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21 『魔物』というもの

 大陸の中央に位置するコストーラから南。魔王の鎮座する居城から遠くへ離れるほど魔物の脅威度は下がってゆくため、人間の村の数も増えてゆく。

 最初の目的地であるボッカ村までは歩いて数日の距離であり、多くの旅人が行き交う交易路でもあるため宿も多い。

 装い新たにローブから武闘家(ファイター)のような胸当てだけの軽装になったワワムの容姿はやはり行く先々で人々を仰天させていたが、周囲にドット達がいる事とワワム自身の犬のような人懐っこい性格のおかげで大きな騒ぎにはなっていなかった。


「あんた方が引き受けてくださったんかね?」

「ええ。ワイルドボアを十頭ほど間引いてほしいとか」

「そうだねぇ。ここ最近やたらと畑の近くでまで見かけるようになったからどうにも増えている気がしてねぇ」


 目的地のボッカ村に辿り着き、村民に依頼を受けてきたと伝えるとそのまま村長の家へと案内された。

 ボッカ村は比較的安全な村という事もあり、百人近くの人間が住んでいるため商業施設も賑わっている。

 悩みの種といえばワイルドボアやゴブリンのような農作物や近くの森へ山菜採りや狩猟に出掛けた人間へ襲い掛かる魔物ぐらいであり、普段なら新米の冒険者や若手の村人で対処できる程度の脅威でしかない。

 煙のように消えては現れる存在である以上、その総数はあまり変わっていないはずなのだが、稀にこのようにして依頼が出るほどに数が増える事もある。

 大抵の場合、増えすぎた魔物を狩ると元々見かけた数位に戻るため、いつまで経っても依頼が受けられないようなら手の空いた村人が対処する、といった程度の依頼だ。

 そうなった場合に活躍するのが傭兵よりもフットワークが軽く、どんな雑務も引き受ける冒険者だ。

 村長に詳細を聞き、畑周囲を徘徊するワイルドボアを合計十頭ほど討伐し、討伐した証としてワイルドボアの牙を十個村長へ渡せば完了となる。

 ワイルドボアとは野生生物の猪よりも体格が良く、人間に対する敵対性が強い存在だ。

 とはいえ魔物はあくまで身体が魔力によって構成されているというのが最大の特徴である位で、上位の魔物にでもならない限りは火を吹いたり魔法を使ってくるような事も無い。


「じゃあ後は作戦通りに……といっても今回は皆さんの肩慣らしですけどね」

「あら? ドットは狩りには参加しないの?」

「混沌の影響か何かで戦闘中は役に立たなくなるので」

「あ、それって混沌の力を持った相手以外も影響するのね」

「そういうことなので、今回はアンドリューさんとマリアンヌさんに守ってもらう形ですかね」

「給わりました」


 そうしてワワムとライオネッタは前衛、アンドリュー、ドット、マリアンヌが後衛になるように並び直して周囲のワイルドボアの注意を引き付ける。

 しかし全員の実力は今更ワイルドボア程度で苦戦するような腕ではないため、最早誰がいち早く魔物を狩るか? という勝負のようになっていた。

 だが装備を新調したワワムとマリアンヌはその実力を確認するには丁度良い場だっただろう。

 十頭など物の数ではないと言わんばかりにあっという間に戦闘が終了してしまった。


「すっごいすっごい! この服、とっても動きやすい!」

「マリアンヌも大した腕だな。あの速度で駆け回るワワムがいる戦場に対して躊躇無く魔法を撃てるのは相当自分の魔法制御に自信がなきゃできない芸当だ」

「言ったでしょ? 腕は確かだって」

「こりゃあ俺が楽できそうで助かるよ。信頼してるぜ!」


 ただでさえ早かったワワムの駆ける速度は正に獣の領域に到達しており、それが縦横無尽に跳び回っている戦場に対してマリアンヌの方も得意の氷の槍(アイスランス)を躊躇無く撃ちこみ、ワイルドボアだけを貫いていた。

 今回ばかりはライオネッタも敵を引き付けるまでも無かったため特にやる事がなかったが、遊撃のワワムと正確無比な法撃のマリアンヌが居ればライオネッタの方ももっと消耗を抑えて戦う事が出来る。


