28 貴族という名の責任
「本当か!? もう、たった一匹のスライムに怯える必要はないのか!?」
「え、ええ……渓谷のスライムはもう増殖も復活もしません」
ライドのギルドで討伐完了報告をしたドットだったが、皆の反応や自分自身のあまり緊迫感の無い戦闘の影響もあり、不完全燃焼のままその報告に歓喜する人々を眺めていた。
ドットとしてはすぐにでもコストーラに戻りたいところだったが、町の皆にとっては英雄であるためすぐさま宴会の準備が進められたせいで一人だけ心の底から宴を楽しめないでいた。
「なーに英雄が暗い顔して飲んでんだ!? もっと騒げ騒げ!!」
「貴女はもっとお淑やかにしていてください。本当に次召喚されたら禁固もあり得ますからね!?」
「……ハイ」
羽目を外そうとしているライオネッタにアンドリューが割とキツめに釘を刺し、その上でドットの方へと酒を持ってきた。
「ドット様の心情も分かりますが、見てください。皆にとってあのスライムはそれほどまでに脅威であったからこそ、これほどまでにドット様の行動に感謝しているんです。上に立つ者というのはたとえどんな結果であったとしても胸を張らなければ皆を不安にさせてしまいます。忘れないでください。確かにドット様は大業を成されたのです」
「……そうですね。父上にもよく言われました。責任ある者としてもっと威厳を持つべきだ、と……。まだまだ私も未熟ですね」
「一応私からも言っておくけど、多分みんな『相手はスライム』って油断して死んでいったんだと思うわ。実際私も狙撃できなくても所詮はスライムだから全員吹き飛ばせば……って心のどこかで考えてたもの。でも結果として、もしドットがいなかったら多分、皆そのスライムに無様に窒息死させられていたはずよ。策は結局上手くはいかなかったけれど、それでもドットのおかげで今こうして皆で喜び合えてるって事実は忘れないようにね」
「ありがとうございます。皆を鼓舞するのも大切な仕事ですからね。少し町の方々と話してきます」
そう言ってドットは酒を手に、喜びを分かち合う町民やその町を拠点とする冒険者達の中へと消えていった。
「ありがとうございます。マリアンヌさん。きっと私の言葉だけではドット様には響かなかったでしょう」
「感謝される程の事は言ってないわ。私があの時感じてた事を口にしただけ。ガルーダの後にスライムだったからかしらね……。警戒すべき混沌の魔獣を相手に確かに私は『楽に倒せる』と油断してたわ……。ドットだけが直接ただのスライムのように戦ったから実感がないのでしょうけれど、作戦が失敗した瞬間、私は本当に死を覚悟していたほど、あの瞬間は恐ろしかった」
「ドットとしては出来る事をただやったまで。だから不完全燃焼なんだろうけれども……そうやって何人もの新人が油断したまま死んでいったって事も、何をしても生き残れば勝ちという冒険者の感覚もあいつには分からない世界だ。経験が無いからこそ、そこは俺やお前がカバーしなくちゃならん。経験ってのだけは他人に直接教える事はできないからな」
アンドリューとマリアンヌの会話を聞いて、静かにしていたライオネッタが口を開いた。
ライオネッタとしては元々他人に何かを教えられるだけの学が無かったこともあり、新人に自らの背を見せて育てていたからこそマリアンヌに対してもそう口にしたのだ。
「そういえばドットってどういう人なの? ライオネッタはそこの所詳しそうだけど」
「アイツは所謂箱入り息子だよ。いずれは大軍を指揮する将軍となれるように小さい時から剣術も魔術も学ばされてたし、帝王学や経済学、果ては軍略や大衆の心の動かし方なんてのまで叩き込まれてた。貴族の嫡男といえば聞こえはいいが、あいつはいずれ魔王軍との最前線に立ち、多くの命を預からなければならない宿命を背負った奴だな」
「そうやって聞くと……貴族ってのも大変なのね……」
「そりゃあな。あいつに限った話じゃねぇが、貴族はその一挙手一投足に至るまで全て領民に見られてる。その上どれだけ良い事をしても民に還元されてない様に見えりゃあ文句も言われるし、かといって内政にかまけてたら魔物共が襲ってくる。どんなに苦しい時でも胸を張ってなきゃあならないってのは相当きついと思うぜ。実際、俺もそれが嫌で冒険者のままでいたわけだしな」
「え? あなただって貴族じゃないの」
