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22 不可視の怪鳥

 ライオネッタを先頭に、数歩距離を空けてワワムが追従。

 ドット達後衛組は解析魔法(アナライズ)を行うために身を寄せた建物から様子を窺い、支援が必要であればライオネッタの指示に合わせて動けるよう待機する。

 その状況はドットにとっての想定外。謂わば事前作戦には無いため、実戦経験の浅いドットには目の前にいるであろう不可視の怪鳥と同じく目に見えぬ不安にただただ見ている事しかできなかった。

 対しライオネッタは抜刀したまま軽く脱力し、すり足で少しずつ村の中央へと距離を詰めてゆく。

 ライオネッタ、正確には剛腕のライオネスは元々平民の出だった。

 故郷の村は既に魔物に滅ぼされており、少年だった彼はその時に救出された傭兵団に自ら志願して傭兵見習いとなった。

 初めこそは故郷の復讐の為だったが、長く戦いの中に身を置く内に復讐心は薄れ、戦う事はただ生きる事となっていた。

 傭兵団の中でも器用にどんな武器も使いこなしていたライオネスは成人の儀で『ウェポンマスター』を授かり、それが天命なのだと悟った時に傭兵団を去り、一人の冒険者として武の道を突き進む。

 団体で行動するよりも個人で動く冒険者としての戦いの日々は、間違いなく更に厳しい環境であり、そして同時にフットワークの軽さにも繋がった。


『せめて俺と同じ思いをする奴が一人でも減れば御の字だ』


 それが彼の口癖であり、彼が剛腕の二つ名で呼ばれるようになった頃、魔王軍による大侵攻の戦場の中でライオネスはユージンと出会った。

 自分が戦う事で誰かが笑顔になれる。

 彼等はそんな夢を打ち解け合い、互いに戦場の中で頭角を現してゆき、ユージンは自らの功績を、その背中を見せて戦えぬ者の心の盾になれればと爵位を賜り、方やライオネスは戦う者達を鼓舞する旗印となれればと爵位を辞退し、冒険者のまま各地を飛び回った。

 常に一人であり、同時に常に即席の連携を得意とした彼からしてみれば、不測の事態の方が最早日常であった。

 脱力させた全身は常にどの方向からの攻撃でも対応できるようにするためのものであり、同時に全神経を周囲の把握に割くためでもある。

 一歩、また一歩とすり足で移動してゆく内、ライオネッタの足先の甲冑がカツンと何か硬い物に当たり音を立てた。

 その瞬間、全身の力を込めて後方へと飛び退くと、先程までライオネッタの居た地面が抉られた。


「ワワム! お前なら匂いか気配で分かるだろ? 可能な限り時間を稼げ!」


 戦闘開始と共に隠密魔法(ファントムベール)の効力が無くなり、ライオネッタとワワムはその姿を晒す事になるが、やはりガルーダの方は姿を見せない。

 そしてドットが懸念していた通り、ガルーダは見えていなかったはずの相手と接触するなり間髪入れずに攻撃してきた辺り、眠ってなどいないという事だ。

 ライオネッタは全神経を見えぬ敵の殺気に集中させて防壁魔法(プロテクション)と立ち回りで躱し続け、ワワムの方も見えぬ敵を相手にライオネッタへの攻撃位置から予想して、勘で攻撃を振るが現状手ごたえはない。


「ワワム! 攻撃する必要はない! 今回は俺とお前で敵を攪乱してドットに情報を与えるのが目的だ!」

「分かった!」


 そう言うとワワムは距離を取り、反撃で抉れる地面を全て先に動いて避けてゆく。


「あの二人……一体何が見えてるの!? 暗視魔法(ナイトサイト)を使ってないとただでさえ真っ暗闇でほとんど何も見えないってのに」

「経験と勘ですよ。正確には敵が動く時の空気の流れや攻撃してくるであろう場所を予測して、感覚に集中しているんです。とはいえ、普通は敵の視線や呼吸なんかも利用するものですし、攻撃しない事を念頭に置いているからこそこんな紙一重の防御が成立しているんです」

「……てことはワワムちゃんマズいんじゃないの?」

「逆ですよ。ワワムは攻撃できる程の余裕がある。見えない相手への恐怖よりも自分の感覚の方が上回っているという絶対の自信があるからこそできる動きです」


 魔導師が魔法を使う時の感覚とはまた別物の、戦場で培われる戦士としての勘というものに、マリアンヌはただただ驚かされるしかなかった。


『とはいえ、ライオネッタさんはともかく、本当に凄いのはワワムの方だ。まだ十四歳なのに培われている戦闘のセンスが軽くライオネッタさんを超えている……。いくらミッドランド大森林に住んでいるとはいえ一体ルゥ・ガルー族はどんな戦闘訓練を幼少の頃から積ませているんだ?』