「では報告に戻る前に、念の為森の中を調べましょうか」

「ああ。言ってた例の混沌の力が原因かどうかってやつか」


 意識を取り戻したドットがそう言うと、そのまま近くにある小さな森までやってきた。

 魔物の数の増減の原因は今の所よく分かっていない。

 そのためもし、この増えすぎた魔物の原因もまた混沌の力によるものであるのであれば、ドットは能力の開放ができ、村人は悩みの種が払拭される事になるため双方に利がある。

 だが残念ながら全てが想定通りというわけにはいかず、森の中にはそれらしきもやは見当たらず、いずれかの魔物が纏っているというようなこともなかった。


「当てが外れたな。ま、そういう事もあるさ」

「魔物とは戦うばかりで精一杯ですからね。何かしら原因究明の手伝いになれたらと思ったのですが……。まあこういう事もあるでしょうね」


 依頼ついでの調査も終え、村長への報告も完了し、念のために黒衣の魔導師の情報も訊ねたが、当然そのような特異な魔導師は見た事が無いとの回答だった。

 その日はそのまま村の宿で一泊し、本命である南端ナミノ村へと向かう。

 元々は漁業が盛んな村だったのだが、件の不可視の怪鳥が居座るようになり今では村人は一人残らず非難しており、半壊した家屋だけが村であったことを告げている場所となってしまっている。

 廃村となったナミノ村の付近まで辿り着いたドット達は、離れた場所にあった壊れた小屋を野営地点にし、まずは対象の不可視の怪鳥を注意深く観察した。

 当然ながら望遠鏡で一日中観察してもその姿を捕らえることは出来ず、まるで何もいないかのように感じられるが、日が暮れた後になると村の中心付近で不自然な土煙が立つ為、そこに何かが存在している事だけは理解する事が出来た。

 土煙の正体は恐らく巨体であるガルーダが飛び立ったか降りてきたかのどちらかであるというのは分かるため、それを基に隠密魔法(ファントムベール)を用いて近付き、解析魔法(アナライズ)を用いて詳細を把握する。

 その結果判明したのが、ガルーダは夜になるとこの場所へ降り立ち、それ以外の時は何処かへ飛び立っているということだった。


「夜になるとこの場所へ来て、昼になると何処かへ行く……。ドット様、恐らくガルーダはこの場所を住処としている可能性が高いです」

「つまり、ナミノ村を寝床にしてやがるって事か? 見えないからって堂々と寝てやがるとは随分とふてぇ野郎だな」

「ガルーダは昼行性ですからね。『死の影』の別名で恐れられていて、よく商隊が話す有名な話だと『荷馬車が急に暗くなったと思ったらすぐに馬車から飛び降りろ。死の影が馬を攫いに来た』という風に伝わっている程です」

「んなら寝てる間に奇襲。これに限る」


 アンドリューの話を基にライオネッタが気合を入れていたが、ドットとしては少しだけ気になる部分があった。

 元々不可視の怪鳥に関する知識として聞いていた話では、怪鳥はこの場所を拠点としている事は理解していたが、そうなると昼間の居ない間に何かしらの急に人間が空に消える事件の噂が入っていないと、昼間の間何処に行っているのかの説明がつかない。

 魔物同士は別種であっても互いに喰らい合うような事はせず、襲うのは必ず人間か野生生物である。

 この付近には森は無く、ナミノ村から一番近い村付近ですらそのような怪事件の噂は無かった。


「アンドリューさん。ガルーダが夜間に活動した記録等は残っていないのですか?」

「え? ええ。私の知る限りの文献にはガルーダが夜間に狩りをしたという記録は残っていません。もしも同系統のアンズーという魔物であれば夜行性ですが、解析魔法(アナライズ)で種族名が特定されている以上、別種はあり得ないですからね」


 魔物は基本的に食事を必要としないが動物のような本能を有しており、狩りを行わない個体は現状観測された限りでは存在しない。

 ただ本能に従って狩りを行い、人間を最大の敵とみなしている存在。それこそが魔物。

 だからこそドットにはその不可視の怪鳥の違和感がどうしても気掛かりで仕方が無かった。


『もし、このナミノ村を活動拠点にしていて、周囲に襲える生物がいないのだとしたら狩りの本能は強くなっているはずだ。そんな存在が住処の付近までやってきた時に"襲い掛かってこなかった"のは何故だ……?』

「行くぞワワム。ただし、静かにな」


 そう言ってライオネッタはワワムと共に村の中へと移動しようとしたが、それを見てドットは制止した。


「ライオネッタさん、ワワム。少しだけ待ってほしい」

「分かってる。相手は得体の知れない存在だ。だが、考えてるだけじゃ解決しないのも事実だ。だからお前達は出てくるな」


 そう言ってライオネッタは慎重に一歩を踏み出した。

 ドットの懸念はライオネッタも把握しているからこそ、ライオネッタはこういう時の為の作戦を任されていた。


「さぁて……経験の見せ所だな!」


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