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23 凱旋

 たった一瞬の攻防だったが、ライオネッタのその一撃は見事に致命傷を与えた。

 倒れ伏す前にライオネッタはすぐにその場を離れ、死ぬ前の最後の悪あがきに暴れ回ろうとしたところへマリアンヌが追撃として雷をその脳天へ撃ち落とし、最後の抵抗さえも許さなかった。

 死んだことを告げるようにガルーダの肉体が急速に風化するように崩れ始め、光の糸のようなガルーダを構成していた魔力が各々の肉体へ生命力として分け与えられてゆく。


「はー……しんどっ」

「やりましたね……私達があの混沌の魔獣を……」

「本当に討伐しちゃったー!! これで報酬金もガッポリよ!」

「金かよ! まあ、俺達冒険者なら普通そうだわな」


 そう各々混沌の魔獣を討伐したその事実を噛み締め、喜びに飛び跳ねる者、感極まって涙ぐむ者、集中の糸が切れてその場に座り込む者。


「ドットー! すっごい! あんなおっきな鳥、初めて狩ったよ!」


 そう言ってワワムが紐を解きながらドットを下ろしたが、肝心のドットはすぐにみんなの方へ顔を向けたかと思うと、目を瞑って顔を下へと向けた。


「す、すまない……少しだけ待ってくれ……」

「どうした? まさか何か喰らってたか!?」

「ち、違う……視界が……」


 答えようとしたがそれすら難しかったのか、ドットは吐き戻し、そのまま気を失ってしまった。

 勝利の余韻も束の間。ガルーダを狩った証拠の素材は回収したが肝心のドットが倒れてしまい、廃村の小屋から動くに動けなくなった。

 ワワムが背負って行く事も可能だったが、原因が分からない以上安静にする方が賢明だろう、というライオネッタの判断だ。

 それから数日、ドット自身は受け答えも可能な状態ではあったが大事を取って安静にした甲斐もあり、漸くドットはまともに行動する事が可能になっていた。


「大丈夫か?」

「ええ……ご心配お掛けしました」

「視界の方はどうですか?」

「大分慣れました。……けど、この能力はもの凄く不便ですね……」


 ガルーダの混沌の力を取り除いた際に追加された項目は《HitBoxDrawing:Enable》というものだったが、その能力を得てからというもの、昼夜問わずに人にも物にも重なるように半透明の輪郭のような物が見えるようになっていた。

 この何もない廃村ですら地面や小屋にすら白っぽい線と面で構成されており、夜になるとそれが猶更鮮明に見えるせいで気分が悪くなっていたのだ。

 もしこの状態でドットを担いでコストーラに戻っていたら症状はもっと悪化していた事だろう。

 とはいえこのままではコストーラに戻るのにも不便であるため、ドットが自らのステータスと睨み合いをしていると、ワワムが横から覗き込んできた。


「ねえねえドット。これってどういう意味?」

「さあ? 私も見た事の無い文字だから古代語か、はたまた創造主様の使われている言語か……あれ?」

「どうしたの?」


 ワワムがドットのステータスを指差したと思った瞬間、それまでドットを苦しめていた視界の謎の輪郭群がぱたりと消えた。

 ドットがそのスキルの欄に書かれた文字列を追いかけると、恐らくワワムが触れたであろう先程追加された項目の一部が変わり《HitBoxDrawing:Disable》となっていた。


「原理は分からんが、この項目に触れれば能力の発動状況が自由に変更できる! これであの気持ちの悪い視界から解放された!! お手柄だぞワワム!!」

「やったー!!」


 ワワムのおかげで地獄のような視界から解放され、ドットは嬉しさのあまりワワムの頭をこれでもかとワシワシと撫でてやると、ワワムの方も褒められて嬉しかったのかブンブンと尻尾を振っていた。

 こうして晴れて『不可視の怪鳥』ガルーダを討伐したドット一行はテレポートを使用してコストーラへと帰還する事が出来た。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



「ワイルドボアの討伐依頼、及び『不可視の怪鳥』の討伐依頼、どちらも完了致しました」

「えっ……えっ!? あの『不可視の怪鳥』を本当に討伐できたのですか!?」


 ギルドへ討伐完了の報告を行うと、俄かには信じられないといった様子で受付の女性は訝しんでいたが、カウンターに置いたガルーダの素材を見てドット達が嘘を吐いているわけではないと理解したのか、あっという間にギルド内は大騒ぎになっていった。

 本来ならばワイルドボアの時と同じく依頼主に報告する事で状況を確認するのだが、混沌の魔獣に関する依頼は既に依頼主が国となっているため確認には少々時間を要する状況となっていた。

