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19 司祭アンドリューと聖職者と

 アンドリューとライオネッタが大聖堂へと趣いてから一週間、漸く帰ってきたライオネッタの表情は疲労困憊といった様子だった。

 とりあえずはいつものようにギルドの個室へと赴き、ライオネッタ達の状況を聞くことにした。


「やっぱり俺は格式だとか伝統だとかは合わねぇわ……」

「いやードット様の機転のおかげでなんとか厳重注意で済みました。とはいえ次また同じような事で召喚されれば間違いなく聖騎士の称号を剥奪されかねないので私は完全にお目付け役になってしまいましたよ……」


 聞いたところによると、やはり呼び出しの理由はほかならぬ聖騎士としてあるまじき態度についてだった。

 たった数日とはいえ、人目によく付くギルド内で散々聖女らしからぬ行動を急にし始めたのはかなり噂になってしまったらしく、それが聖騎士の代表格ともなれば教会の権威を脅かす程の影響力を持ってしまう。

 下手なことは喋るなとアンドリューに釘を刺され、ライオネッタの方はただただ謝罪を繰り返すのみに留まらせた。

 その上で何故ライオネッタがそのような態度を取っていたのかを弁明するために、アンドリューはドットから渡されていた霧の森の詳細な地図を見て思いつき、アンドリューの機転により『盗賊団の首領との交渉を行うために役作りをしていたところ、のめり込み過ぎた』という事にしたのだった。

 これまで治安の悪さや視界の悪さであまり調査の進んでいなかった犯罪の温床とも言える場所の地図が手に入ったのは、治安維持の面で非常に役立つため教区長としてもそれならば仕方がないと納得してくれた。

 とはいえやはり宮廷騎士とも連携することも多い聖騎士の態度が悪いのは問題であるため、事が終わったのなら態度を改めるように警告を受けたというのが全容だった。

 そのため呼び出しそのものは一日で終わっていたのだが、ライオネッタに改めるような意思が見受けられなかったこともあり、ドット達のパーティの要であり同時に聖騎士の顔としても機能しているライオネッタがこれ以上何か問題を起こされても困るため、アンドリューが六日感みっちりと聖騎士のあるべき姿と聖職者の心掛けるべき考えと行動を教え込んでいたためかなり時間が掛かってしまったのだ。


「歩き方であったり所作であったりはなんとか矯正することができたんですが……言葉遣いだけはまだまだボロが出るので、あまり人前では喋らないようには言いつけていますので」

「ライオネッタさん……」

「どうした少年? その顔は惚れたか?」

「失望した表情ですよ」


 ライオネッタがいつもの調子で茶化して話したが、ドットとしては憧れの戦士だったのだが、この数日で聞かされていた質実剛健な男のイメージがただの粗野な男の一面が強くなった事でかなり幻滅していたため、遠くを見るような細い目で見つめていた。


「それはそうと、アンドリュー。お前さん教区長とかなり親し気な感じだったが、もしかして知り合いだったのか?」

「ええ。宮廷書記官時代からの付き合いですね。ですので私が同行した方が丸く収まるだろうと考えたのです」

「それはありがたい話だが、それよりもまさか宮廷書記官だったとはねぇ……」

「そういえば私の事はあまり話していませんでしたね。丁度いい機会ですし、お話しておきましょうか」


 そう言うとアンドリューは自らの身の上話を始めた。

 彼は生まれも育ちもコストーラで、司書であった両親の影響が大きかったのか授かったスキルの影響で高い記憶力を持っていた。

 最初の内はその高い記憶力と魔導士の家系であった事もあり、彼は宮廷魔導師となる事を嘱望されていたが、残念ながら魔法を使う才能の方はからっきしだったそうだ。

 その為魔導師にはならず、宮廷書記官として事務処理を行うのが彼の日常となっていたのだが、彼自身は司書の両親に連れられて様々な書物を読み漁ったり、各地の伝承などを聞いて回る事が好きだったため、あまり変わり映えのしない書記官の仕事に半ば退屈していたそうだ。


「その折に教区長に聖職者になる事を勧められましたね」

「聖職者? 宮廷勤めの方が高給取りだろうに」

「私は戦闘こそからっきしでしたが、方々の書物や伝承を読み漁るのが人生の趣味のようなものだったので……。初めは吟遊詩人(バード)になって旅芸人の一座にでも加わろうかと思っていたのですが、慰労のために戦地へ赴く事も多いと聞き、魔法も腕力も取り柄の無い私では厳しいと感じていた時に教区長が創造主に使える者であれば神聖魔法を使えるようになる。と教えてもらい、道が決まったという感じですね」

