24 メリとハリ
翌日、二日酔いで酔い潰れていた面々を叩き起こし、今度は全員揃って大聖堂へと向かった。
基本的に大聖堂は一般公開されておらず、成人の儀も別の聖堂で行われているため、大聖堂に聖職者以外の者が招かれるというのはとても珍しい事である。
「御呼び立てして申し訳ない。だが本日は多額の献金の礼と聖堂騎士でもあるライオネッタの此度の粗相について正式に謝罪を行いたいと思った次第です」
教区長と教皇、そして宮廷騎士団団長という錚々たる面々を前にし、ワワムはドットの横でドットの真似をするように言いつけた状態で全員が膝を突いて拝聴していた。
とはいえまさかライオネッタの話題が掘り返されるとは思ってもいなかったため、ドットしても何を言い渡されるのか全く予想がつかないため内心気が気ではない。
「此方こそ大変申し訳ございません。セントリア森林攻略の為とはいえ、聖騎士と司祭の両名に横暴な立ち振る舞いを強要させてしまいました。本来ならば私自ら教皇様の下へ謝罪に参るべきでしたが……」
「そう畏まらないでください。事実セントリア森林の地図を手に入れて頂いた事で帝都の市民を脅かす名のある盗賊団には既に逃げられてしまった後でしたが、小悪党共を一網打尽にする事ができました。それに、いくら要望したとはいえど、時を選ばず聖騎士たる振る舞いを欠いたのは他ならぬライオネッタです。貴方に非はありません」
「寛大なお言葉、痛み入ります」
そう言うと教皇は温和な笑みを零し、ただ笑ってみせた。
「ドット殿の聡明さはライオネッタとアンドリューから聞き及んでおります。それに父上はあのユージン殿という事もあり、若い時分で礼節もしっかりと身についていらっしゃる。ですので是非ドット殿にも礼節を教えてやってほしい、という事と……本題ですが、今やドット殿は混沌の魔獣を下した稀代の冒険者。聞いた所では残りの混沌の魔獣も討伐する心積もりだとか」
「ご承知の通りでございます。混沌の魔獣共を全て討滅し、世を混沌へと陥れようとしている魔族に与する魔導師の討伐は私の悲願でもあります」
「心強い限りです。であればやはりライオネッタとアンドリューを暫くの間公務から外しましょう。是非とも皆の悲願である混沌の魔獣の討伐を成し遂げてください。ただし、決して焦らぬように」
「拝命致しました。不肖ドット、必ずや世に平穏を取り戻してみせます」
教皇は多少の冗談を交えつつ、今後もライオネッタとアンドリューを連れて冒険者としての活動を行う事を正式に許可されたため、ドットが想像していた最悪の状況である、二人がパーティから離れる事態は免れる事が出来た。
だが同時にこれまでドットの目標であった魔獣の討伐は教皇からの依頼となった事で達成が絶対条件となったため、ドットが何時ぞや領民へ言った嘘が遂に現実のものとなる。
与えられた使命の重さを感じつつも、それがドット自身考える中でも最短で自らの名を挙げるチャンスでもあるため、期待と不安の両方で心音が高鳴るのを感じ取った。
その後は特にお叱りの言葉も無く解放された。
「まさか教皇様まで出てくるとは……流石に肝が冷えた……」
「ですね。ライオネッタさんは冗談ではなく、振る舞いに気を付けてくださいよ!?」
「猶更だな。ま、それはそれ、これはこれだ。折角大業を一つ成し遂げたんだ。今はパーッと羽を伸ばせ!」
「……ねえ。言おうかどうか迷ってたんだけど、アンドリューさん、なんかいつもより細くない?」
「え? また何か起きてます?」
大聖堂前の広場で会話をしていると、マリアンヌがアンドリューの異変に気が付いたのかそう指摘した。
しっかりと見てみると確かに胴回りが一回り程細くなっており、その分とでも言うように身長が二頭身ほど伸びている。
マリアンヌ曰く、実は大聖堂に呼び出されて向かっていた道中からじんわりじんわりと変化していたらしく、まるでアハ体験のような異変が起きていたようだ。
「やっぱりこれからも定期的にドットさんに触れてもらった方がよさそうですね」
「戦闘中に意思疎通が取れなくなるのが最悪のパターンですからね。戦闘前は必ず触れておきましょう」
そのままドット達は一度ギルドへと戻り、次に討伐ヘ向かう混沌の魔獣の相談と現状での作戦を相談し合った結果、『人海戦術のスライム』を討伐しに行く事となった。
