すように盾の質量で地面へと押し潰し、続く二体のフレイムリザードが放つ火炎の息吹をすぐに盾を上げて受け止め、炎が途切れると返しの二連撃を叩き込んであっという間に三体の魔物を倒してみせた。

 残るフレイムリザード一体とインプ二体も不測の事態に対応が追いついておらず、慌てて逃げ出そうとしていたフレイムリザードの足を斬り払ってから喉を一突きにし、防壁魔法(プロテクション)を必死に叩いていた残り二体のインプもなで斬りにしてあっという間に歩哨を全滅させた。


「ざっとこんなもんよ」


 宣言通り敵に増援を呼ばれることなく仕事を終えたライオネッタが自慢気に口角を上げて見せたが、実際見事な手際であった。

 もしも敵が初めから取り囲むように動いてきたのなら音による警戒ができない以上ライオネッタも下がらざるを得なかったが、奇襲の利点を活かしきった各個撃破によって相手にそういった思考の余裕を与えなかったのは正に経験のなせる業だろう。


「凄いわねぇ……文字通り一掃。なんなら廃坑も一人で攻略してもらった方がいいんじゃないの?」

「無茶言うな。お前の補助とドットの無尽蔵の回復薬ありきでとった戦術だ。それに黒衣の魔導師との直接戦闘になったら多分俺じゃあ有効打がない。キングスコーピオンの件もあったからこれでも分は弁えてるつもりだぜ?」

「冗談よ。私だって坑道みたいな狭い場所だと騎士は戦いにくいってことぐらいは知ってるわ」

「剣の取り回しが難しくなりますからね」

「それも一つだが、もう一つ理由があってな。坑道や遺跡のような狭い洞穴状になってる場所だと戦場用の鎧は結構音が響くんだ。だから裏地に革を当てた鎧や軽装なチェストプレートに変更したりしないと鳴子と一緒に歩いてるようなもんになっちまうからな」

「なるほど……」

「ドット。感心してるところ悪いが、確か静穏魔法(カーム)って魔法があったはずだ。それを俺に掛けてくれ」


 ライオネッタが自身の鎧の事について説明した上で鎧を変更しなかったのは静穏魔法(カーム)の存在を知っていた事と、もしも激戦となった場合に防御力を落としたくなかったためだった。

 そうしてドットが指示された静穏魔法(カーム)を唱えると、ライオネッタが激しく動てみせても殆ど音が出なくなった。

 実際ドラゴンの巣穴のような強大な敵が存在している事が事前に判明しているようなダンジョンに挑む場合、こちらの魔法を使って音で察知される事を減らしながら防御力を落とさないようにすることも多い為、この補助魔法を使える魔導師は熟練冒険者の中では重宝される。


「後は……光源魔法(トーチライト)暗視魔法(ナイトサイト)は洞窟探索だと必須。廃坑だと何処にガスが溜まってるか分からんからな。毒ガス対策のために水中呼吸(ブレスフル)辺りも全員に掛けておいてくれ」

「多分魔力が足りないですね……。活力剤(エーテル)を消費しながら掛けさせてもらいますね」


 想像よりもかなり多い事前準備に驚きつつ、漸くダンジョン攻略の準備が整った事で狭い坑道へと進んでゆく。

 暫くは横に二人並ぶのも難しいような狭い道が続き、採掘が盛んに行われていたであろう広い空間までは特に何事もなく進む。

 しかし広い空間という事は当然敵にとっても行動しやすい空間であるため、光源魔法(トーチライト)の灯りに気が付いた敵があっという間に集まってきた。


「来るぞ! アンドリュー! 後ろの守りは任せたぞ! ワワムはあまり仲間から離れすぎるなよ!」


 数にして十二体、だがライオネッタやワワムが苦戦するような相手ではない。

 唯一の不安要素は初の慣れない屋内戦にワワムが対応できるか? というところだったが、ドットを背負っていないとはいえワワムは風の如く駆け出し、壁や天井を蹴って文字通り縦横無尽に飛び回りながら爪と拳であっという間に薙ぎ払ってゆく。

 度肝を抜かれたのは何もライオネッタ達だけではなく、まるで無重力にでもなったのかという程暗く狭いはずの空間を自由自在に飛び回る謎の敵に味方が次々に屠られてゆく様を見て、我先にと魔物達が逃げ出そうとするが、背を向けた物から順に鋭い爪が首筋を切り裂いてゆくため退くに退けぬ恐慌状態に陥っていた。


「片付けたよー!」

「おいおいおいおい……! 何がどうなってんだ!? お前あの暗闇でどうやってあんな訳の分からん動きをやってるんだ!?」

「え? 獣人(ガルー)は森の戦士だから狭いとことか暗い森とか得意だよ? それにワワムはこう見えて立派な戦士なのです!」


 そう言ってワワムは自慢気に胸を張って見せたが、普段の開けた場所でドットを背負っての戦いに見慣れていたこともあり、あまりの早さと強さにただただ驚くほかなかった。


「……いやぁ、ここ最近はもう完全に忘れてたが、マジで俺と同じで見た目だけ魔族になってるのかと思ったが……人間じゃないってのはマジの話だったんだな……」


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