 ライオネッタとワワムの戦闘センスにただただ舌を巻くばかりだが、本命はそちらではない。

 ドットも注意深くライオネッタやワワムが躱す攻撃の跡からおおよその行動等の予測を立てていく内、ある事に気が付いた。

 攻撃で抉り取られる地面の形状が全て同様の、突き刺すような跡しか残っていないのだ。

 怪鳥の攻撃手段は主に強大な嘴による突き攻撃と、上空から馬車ごと持ち上げるほど鋭利で強靭な脚の爪の二種類。

 だが現状飛び立つ時の砂埃は立っておらず、同様の楔形の凹みしかないため嘴による攻撃しか行っていないように思えた。

 ライオネッタとワワムは立ち回り上、必ずどちらかが死角になれるように挟み込むような位置を陣取るため、後ろ方向への攻撃は嘴よりも後ろ蹴りの方が素早く出せるはずなのだが、ワワムの動きを見るに宙へ向かってもその攻撃は出していないように見える。


『姿の見えない怪鳥相手なら、飛ばれればこちらは手も足も出なくなる。なのに何故頑なに地面から飛び立とうとしないんだ?』

「アンドリューさん。ガルーダと戦闘になった場合、普通は魔導師や弓兵が応戦するんですよね?」

「え? ええ。それでも太陽を覆いつくす程の巨体を利用して逆光で見えにくくしながら戦うから『死の影』の異名を付けられるぐらいには厄介な敵だとされています」


 アンドリューの知識を聞く限りではガルーダは巨体故に低空での戦闘ができないなどという事は無く、率先して空中戦をするはずだ。

 だが同時に逆行を利用して戦う等、その戦闘の中で環境を利用する程度には知能も高いという事になる。


『昼行性の魔物がわざわざ夜間に起きていてこちらを待っていた、なんて普通の状況ではない。つまりこのガルーダは自分の混沌の力を認識したうえで、それを利用している……。絶対的に有利なはずの空中へ飛ばない理由は何だ? 地面という不利な場所をわざわざ主戦場にしている理由は?』


 ドットは疑問や違和感の一つ一つを取り零さないように何度も思考を巡らせて行く。

 その違和感の正体こそがこのガルーダを倒す糸口になると分かっているからこそ、これまでの知識と今手に入れた知識をすり合わせてゆく。


「死の……影……?」


 そう呟くとドットは空を見上げた。

 三日月が銀光を注がせており、星々は雲間から光を覗かせている。

 そしてドットはライオネッタとワワムの丁度中間程の位置へ目を落とした。


「"影"だ……! 盲点だった! ライオネッタさん! ワワム! 一度撤退してくれ!」


 透明の敵を相手にしていたうえ暗闇の中だったため、暗視魔法をもってしても存在感は殆ど無に等しく、しかしながら確かにそこに見えないはずの存在の影だけが存在した。

 夜間という不得手とする時間しか行動せず、敵対しても宙へ逃げないその存在は自らの代名詞とも呼べるその巨体が生み出す影こそが自身の存在を暴き出す弱点になり得ると知っていたのだ。


「分かったんだな!? 倒し方が! だったら今すぐ端的に作戦を伝えろ! 今この場で決着を付ける!」

「ですがっ!」

「必ず実行する! 俺達を信じろ!」

「……! 分かりました! アンドリューさんは光源魔法(トーチライト)をライオネッタさんに授けてください! マリアンヌさんはそれに合わせて影が現れた辺りに氷の槍(アイスランス)を! ワワムは氷の槍(アイスランス)が突き刺さった場所へ私の腕を当てるんだ! そのままライオネッタさんに止めを任せます!」


 ドットの指示と同時にライオネッタは盾を構えて身体強化魔法(リーンフォース)を発動し、見えない攻撃を躱すのではなく敢えて受ける姿勢を見せて攻撃を引きつけた。

 その隙にワワムはドットの下まで戻り、ドットの方も荷物を降ろしてロープを素早く取り出し二人の体を縛り付けた。

 アンドリューとマリアンヌも指示に合わせて魔法を発動し、アンドリューはライオネッタに追従するように光源魔法(トーチライト)を付与、マリアンヌは鋭い氷を何本も空中に生成し、攻撃のチャンスを覗った。

 ライオネッタの元にたどり着いた光源魔法(トーチライト)が輝きを増し、周囲を明るく照らし出すと不可視のガルーダの足元を煌々と照らし出す。


「見えた! 喰らいなさい!!」


 マリアンヌの氷の槍(アイスランス)が影の本体めがけて飛んでいくとやはりガルーダの方も自身の位置が勘付かれている事に気が付き、それまで一切飛び立とうとしなかった翼を大きくはためかせたのか砂埃が周囲を覆った。


「させるかよ!」


 だがそれを悟ったライオネッタが先んじて影の上空に防壁魔法(プロテクション)を発動し、空へと飛び立てないように防いだ。

 無数の槍が見えない肉体を貫いたのか、氷と共に鮮血が中へ飛び散る。

 間髪入れずに飛び込んだワワムが何もない空間を殴りつけると、流石に振り抜きのタイミングを合わせられずに然程ダメージは与えられないが、黒い雷と共にそのガルーダの姿が顕になった。


「あばよ」


 遂に表した首元はライオネッタの真上。

 渾身の力を込めて振り抜かれたライオネッタの剣がガルーダの首を切り裂き、無敵にも思えた混沌の魔獣にその終止符を打った。


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