25 ドットの休日
詳細不明だった能力が使い物にならないと分かって意気消沈としていたドットだったが、悪い事ばかりではなく、これまでずっとドット達の鞄を圧迫し続けていた不要な道具の数々が漸く処分できる事にも気が付き、晴れて鞄の中が必要なものを残してすっきりとしていた。
鞄も心も多少軽くなったところでワワムが要望していたように、一度コストーラの市場へと足を運んだ。
帝都最大の市場という事もあり所狭しと様々な屋台が立ち並んでおり、その並ぶ商品も野菜や果物に始まり、既に調理された料理や飲み物、見世物や遊技場など様々存在する。
既にドット一行の噂は市民の耳には届いていたのか分かりやすいワワムの見た目はすぐに衆人の目を引き、あっという間に市場の人々の注目を集めてしまった。
「この子がワワムちゃん? 本当に魔族なのに大人しいわね!」
「戦姫ライオネッタ様! まさかこんなに間近でお目に掛かれる日が来るとは……」
「マリアンヌさんってすごい魔法使いなんだって?」
「司祭様、民の為に自ら進んで戦場に身を置くそのお心遣い、感謝の言葉もありません……」
「この方があのドット様か! あのアモンを倒したうえに混沌の魔獣までも討伐したという!」
ひとしきり周囲の人々に持て囃されて人疲れを起こしたが、ワワムは色んな人に笑顔で接してもらったのが相当嬉しかったのか元気が有り余っている様子だった。
暫く休憩したいところだったが、このままではワワムがふらふらと通行人に頭を撫でられる事を求めて何処かへ消えてしまう恐れがあったため、急いで本来の目的である観光と休暇へと切り替えていった。
屋台の新鮮な果物はそのまま横の店でジュースにしていたり、輪切りにしてその場で提供していたりと観光目的の人間への提供施設の割合も多かった。
甘酸っぱい果物を購入し、その酸味と果汁で喉を潤しながら様々な店に目移りさせていると、旅芸人の一座が目に留まる。
熟練の芸人達が弾き語りに合わせて玉投げや火吹き、見事な連携のナイフ投げを披露し、そして本物の調教師が相棒のワイバーンと共に空へ舞い上がり、途中で背から落ちたかと思うと地面に落ちる前にワイバーンが見事に脚で調教師をキャッチし、そのまま喝采の拍手を浴びながら地面へと帰還する。
人気の一座という事もあり観衆の数は非常に多く、その芸も卓越した技術故に見応え満点の内容で、ドット達もただただ驚きながら他の観衆達と同じように楽しんでいた。
その先も見る限りは娯楽が集まっており、中でも人気を集めていたのは射的場だった。
最高得点の景品は最新式の魔石式カンテラで、夜でも昼のように明るいというのが売り文句の人気商品だ。
「そこの兄ちゃん達! 冒険者だろ? 腕試しに一回どうだい?」
「カンテラは今の所間に合っているので……」
「そう言うと思って……冒険者なら満点の一等なら上等なワイン一樽だ! さあ挑戦した!」
「ワイン……! おいドット!」
「ライオネッタさん!!」
「ド……ット殿、良ければ皆の前でその腕を披露してみせてはいかがでしょう?」
「いやまあ……構いませんけど、一樽なんてどうやって消費するんですか?」
「行きつけの店に置かせてもらえばいいのさ。ま、もし取れたらの話だけどな!」
冒険者相手の商売の上手い店主はドット達を煽るようにそう言葉を投げつけたが、ドットとしては的当ては元々城に居た頃毎日のようにしていた事のため、今更外す方が難しい。
それを知っていてか、完全にライオネッタは上等なワインに完全に惹かれており、ドットをけしかける気満々の目で見つめている。
的は全部で上段五つ下段七つの計十二個。上段の方が少し奥まっており射撃位置から遠めになっている。
渡された弓には別段細工も無いただただ普通の弓で、的の方も中央のかぼちゃ大の赤い部分に当たれば得点というものだった。
日頃から弓を撃ち慣れているドットからすれば苦でもなく、見事に全部を赤い範囲内に命中させてみせた。
「よっしゃ! ……っんん! 流石ドット様です」
「何言ってんだ? 魔法の方まで当てたら満点だぞ?」
店主がそう言うと今度は魔法を使えるかを問われた。
