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30 見えざる鋏の大蠍

 しっかりと英気を養ったのち、ドット一行は目的地であるリプレ村へと辿り着いた。

 山林の程近くの村という事もあり、視界はあまり開けていないのに村中はキングスコーピオンが暴れた後であるためあまり家屋によって視界が塞がれることもない。

 不意打ちや以前のように近くで観察というのは難しいが、同時に木陰から観察するには都合がいい地形になっている。

 そして混沌の魔獣である『見えざる鋏の大蠍』は探すまでもなくその姿を現した。

 我が物顔で壊れた家々を更に破壊しながら自らの縄張りであると誇示するように周囲を巡回しているが、どうにもその様子がおかしい。

 倒壊した家屋を踏み砕く音も歩き回る音も聞こえているのに、そのキングスコーピオンはまるで彫像のように脚の一つも動かしていない。

 川を流れる木の実の方がまだ動いていると思えるほど一切微動だにしないのに、確かに"動き回っている"。


「今回は特に分かりやすいな……どうみてもあれが混沌の力だろ?」

「そうですね。それは間違いないですが……何故不動のような二つ名ではなく見えざる鋏などと大業な二つ名が付いたのかが今のままだと腑に落ちないですね……」

「さあな。要は見えないほど速い攻撃とかだろ? なんにせよ攻撃させなきゃ正体は掴めねぇんだ。カバーは任せたぞ」

「ちょ、ちょっと!? ライオネッタさん!」


 そう言うとライオネッタはドットの制止を振り切ってキングスコーピオンの方へゆっくりと距離を詰め始めた。

 ガルーダ戦の時と同様、正体不明の攻撃を受けないように防御を最優先にしたすり足での移動。

 どんな攻撃が来ても対処できる……はずだった。


「なっ!? この蠍共、何処から湧いてきやがった!?」

「ライオネッタさ……」


 キングスコーピオンの周囲に突如サンドスコーピオンが取り囲むように六体現れ、ライオネッタが一瞬その蠍の方に意識を向けた瞬間、不意にライオネッタの身体が宙へと浮かび上がった。

 想定外の事態の連続にドットが声を掛けようとした瞬間、敵との距離が近すぎたのかドットの意識が飛んでしまった。


「まずい……っ!! 聖なる輝き(シャインフラッシュ)!!」


 すぐさまアンドリューが魔法で閃光を放ち、蠍達に目潰しを行ったが殆ど効果は無かった。

 それどころか事前に警告をする余裕が無かったことでマリアンヌとワワムも閃光の影響を軽く受けてしまい、サンドスコーピオンの方がドット達目掛けて移動しているのに反撃も防御も間に合わない最悪の事態に陥った。


「レ……裁きの雨(レイニングスパーク)!!」


 パニック状態のアンドリュー達の前方に雷の雨が降り注ぎ、侵攻していたサンドスコーピオンの群れに突き刺さる。


「ライオネッタさん!? ご無事で……」

「バカ野郎……! 絶賛大ピンチだ! 救出できるか!?」


 レイニングスパークを唱えたのは宙で何かに腹部を強烈に圧迫され、軽く口から血を吹き出している状態のライオネッタだった。

 予め唱えていた身体強化魔法によって致命傷には至っていないが、それでも危険な状態には変わりない。


救済の手(ホーリーアンカー)!!」


 ライオネッタの無事で冷静さを取り戻したアンドリューはすぐさま魔法を唱え、ライオネッタに光の鞭のようなものを飛ばした。

 それがライオネッタの身体に触れると同時に光が身体を包み込み、縮むゴムのように一瞬でアンドリューの元へと引き寄せた。


「助かった……!」

「傷の手当てを!」

「撤退が先だ! ワワムにドットを担がせてすぐに離れるぞ!」


 そう言うとライオネッタとアンドリューの二人ですぐさま防壁魔法(プロテクション)を使ってキングスコーピオンの進路を遮り、ワワムとマリアンヌの視力が回復するまでの時間を稼いでからすぐにその場から撤退した。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「すまねぇドット。完全に不意を突かれた」

「いえ、私も焦って声を出してしまったのが原因で敵の注意を引いてしまいましたし、何よりライオネッタさんが無事で何よりです」

「本当に……お二人になんとお詫びすればよいか……。守ると言った矢先に私のせいで」


 幸い怪我であればドットの能力のおかげですぐに治療可能だったためすぐに回復はしたが、これまで順調に討伐してきたドット達にとって初の敗走というものはかなり堪えるものがあった。

 ドットとライオネッタ、二人の指揮役が同時に不能になった事でアンドリューが焦り、結果としてマリアンヌとワワムが行動できなくなってしまったせいでアンドリューは自分の判断ミスに相当の責任を感じていた。