理由としてはもう一体の『見えざる鋏の大蠍』と同時期に現れた混沌の魔獣であったため、このどちらかを討伐しに行こうとなったのだが、単純な対象となる魔物の強さを鑑みてスライムを優先しようという事になった。
「ではすぐに」
「まあ待て待て。折角混沌の魔獣を討伐して帰ってきたってんだ。もう少し羽を伸ばしても文句は言われんよ」
「ですが……私は一刻も早く」
「騎士団だって毎日戦って訓練して、ってわけじゃないでしょ? メリハリってのは大事よ」
「お二人の言う通りですね。ドットさんは少々真面目過ぎます。ノウマッド領やドット様自身の功を考えると急ぐ気持ちは分かりますが、それでは折角の広い視野が狭まってしまいます。時には歳相応に楽しむというのも大事ですよ」
「ワワム、市場行ってみたい!」
「……分かりました。先人の意見は聞くべきですね。ただ、私のスキルに関して少し気になる所があるのでそれだけは確認させてください」
全員の意見を聞いてすぐにでも依頼を受けようとしていたドットはそれを止め、一度郊外へと移動した。
というのも、ドットの会得していたスキルには何かしらの効果があったのかが分からない物がいくつか存在した。
技術の取得や魔法の取得、消耗品の復元や視界の変化等は分かりやすい変化であるため気が付く事ができたが、一方でただステータスの見た目をただ賑やかにしていた謎の文字列の方はどのような効果があるのか分かっていなかったが、ワワムの行動によりドットのスキルはステータスのその項目を触れる事で効果を及ぼすものも存在する事に気が付いたためだ。
そこで分かったのがどうやらスキルの各項目は触れる事でその発動状態を切り替えられるという事だった。
だが後から追加された分のスキルに関してはどれも切り替えができるのに対し、最初のスキルだけは固定されていていくら触れても変化が無かったため、ステータス数値の異常性は依然変わりないままとなった。
それ以外にも何度か触れて対応する文字列を絞り出し、そちらにも意味があるのかを確かめる。
「行くぞ……?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大きな城の中庭で木剣同士のぶつかり合う乾いた音が幾度も響いている。
小気味良い音を立てるのは今正に稽古をつけられているのであろう二人の男性。
一人は若く、多少力任せではあるものの良い太刀筋で剣戟を打ち込み続けているが、もう一方の初老の男性はその攻撃を涼しげな表情で全て受け流している。
そしてそのまま初老の男性は一度も打ち返す事無く受け続け、暫くいなし続けると一度距離を空けた。
それが打ち込みの終了の合図なのか、青年は構えていた木剣を下ろして軽く額の汗を拭っていた。
「随分と腕を上げられましたね。ドット様」
「たとえ世辞であったとしても嬉しいよ。ラインハルト」
その初老の男性、ラインハルトは嬉しそうに微笑みながらドットの剣の腕の上達を褒めたが、若さの有り余るドットが額に汗を滲ませているのに対して汗一つかいていないラインハルトの様子を見て、ドットは少しだけ皮肉を込めて言葉を返した。
ドットの返事を聞くとラインハルトはからからと笑ってみせた。
「いえいえ、決して世辞などでは御座いません。今日という日までにそれ程の剣術を身に付けられたというのは、事実として素晴らしい事なのです。ただ、仮にも私は『剣聖』を拝命した身。いくらハロルド家の嫡男殿といえど、まだ一本くれてやるわけにはいきませんな!」
「全く……晴れの日にも華を持たせてくれないとは酷い師匠もあったものだ」
そう言うと二人はもう一度景気良く笑ってみせた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうした? ドット。ボーっとしてたみたいだが」
「ん? あれ?」
何度押しても同じ光景が浮かび、ドットの旅立ちの日の朝の記憶が鮮明に蘇る。
「過去を鮮明に振り返る能力って何に使えばいいんだよ!!」
結果、ずっと詳細の不明だった《SceneTest:Enable》と《SETest:Enable》と《SoundTest:Enable》の三つはそれぞれ過去を振り返る能力と何処からともなく音が聞こえてくるだけの能力と急に音楽が聞こえてくるという全くもって何の役にも立たない能力であるという事が証明されただけだった。