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26 スライム対策

 コストーラから北へ進むと世界の壁とも呼ばれる巨大な活火山、ヴォイド山脈が炎を湛えている。

 過酷な環境故生物は少ないが豊富な鉱脈資源があり、麓にはその火山の恵みを使った優秀な武器や防具を製造する世界最大の炭鉱都市ライドが存在する。

 今回の混沌の魔獣である人海戦術の二つ名を持つスライムはその道中、渓谷の間にある道に陣取っているために優秀な製造武器が帝都まで素早く送り届ける事ができないため、多くの者が困っている状態だった。

 一行は渓谷の手前にある町で一泊し、通常のスライムの討伐依頼を受注していた。

 スライムは魔法生物としては一般的な存在で、見習い魔導師の初の実戦訓練の相手として選ばれる程度には危険度は低い。


「一応知ってるとは思うけど、スライムの基本的な倒し方を説明するわね」


 そう言って討伐対象のスライムを前にマリアンヌは悠長に説明を始めるほど、本来は脅威となり得る存在ではないという事でもある。

 スライムは魔法生物という名の通り生物の枠組みから大きく逸脱した分かりやすい魔物であり、液体状の肉体に目のような丸い物体が浮いた存在だと思われがちだが、実際は核と呼ばれる球形部分が本体であり、周囲の液状部分は魔力によって形成された粘液体であるため核以外を攻撃されても多少魔力を消耗するだけで大きなダメージにはならない。

 当然ながら粘性の物質に本体が包まれているため物理攻撃は効きにくいが、核は物理攻撃でも傷をつける事ができるため一応物理での対処も可能である。


「方法は単純。核を直接攻撃するか、周囲の魔力体を吹き飛ばして行動不能にするか。前者なら核を移動させられるよりも先に切断や貫通可能な魔法で核を破壊する。後者なら炎や電気のような魔法で粘液を強制的に蒸発させて本体を露出させるのが一般的ね。当然ながらこういう通常のスライムの粘性物質は水と魔力で構成されてるから水魔法は効きにくいけど、別に効かないわけでもないわ」


 粘液で保護された身体をゆっくりと動かして近寄ってきているスライムだったが、解説のついでとばかりに雷魔法で粘液部分が一瞬で蒸発し、核だけがその場に残されてしまった。

 魔力感知で移動しているため目潰しや透明化は効かないが、動きは非常に緩慢であるため老人や子供の歩行速度でも十分に逃げられる。

 攻撃可能な範囲に入れば液状の身体を多少硬くして殴りつけたり、毬栗のように先端を尖らせて攻撃してくるため油断は禁物だ。

 上位のスライムともなれば魔法を使用してくるが、最もポピュラーなスライムは魔法生物でありながら物理攻撃しかできないのも特徴である。


「一応厄介な点としては、一度絡み付かれると窒息死させられる危険性が高いのと、真っ暗闇でも的確にこちらを追跡可能な点かしらね? 他に聞きたいことが無いなら残りのスライムもサクッと狩っちゃうわよ?」

「なら一般的なスライムの魔力の感知範囲と、マリアンヌさんの使える魔法の中で最も長い射程を誇る魔法を教えてもらえると助かります」

「流石に正確な感知範囲は知らないわね……ざっくり五十メートルも離れれば気付かれなくなるんじゃないかしら? 最長射程の魔法なら……スライム相手だと相性が悪いけれど水の刃(アクアカッター)じゃないかしら? 一〇〇メートルが威力減衰が起きない最高ラインよ」

「補足させていただくとするならば、スライムは一度感知範囲に入った生物であれば関心を失うまではどれだけ離れようと追跡可能だと言われています。ですので逆に感知範囲外から攻撃された場合に補足されるかどうかは未知数ですね」

「……そうなると感知範囲外からの狙撃は失敗したなら即座に退却するのが安全そうですね。他に一〇〇メートルに近い射程を持つ魔法はありますか?」

「流石にそうなると少ないわね。大抵の魔法は術者から離れれば離れるほど制御下を離れて、威力が下がったり精度が落ちたりするの。水の刃(アクアカッター)はその射出速度のおかげでこの射程があるってだけだから実際の制御能力で言うなら多分この魔法も六〇メートルが限度で、それ以上だと精度がどんどん落ちると思うわ。有効射程限界だと普通の魔物相手なら大怪我をさせられるでしょうけど、スライムのコアを狙うとなるとちょっと私でも自信が無いわね」

