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20 混沌の魔獣

 翌日、互いの得意とする戦術を確かめ合い、より効果が高くなるよう基本的な陣形を考え直す。

 ワワムとライオネッタの方はこれまでと変わりなく、ライオネッタが相手の注意を引き、機動力の高いワワムが遊撃。

 変化が加わるのはアンドリュー側の方で、基本はマリアンヌと一緒に行動する事で攻防一体の遠距離部隊としての機能が加わった。

 またマリアンヌの正確な魔法は補助や妨害も得意とするため、アンドリューは基本的に神聖魔法による支援に特化させ、ワワムに一度戻ってもらっていた消耗品の受け渡しをマリアンヌの浮遊魔法で送るという動作に変える事で攻めの手を休める必要が無くなった。

 魔力の消耗量が増えるため連戦には不向きな戦法ではあるが、そもそものマリアンヌの優秀な魔力探知とドットの隠密魔法の組み合わせで戦闘そのものを避けられるため、目的まで最短での行動が行えるが故の戦術でもある。


「よし! だったら後は実戦だ……って言いたいところだが。現状黒衣の魔導師に関する足取りは掴めてない状態だろ? どうするんだ?」

「それについてですが、足取りを探すのではなく、こちらから黒衣の魔導師に出向いてもらおうかと考えています」

「出向いてもらう……とは? 具体的に何か方法が?」

「いやまあ、あまり具体的ではないのですが、混沌の魔獣を討伐し、数を減らすか全滅させれば混沌の力を与えて世界を混乱に導いている黒衣の魔導師も動かざるを得ないでしょう。混沌の魔獣を討伐したパーティともなれば知名度も得られますので、黒衣の魔導師の目撃情報を集めることも容易になり、一石二鳥……だといいなぁという、自分で口にすると尚更捕らぬワーウルフの皮算用ですねぇ」

「言うほど悪い手でもねぇだろ。黒衣の魔導師に直接繋がらなかったとしてもお前の言う通り得られるリターンはでかい。そもそも混沌の魔獣を現状どうにかする方法を持ってるのはドットだけだ。やらない手はないだろ。……とはいえ、相手は全部最重要討伐対象だ。その特異性が原因ってのもあるが、単純に単体で見ても強ぇ魔物の名前も挙がってる。名のある冒険者でもそのまま行方不明になってる奴も少なくねぇ。気を引き締めて掛かるぞ!」

「そうは言っても、混沌の魔獣って言ったって私の知る限りでも四件も討伐依頼が出てるのよ? まずは慎重に動くべきだし、肩慣らしに適当な討伐依頼を受けた方がよくないかしら?」


 冒険者としての歴の長いライオネッタは強敵の予感にやる気に満ちているようだが、同時にその表情はいつになく真剣だった。

 同様にマリアンヌの方も冒険者としての経験からまずはこのチームでの連携を確かめるために、一人でも対処可能な魔物の討伐を受けるべきだと打診した。


「その点については大丈夫ですよ。この一週間、ただ悠長に過ごしていたわけではありません」


 そう言ってドットはコストーラを中心とした各混沌の魔獣の位置を書き記した地図を開いた。

 距離で見れば全て結構な距離があり、方々に散っているため、流れで次々に討伐してゆくというのは不可能だろう。

 また混沌の魔獣はどれもその厄介さから全て異名が付けられており、既に特徴等も判明している点が多い。

 一体目は『不可視の怪鳥』と呼ばれる魔物。

 その異名の通り、敵が怪鳥ガルーダと呼ばれる巨大な鳥類の魔物である事までは判明しているのだが、肝心のその姿が一切見えないのだという。

 既に隠密魔法の類を解く魔法による看破や色水の投擲、霧による位置の特定等も行われているが、混沌の力由来の為かその姿を暴く事は出来ていない。

 二体目が『人海戦術のスライム』と呼ばれる魔物。

 スライム自体は魔導師にとって見れば楽に処理できる魔法生物であるのだが、そのスライムはその異名通り近くに敵対する存在があると検知すると瞬く間に増殖し、空間を埋め尽くすのだという。

 それだけなら強力な魔法を放てる魔導師であれば楽に対処できそうな物なのだが、どういうわけかそうなったが最後、スライムに接触していなくても身動きが取れなくなると噂されている。

 三体目が『見えざる鋏の大蠍』と呼ばれる魔物。

 こちらはガルーダの方と違い、キングスコーピオンと呼ばれる優に二メートルは超える程の大型の蠍の魔物の中でも一際大きい個体に付けられる呼称だ。

 群れを率いる魔物であるため集団戦になる事も厄介なのだが、それに加えて件のキングスコーピオンは動きが不自然なためそれに気を取られていると見えない鋏や尾針で攻撃され、何人もの冒険者が命を落としているという。