「気にすんじゃねぇよ! この通り生きてる。この中で一番魔物の知識があるのがアンドリュー、お前だ。そのお前が対処法を誤ったんなら他の奴等ならとっくに全滅してる」

「砂漠地帯は特に何もないから新しく見つかった遺跡の調査でもないと手慣れた冒険者でも無意味に近寄る場所じゃないもの。まさか閃光が効かないだなんて普通思わないわよ」

「とはいえ皆を危険に陥れたのは事実です。司祭として失格ですよ」

「あの場の指揮を任されていたのは俺だ。その俺が調子に乗って前に出たのが全ての原因だ。事実、閃光さえ効いたなら救出も難なく出来ただろうしあの状況の判断としては間違ってない」

「ですが!!」

「誰が悪いとかじゃねぇ! お互いに命預かってんだ。そんでちゃんと全員生存した。だからこの話はこれで仕舞いだ。たらればの話をしててもキリがない。得られた情報で作戦を立てて、今度こそあの蠍を倒す。それで全部清算すりゃあいい」

「そうよ! 結局私の魔法が効くのか試すチャンスも無かったんだし、次は私の魔法が効くかだけ確かめてみない?」


 沈み込みそうになっていた場の空気をライオネッタがそう言ってリセットした。

 ライオネッタとマリアンヌの二人はやはり冒険慣れしているだけあって気持ちの切り替えがとても速かった。


「……そうですね。逆にこれまでが運が良かったのですから、次こそはしっかりと敵を見極めましょう」


 ドットも彼女達の言葉に乗って少しでもアンドリューが気負わないように努めると、ワワムも何かを察したのかアンドリューの頭を優しく撫でていた。

 その日はまだ日も高かったが、今の心情では良い戦果は得られないと判断し、一度宿まで撤退する事にした。

 当然ながらドット達が混沌の魔獣討伐へ向かっていた事を知っている宿の面々は帰ってきたドット達へ期待の眼差しを向けていたが、素直に良い戦果は挙げられなかった事を伝えた。

 それは何も彼等他の冒険者達を落胆させるためのものではなく、必ず討伐するまでは諦めないという宣言と、どんな些細な情報でも欲しいというドット達の必死さを伝える為でもあった。

 とはいえ流石にここ最近では挑もうという者さえいない敵の情報を新たに手に入れる事は難しく、宿での進展はあまりなかった。


「では、今回の戦闘で得られた情報を整理しましょう」


 ドットは途中から意識が飛んでいたため、改めてドットに各々が体験した事を告げる。


「奴は取り巻きの蠍を自分で生み出してやがった。それと確かそいつらは特に変な動きはしてなかったし、俺の魔法で一掃出来てたな」

「『見えざる鋏』というのは文字通り、ガルーダのような透明の攻撃の事のようでしたね。宙に浮かされていたライオネッタさんは明らかに何かで腹部を圧迫されていました」

「厄介なのは下手にあの蠍自身と取り巻きの姿が見えちゃってるせいでそっちに意識が持っていかれるってところもあると思うわ。鋏も見た目では動いてないのにライオネッタさんは挟まれてたわけだし」

「蠍ってそんなに目が良くないんだって! その代わり振動にとっても敏感って教えてくれたよ!」


 いつもは作戦会議には拘わらずに美味しそうにご飯を食べているワワムが珍しく参加していると思えば、急に皆が知らない情報を提供してきたせいで、全員の視線がワワムへと集まった。


「お前……! それ何処で聞いたんだ!?」

「あの人! ワワムも何かお手伝いしたくて皆が蠍蠍って言ってたから誰か知らないか聞いてみたの!」


 ワワムの指差した先に居たのは冒険者ではなく、ただの子供だった。

 詳しく事情を聞くとその子供はどうやら宿屋の子供らしく、何故そんな子供があまり知られていない魔物の事を知ってるのか不思議に思っていると、手書きの魔物図鑑を誇らしげにドット達に見せてきた。

 色んな冒険者が訪れるため必然的にその子供も冒険者達の語る物語に心奪われ、暇を見つけては冒険者達から色んな魔物や場所の話を聞いて自作の魔物図鑑を作成していたそうだ。


「でかしたぞワワム! それに君も大切なお宝を見せてくれてありがとう。おかげでとても助かった!」

「僕の図鑑、凄いでしょ? これにね、さっきワワムちゃんに教えてもらったおっきい鳥さんも増やすんだ!」


 流石のドット達も子供に声を掛けるという発想は無かったため、ワワムとその宿屋の子供の大手柄に素直に感謝を述べていた。

 結果、サンドスコーピオンは腹部にある振動を感じ取る器官を使って敵との距離を測っているため、あまり視覚に頼っていないということ、加えてキングスコーピオンは自身の周囲に身を守るサンドスコーピオンがいないと自らの魔力を消費してサンドスコーピオンを召喚する事も書かれていた。

 また攻撃は基本的にその大きな鋏で敵を挟む攻撃と、挟んだ相手を確実に葬るための尻尾の毒針であるため、兎にも角にも警戒すべきは鋏であるという事も判明した。


「よし……! 対『見えざる鋏の大蠍』の作戦も思いついた! 明日こそ決着を付けるぞ!」


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