 とはいえ国家管理の依頼に関しては、ドットと同じく転移魔法を使用可能な宮廷魔導師が現地へ報告内容に嘘偽りが無いか確認する事となっているが、相手は見えない存在であるため今一度ドット達も同行し、宮廷魔導師の一団の安全を保障した上で一晩そこで過ごし、確実にガルーダが存在していない事を証明すると途端にギルドは英雄の誕生に沸き上がった。

 ナミノ村は元々村と呼ぶにはかなり規模の大きなほとんど町とよべるような漁業の盛んな土地であり、帝都に卸されていた魚類の大半はこの村が収穫していた。

 人々の貴重な海洋資源が取れる町が人類の手に戻った事はとても大きな偉業であり、この話題は瞬く間に帝都中へと知れ渡る。

 そしてドット達にはその討伐報酬として多額の報酬金が支払われる事となったが……


「いいですね? ライオネッタさん。くれぐれも粗相の無いように」

「分かってる分かってる! ……んんっ。皆は既に知っていると思うが、我々のリーダー、ドット・ハロルドと彼率いる私達の手によって、遂に無敵と思われていた混沌の魔獣が一角、『不可視の怪鳥』を討伐した! だがそれは私達だけの功績ではない。多くの命を賭してガルーダの秘密を解き明かし、挑み続けてくれた者達の功績でもある。私達、君達冒険者が日々魔物を討伐する事によって民の平穏は維持されている。だからこれは私達の功績を讃え、そして君達冒険者達の慰労を兼ねた宴会だ。戦没者に弔いを! 我々の明日に祝福を! 乾杯!」


 その報酬を元に、ドット達が全ての支払いを行うということでギルドはあっという間に大宴会場へと姿を変えた。

 最初はドットに先のライオネッタの言葉を言わせる予定だったが、手に入った報酬金の額のあまりの多さに今日一日の支払いを全てそこから払っても十二分にお釣りがくる状態であったため、予め多めに支払い、残りの分はドットからライオネッタ、アンドリューへ渡したという事にし、復興支援のために献金したという名目で日を跨ぐ前に報酬金を使い切ったのだった。

 そのためあくまで聖騎士団からの感謝という体でその大宴会は催される事となったが、口にするまでもなく最大の功労者はドット一行の面々全員であると皆理解していたため、各々が質問攻めにあう楽しい一日が過ぎていった。

 ドットは最初こそ謙遜していたが、冒険者としては無名でもハロルド家の名前はユージンの功績もあって有名だったため、そちらの方面から話が始まりドット自身の歳の若さとその功績でやんややんやと盛り上がっていた。

 ライオネッタはアンドリューの監視の下、羽目を外しすぎないように見られてはいたが聖騎士として最前線で戦えたのはドットの的確な指示があってこそ、と逆にこちらは謙遜して話す事でライオネッタとしての品格を保ってみせる。

 悪い噂の付き纏っていたマリアンヌはそれまでの噂の払拭と共に謝罪が行われ、後はその空気すらも忘れるほどにマリアンヌという一人の魔導師が褒め称えられていた。

 そしてワワムはやはり珍しい存在であるため最も注目され、色んな人達に質問攻めにされて困惑しつつも、沢山頭を撫でてもらって嬉しそうにしていた。

 結局帰還した後の一日は飲めや騒げやのお祭り騒ぎだったが、ドットとしてもそんな楽しい一日は初めての経験だった。

 深夜。祭りの後の静けさの残るギルドを後にし、ドット達は街宿に宿泊していた。

 皆深酒をして寝静まる中、ドットは夜風に当たりながら物思いに耽る。

 宴会の目的は金を使うというのもあったが、ドットの功績とするための物でもあった。

 初めは逸る自らの心を静めるためにこの帝都コストーラを目指したはずが、いつの間にか本当に混沌の魔獣を倒すに至り、その先にいるであろう全ての元凶黒衣の魔導師を探す旅へと変わっていった。

 この旅を順調に終える事ができれば、彼は今人々を恐怖に陥れている混沌の魔獣を討伐せしめた英雄として語られる事となるだろう。


『父上、母上……。カーマやラインハルトも大事無いだろうか……』

「ねえドット」


 故郷に想いを馳せていたドットにワワムが声を掛けてきた。

 いつものような元気さはあるが、何処か視線を泳がせていて少しだけよそよそしい。


「どうした?」

「ありがとね。ドットのおかげでたっくさんの人とお話ができたし、仲良くなれた! おっきな街も見に来れた! ……あの日、ドットがワワムの事を信じて、庇ってくれたおかげ! だから大好きだよ! これまでも、これからも!」

「そうか……。そうだな。これからもよろしく頼む」


 そう言ってワワムはドットを力強く抱きしめ、嬉しそうに尻尾を振っていた。

 ドットもそれを見て優しくワワムの頭を撫でてやると一際嬉しそうに尻尾を大きく左右に揺らした。


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