 四体目が『絶対零度の蛇人』と呼ばれる魔物。

 この魔物が最も厄介であり、挑んだ冒険者の殆どが帰らぬ者となっている。

 そのため情報量も少なく、分かっているのがメデューサのような蛇人の魔物である事と、瞳を見ていないのにも拘らずに石像となってしまったという事だけだ。

 何とか逃げ延びた冒険者も状況を理解できていないまま逃げ出しているため、最早恐怖で詳細な情報を掴めていないというのが現状だ。

 これら四体が現在把握している混沌の魔獣と呼ばれる魔物達であり、帝国としても討伐は急務であると把握はしているが、その特異性が原因で帝国騎士団を派兵するにはリスクが大きすぎると判断している状況である。

 帝国騎士団としては最優先で当たるべきは進軍を開始した魔王軍ともいえる魔物の大群であり、ユージンが対処しているのは正にこの魔物の大群である。

 混沌の魔獣の対処を冒険者に任せている理由は単純で、どういうわけかその特異性を有していながら、その場所から帝都へ攻め入るような事も無く、ただその場を自らの縄張りとして守っているような状態だからだ。

 とはいえそれらの占拠している場所は人間にとっても重要な場所であるため、長い目で見ればかなりの痛手を受ける事になるため、多額の報酬が国によって上乗せされている状態となっている。

 だが今となってはその多額の報酬に心奪われた新米が挑むばかりであり、経験の長い冒険者ほど『割に合わない』と判断してしまっているというのが良くも悪くも冒険者といった所だろう。


「私達が最初に討伐を目指すのはこのガルーダです。最初に現れた混沌の魔獣という事もあり情報が一番多いため、現状の情報内で考えられる作戦は幾つか建てられている事と、先程マリアンヌさんが仰っていたこのパーティでの実力を試す敵として、道中の村付近で増えすぎて困ってるワイルドボアの討伐依頼も同時にこなそうと考えています」

「ワイルドボア? それってよく農作物に被害を出す魔物のくせにそこそこ強いからよく討伐依頼が出る魔物じゃない。大体の場合、対処が面倒になった村人が出すから報酬も知れてるそれこそ本当の意味で『割に合わない』依頼でしょ?」

「そうですね。大抵の場合、実績の無い新米が受ける依頼ですが、だからこそ今の自分達には都合がいいんです。危険が少なく、しかし気を抜けば怪我をする危険性も孕んでいる。気を抜かずに戦いつつ消耗も少なく、数日寝かせていても依頼が被りにくい依頼ですので」

「あーなるほど。ライオネッタさん待ちしてても大丈夫だったってわけね」


 そうしてドットの方針を聞いていた一行だったが、別段反対する理由もないため皆ドットの提案に納得してくれた。

 目的も決まれば後は行動のみ。

 すぐさまドットは掲示板(クエストボード)に貼られた不可視の怪鳥の討伐依頼とワイルドボア十頭の討伐依頼を取って、受付に渡した。


「こ、この依頼(クエスト)を本当に受けるつもりですか!?」

「ああ、頼む」


 多少ギルド内はどよめいたが、とはいえそれはどちらかというと可哀想な人を見る目の方が多いように感じられた。

 最初に現れた混沌の魔獣に関する討伐依頼ということは、同時に残りの三件が来ても尚誰にも討伐することのできなかった存在でもあるため、彼等真当な冒険者からすれば奇特な人間に見えたことだろう。


「そうだドット。この際だ。ワワムのローブを普通の防具に変えよう」

「えっ!? 流石にそれはまずいのでは……?」

「理由は三つ。一つ目に今の内からワワムの素性を明かしておかないと後々有名になってから詳細不明の人物が居る方がかえって目立つ。二つ目にこれから戦う相手は一筋縄ではいかない。ローブではワワムの身体能力を最大限に活かせないのはまずい。三つ目だが……ワワムには俺に近しいものを感じる。絶対に今後何処かでやらかす。それならもう今の内に周囲の奴等に慣れさせておけば後は俺の時と同じで噂が広まる。噂の持つパワーってのはお前も流石に理解できるだろ?」

「……確かに今後の事を考えるなら、今は自分一人ではないですし、周囲の説得も簡単ですね。その方が賢明でしょう。ご指摘ありがとうございます」


 そう言ってドットはワワムにフードを取らせるとやはり周囲からまた別の種類のどよめきが沸き起こったが、すぐにドットは自らの登録証(メンバータグ)とワワムのチョーカーを見せて周囲の冒険者達を納得させた。

 これでワワムも晴れて普通の防具を身に付けることができるようになったわけだが、その様子を後ろから眺めながらライオネッタは一人ドットを見て感心していた。


『しっかし……あの歳でここまで戦う前にあらゆる作戦を立てているのはかなり優れた軍師の証拠だ。ユージン、お前の倅は相当な切れ者に育ってるみてぇだな。……ま、年下に礼節で叱られっぱなしってのも悔しいから直接言いはしないけどな!』

「どうかしましたか?」

「いや、さっさとワワムの支度を済ませよう」


 そう言って一人ドットを見てにやけていたライオネッタだったが、アンドリューの視線に気が付きすました表情に戻し、改めてギルドを出て行った。


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