「神聖魔法の習得は大変だったのではないですか?」

「便宜上神聖"魔法"と呼ばれているけれど、この分類に属する魔法は正確には魔法ではなくて"奇跡"と呼ばれるものなのよ」


 アンドリューの言葉に疑問を持ったドットが聞き返すと、その問いにマリアンヌの方が答えた。

 定義の上で、自身の魔力を触媒にして発動する物、炎や氷といった現象を魔法と呼ぶため、同じように魔力を消費して創造主へ捧げて起こす奇跡も魔法と総称されているのだという。

 実際の所は創造主への祈りとして捧げられた魔力に応じた奇跡が発現するといった手順であり、魔法の方は魔力を用いて魔方陣を構築し、周囲の魔力を感応させて現象を起こすといった手順であるため内容が全く違う。


「そのため神聖魔法は創造主への信心を示した聖職者でなければ扱えません。ある意味扱い方さえ覚えれば誰でも使う事だけは出来るその他の魔法とは対極の存在ですね」

「なるほど。だから聖職者であるアンドリューさんやライオネッタさんは神聖魔法を使えるのですね」

「覚えるのは得意ですので聖典や心得も全て暗記しています。で す の で ライオネッタさんにも一から叩き込みなおしました」

「分かった分かった。今度から人前ではちゃんと気を付けるって」


 アンドリューとしてもやはりこの一件はかなり重く捉えているようで、ライオネッタの今後の一挙手一投足は厳しく監視される事となるだろう。

 顔こそいつも通りアルカイックスマイルを浮かべてはいるが、目が笑っていないため最悪の場合聖騎士照合の剥奪、アンドリューが介入したとしても謹慎処分を受けていた可能性が非常に高かったようだ。


「そうだな……明日の作戦会議にも役立つし、ついでにスキルも教え合っておいた方が良さそうだな。因みに俺はライオネッタの方のスキルだから『研ぎ澄まされた感覚』だった。確かにあの時のマリアンヌの拘束魔法ですら、多分一人だったなら対応できてた可能性が高いと思えるぐらいには直感力っていうのか? そういうのが上がってたとは感じるな」


 ライオネッタとしては話題を逸らしたかったため、アンドリューの話の中に出てきたスキルへと話題を移した。

 彼女のスキルは超直感とも呼べる感覚の鋭さであるため、元々戦慣れしているライオネスの精神との親和性が高く、受けて戦うを信条としていたライオネッタから、敵の攻撃を直感的に予測して的確に神聖魔法で補助を行いながら攻め込むかなり攻撃的なスタイルに様変わりしていた。


「私は『魔法の才覚』よ。他の同年代の魔導師と比べても詠唱速度の速さや正確さにはかなりの自信があるわ。乱戦でも安心して背中を任せてちょうだい」


 続いてマリアンヌのスキルだったが、これは魔法の構築や発動場所、操作性等が無意識に近いレベルで精密に行う事が出来るというもので、このスキルのおかげもあり今まで後衛の主力を担ってきたそうだ。

 戦場慣れしていたライオネッタですら一瞬の反応の遅れで拘束できたのはこれによるものが大きいのだという。

 ドットに関しては既に混沌の力を打ち消し、それにより様々な能力が得られるものであると判明しているため飛ばし、ワワムの方へと視線を向けた。


「ワワムはどんなスキルなんだ?」

「スキルってなあに?」


 返ってきたのは予想外の返答。

 念の為ワワムにステータスを見せてもらったが、スキルの欄には何も無く、本当にスキルというものが何なのか今の今まで分かってすらいなかったようだ。


「やっぱり……。まだ成人していないではないか!」

「してるもん! ワワムはもう大人だもん!」

「大人なら床に転がってみっともない抗議をするのを止めろ!」

「分かった……」


 そうしてもう一人の問題児であるワワムの方も窘めると、彼女としても大人として扱われたいと思っているのか、言われればちゃんと守ろうとする辺りはライオネッタよりも扱いやすい。


「まあ全員の技量や相性を図るのは明日にするとして、今日は互いの親交を深め合おう」


 一つ大きく手を打ち鳴らし、ドットは皆の意識を切り替えさせた。

 冒険者同士様々な思惑や性格はあれど、今はドットと志を同じくした仲間。

 改めて酒と料理を用意し、冒険者らしい賑やかさを取り戻した。


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