曰く魔法を使えるなら魔力の弾丸を、そうでないなら魔力誘導式のダーツを使ってもう一度同じ的に当てろとの事だった。
『なるほど……店主の謎の自信はこれだったのか』
普通の場合、魔法も弓も使えるという人はほとんどいないため、大体どちらかは外れるから商品がかなり太っ腹だったようだ。
一般人の場合はもっと前の方から挑戦できるらしいが、それでも魔法に精通したものでないと上手く的に当てる事は難しい。
「まあ、中央に当てるだけなら」
そう言うとドットは指先に魔力を集中させ、小さな魔方陣を形成すると次々に小さな魔力の塊を各的の中央にズバンと命中させた。
ドットは元々騎士であったため、魔法はあくまで牽制として使う意味合いが強かったため、初級魔法の正確さを向上させる訓練を日頃から積んでいたためこれまた何の問題も無かった。
すると店主も特に出し渋るような事は無く、それどころか鐘をからんからんと鳴らして一等成功者を讃えてくれた。
「凄いな兄ちゃん! 一等のワインだ! 浴びるほど飲め!」
「よし! ならば私も挑戦する!」
「お? 聖騎士様もとなったらこりゃあワインが切れちまうかもな!」
ドットの様子を見てライオネッタもいけると踏んだのか、完全にワインを二樽貰う事前提で勝手に挑戦し始めた。
開幕弓での的十二個は難無く突破してみせ、そのまま続く魔法での的当ての方だったが……こちらは十二個中二個命中と散々な結果になった。
「な、なんでだ!? 戦闘中ならあんなに的確に魔法が使えてたじゃねぇか!?」
「いや……だってライオネッタさんが普段使ってるのって神聖魔法ですからこういう普通の魔法とは別物だと……」
どうやら普段の戦闘で使っている魔法とは別物だという事をすっかり忘れていたらしく、ワイン目当てで意気揚々と挑戦したライオネッタは二等の高級回復薬十本セットを貰っていた。
「俺のワインが……」
「どれだけ飲むつもりだったんですか」
「他のお仲間さん達もどうだい?」
ドットに続いてライオネッタが挑戦したのを見て商売どころと踏んだのか、店主がそう言って他の面々も煽ってきたため、折角ならと全員が挑んだが、結果残りのメンバーで最も成績が良かったのは弓四つ、魔法全弾命中のマリアンヌだった。
ワワムは弓の方はそこそこ筋が良かったのか初めてで矢を三つも命中させたが、魔法の方はやはり難しく全弾外れて五等の薬草一つ、アンドリューは弓の方は四つ、魔法の方は八つ命中させて三等の携帯用の干し肉を二個景品として受け取っていた。
「よかったらまた挑戦しろよ! 兄ちゃん用の功難易度も用意しておくからな!」
「普通だったら嬉しいんだけど……。高級回復薬二〇本ってこれどうするのよ……」
「まあ、道具屋に引き取ってもらうしかないでしょうね……。で、そのワインどうするんですか?」
「ギルドに置いてもらう……」
「ならワインは『人海戦術のスライム』討伐後にでも楽しみましょう。もう十分楽しんだでしょう?」
「お前なぁ……もっと若者らしくはしゃげっての……。そういう所は可愛気が無ぇなぁ」
「十分楽しみましたよ。でも私はそれ以上に父上の喜ぶ顔が見たいだけです」
日の暮れてゆく街の中、だんだん閑散としてくる市場を抜けてギルドへと一度立ち寄ってワインを預け、束の間の休日はそうして穏やかに過ぎ去っていった。
今のドットを動かすのは焦りではなく、漸く前進する事が出来たという確信を得られた事による自信だった。
沢山の人々の笑顔、ワワムやマリアンヌへ注がれていた視線の変化、そして何より誰もがドットという人物を見て想いを託してくるというその光景は、ドットにとってずっと憧れていた誰かの想いを背に戦う父の姿に、その背中に触れられたような気がしたからだ。
宿で疲れをしっかりと癒し、ドット達はギルドへと向かい今度の討伐対象である『人海戦術のスライム』の依頼と、普通のスライムの討伐依頼を受ける事にした。
「ドット様!? もう次の混沌の魔獣討伐に向かわれるのですか!?」
「ああ、善は急げだ」
受付での反応も最早無謀な冒険者へ向けられるものではなく、次の混沌の魔獣も討伐してくれるだろうという期待の眼差しへと変わっていた。