「成程……。まあ一方的に攻撃できる以上、混沌の魔獣相手なら試せる事は何でも試した方がいいでしょう。とりあえず精度やスライムの性質の件も含めて理解できました」


 ドットの言葉を聞くとマリアンヌは討伐依頼にあったスライム一〇体をあっという間に葬り、依頼を完了して翌日の特訓に備えて早めに宿を取った。

 今回の敵はそれこそ驚異性は低いものの、魔導師でなければ優位に戦いを進めていくことが難しいため作戦の中心はマリアンヌとなる。

 その上でそのスライムの持つ混沌の力であろう人海戦術というものは非常に相性が良い。

 魔法は威力こそ素晴らしいがその分、戦士と違い長期戦に極端に弱い。

 戦闘と詠唱とで二重に精神力を消耗してゆくうえ、消耗した魔力はしっかりと休養を取らないと回復しない以上軍隊の消耗戦のような戦い方も難しいため、確実に長期戦となる集団戦は可能な限り避けたいところだ。

 数で制圧し、何かしらの能力で動きを封じてくる魔物を相手にする以上、近距離戦は絶対禁物であり、可能ならば遠距離からの強襲で全てを解決する事が理想である。

 翌日、これを念頭に置いて依頼とは別にスライムの討伐を続行。

 目的は単純で、有効射程限界の水の刃(アクアカッター)でスライムコアを確実に撃ち抜けるようその命中精度を上げるための特訓である。

 マリアンヌの魔法制御能力は確かに高いが、それでも有効射程限界で正確に魔法を当てるのは難しく、午前中は直撃させるには至らなかった。

 とはいえ魔力感知範囲外からの攻撃に関してはスライムは知覚することが出来ない事が理解できたのも非常にありがたい情報だったため、休憩と作戦会議を行ってから再度特訓を行う。

 今度はドットの補助魔法として狩人等が使う鷹の目(ホークアイ)と魔法の精度を上げる精度向上(コンセントレイト)をマリアンヌに使い、再度狙ってもらった。


「当たった!! 本当に補助魔法って偉大ね」


 これまで掠りもしなかった水の刃(アクアカッター)が漸くスライムの体を貫いたが、しかし同時にコアを狙い撃ちするには至らない。

 普通のスライムであれば肉体を構成する粘液の大半が高圧水流によって吹き飛ばされればひとたまりもないが、近寄れば身動きがとれなくなるという噂の混沌の魔獣である以上一撃必殺の確実性を上げる必要がある。

 そうしてその日一日は日が暮れるまで狙撃の特訓を続けた結果、コアへの命中率は八割程となった。


「もうすぐ日が暮れそうだな……。マリアンヌさん、明日も同じ訓練を続けた場合、命中精度はどれぐらい上がりそうな手応えでした?」

「……正直な所頭打ちね。補助魔法込みでも精神状況や天候なんかの自然状況でかなりブレるから、全部がベストなコンディションならいけそうってぐらい」

「なら今日はしっかりと休養を取ってから一度ライドまで行きましょう。装備の新調をして万全を期します」


 そうして命中精度向上特訓は終わり、一度宿屋で十分に休息を取ってから翌朝。一度迂回路の方を通ってライドまで向かった。

 迂回路の方は決して安全とは言い切れないが、それでもかなり安全に商隊等が往来できるルートを選んでいるため想定よりも時間が掛かった。

 武器輸送ともなればその時間の差はそのまま疲労に繋がるため、折角の鉱石資源と冶金技術で作られた上等な武器の輸出が制限されているのはかなりの痛手であり、街の様子は随分と疲弊しているのが手に取るように分かる。

 武器の新調のために訪れた武具店も揃っている装備はコストーラですら王宮御用達のような店でなければ扱っていないような素晴らしい武器が並んでいるが、店主の顔はあまり浮いていない。


「……やはりこうして実際に疲弊した人々を見ると心が痛むな……」

「だからこそ焦るなよ? そうやって焦って死んでいった若い冒険者を何人も見てきた」

「分かっていますよ。だからこそこうしてしっかりと準備を整えているんです。件のスライムの討伐ですが、予定通り明日拠点を構え、後は天運を待ちます」

「分かってるなら十分だ。さ、一先ず今日は宿と飯だ。英気を養うぞ!」

「羽目を外しすぎないように私がしっかりと付き合いますのでそのつもりで」


 そうして酒場へと向かおうとするライオネッタにアンドリューが釘を刺し、少しだけ沈んでいた一行にいつもの調子が戻っていった。


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