「あー……紛らわしいな。ライオネッタの方じゃなくてライオネスの方だ。ま、実際こうしてかなり緩~くでも貴族の立ち振る舞いを徹底させられて辟易してるからな。出来る事なら早く元の気楽な冒険者に戻りたいもんだぜ」
「事情に詳しいなら尚更ライオネッタさんの評判をこれ以上落とさないようにしてくださいよ?」
「分かった分かったって! 大人しく飲んでるよ」
そうしてマリアンヌ達での会話の方も行っていたが、次第にドットの方から溢れた人々がマリアンヌ達にもその感謝と武勇を聞きたいと人が集まってきた事で他の聞きたかった事は一旦流れてしまった。
一方でどの町でも全く調子が変わらないのはワワムの方。
初めこそは怖がられても最終的には持ち前の明るさと裏表の無さのおかげで気が付けばどこでもたらふく肉を食べている。
そうして一晩中盛り上がり、コストーラへと戻ったのは翌日の昼過ぎになっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
スライムの討伐も終え、コストーラに戻ったドット一行は新たに得た能力の確認と次に討伐へ向かう混沌の魔獣の相談を行っていたが、そこにとある報告が訪れた。
「お、戻ったか。丁度さっきお前ら宛の手紙が届いてたぞ」
「手紙ですか? ……って、この印璽コストーラ王宮のものじゃないですか!?」
「まあ、お前達の功績を考えりゃあ妥当だろうな。……なんでそんなに動揺してるんだ?」
なんとドット宛に届いていたのはコストーラ王宮への招待状だった。
考えるまでもなく、誰もが手を拱いていた混沌の魔獣の討伐を破竹の勢いで達成していることに関する表彰意外にあり得ないのだが、ドットの心情としては少し前のライオネッタの一件があったせいで、悪い方向に考えが巡っていた。
というのも、悪さに関して全く心当たりがないわけではない。
自身の能力を使って通貨を増やしていたり、ワワムは世間的には魔族という認識であるため、調教師と嘘の申告をしたまま冒険を続けていたりと少しでも突っ込まれれば言い訳のしようがない事があったためだ。
「どうしましょう……?」
「お前の目は節穴か? ちゃんと書いてあるじゃねぇか『ドット・ハロルド、またその一行の功績を此処に讃える』って」
「えっ!? ……本当だ! 良かったぁ……。てっきり自分もライオネッタさんみたいにお叱りを受けるものかと」
「一発ブン殴っていいか?」
当然お叱りはドットの思い過ごしであり、いつ町にいるのか分からない冒険者の為にわざわざ王宮が手早く表彰の場を設けてくれたようだ。
そのため一行は王宮に相応しい服装に身を包み、謁見の間へと赴いた。
「ドット卿、並びにアンドリュー、ライオネッタ、マリアンヌ、ワワム殿。貴方らの尽力によりここコストーラ帝国と南方の街道、及びライドとを結ぶ街道の平和を取り戻すに至る混沌の魔獣討伐、誠に見事であった。心より礼を言う」
「有難きお言葉です」
「父君であるユージン共々、ハロルドの者は助けられてばかりだ。故にドット卿。戦時下であるためあまり応えられないかもしれぬが、望む褒美があれば申してみよ」
「であれば……父上の元へライドの上質な武具と食料を優先的に送り届けて頂ければ幸いです」
「そのような事で良いのか? 元々あの地は人類の重要拠点。願い出なくとも最優先に送り届ける準備はあったのだが……」
「今暫く私は混沌の魔獣討伐の為に領地を離れて行動する必要があります。故に少しでも父上や民の為に戦いに身を捧げている者達の力になる事が、私の最上の望みです」
「謙虚な事よ……。だが其方の心情理解した。望みの通り物資と帝国の兵士を二万、追加でノウマッドへ派兵するよう指示しておく」
「寛大なご配慮、恐悦至極に存じます」
コストーラ王との謁見でドットはその功績を讃えられ、望みを叶えるというこれ以上ない褒美を得たにも拘わらず、ドットはその申し出を父のいる戦線の強化に充ててもらう事を望むに留まった。
というのも、現状ドットの一行は互いに事情を知る者のみで構成されているうえ、金銭で困ることも無いため、ドット達自身が今すぐにでも必要な物が無かったというのが一因でもあった。
真意を語る事は無かったが、その本当の理由はまだ領地へ戻れる状況では無かったが、その物資が領地へ届けばその理由を必ず話すであろうという算段での意見だった。
国への忠誠心を示しつつ、それでいて自らの近しい者達へ活躍を知らせる為のドットの強かな思惑と、ささやかな父へのメッセージだった。