17 不思議な魔導師
杖が地面を転がり、黒衣の魔導師から混沌の力が剥がれ落ち、霧の中に溶けていった。
「動くなよ? 少しでも抵抗するなら俺が問答無用でたたっ斬る」
ライオネッタが刃を向け、ワワムに杖を叩き落とされた拍子に崩した姿勢の魔導師の動きを制した。
「……んで」
「あ?」
「なんで……私に触れて平気……なの?」
「当てが外れたか? どうやらお前の混沌を与える能力、一度ドットの混沌を取り除く能力で消されると掛け直しは出来ねぇみたいだな」
「違うわ! あの日以来、私に触れた人間は皆消えるようになってしまったのよ!?」
ライオネッタの言葉に反論するために、黒衣の魔導師は俯いていた顔を彼女の方へと向けたが、その顔はヴェールではなく、黒のカレイドマスクによって隠されていた。
「あれ? この人じゃないよ?」
「え? そうなのか? おい! ドット! 早く意識を取り戻せ! 俺はちゃんと顔を見てないから知らないんだよ!」
漸く黒衣の魔導師を捕らえたと思ったのも束の間、その魔導師は服装こそよく似ているが、確かにドットの見た魔導師とは別人だった。
しかし事情を聞いていた所、件のギルドで噂になっていた魔女である事は本人が認めた。
「一応改めて、私の名前はマリアンヌ。元々はサイラス、リリー、ロッシュの三人とパーティを組んで活動してたただの冒険者だったわ。でもある日を境に、私の変な能力が暴走して……私はサイラスを消してしまったの……」
「消した? とは……?」
「私はね、元々変な能力があったの。私が手に取った物はその瞬間別の物に変わるっていう、錬金術とも違う何かがあったの」
「確かに話だけを聞いた感じだと錬金術師みたいですね。あちらは物質に別の物質を加えて、魔力で全く違う性質を持つ物に変える技術でしたっけ?」
「錬金術ならそうね。でも私のは特に魔力も別の物も必要としない。ただ触れれば必ず同じ物になる。例えば石を手に取ればそれはリンゴに、薬草を手に取ればロープに、といった感じよ」
曰く、マリアンヌはスキルとも違う錬金術のような能力を持っていたと語った。
触れる物全てが彼女の意思とは関係無く別の物に変わってしまうため、村では気味悪がられて居場所が無く、必然的に冒険者になる他生きる道が無かったのだという。
しかし彼女の能力が原因で、冒険者としても一人で行動する事が多かった彼女を『面白い』と言ってパーティに勧誘したのがサイラスだったと語った。
「なのにあの日。遠征する事が決まって浮かれてた私は通行人とぶつかってしまってね。散らばった物を集めて急いでギルドに向かって、サイラスと握手をしたその瞬間、彼は消えてしまった……」
「通行人……。まさか同じ黒いローブを羽織った魔導師ではなかったか?」
「ええ、そうだったわ。散らばった荷物も集めてくれた親切な人だったからよく覚えているもの」
やはりマリアンヌも直前に黒衣の魔導師に出会っており、その直後の接触でサイラスは消えたとの事だった。
「縺ィ縺 ≧莠九 繝槭Μ繧「繝ウ繝後&繧薙 閭ス蜉帙b豺キ豐後 蜉帙↓繧医k繧ゅ 縺ョ蜿ッ閭ス諤ァ縺碁ォ倥>縺ァ縺吶 」
「え?」
「縺ゥ縺 °縺励∪縺励◆縺具シ 」
「えっ、ちょ、怖い怖い! 急に訳の分からない言語を話さないで!?」
「急に来るとびっくりするなぁ……。アンドリューさん、ちょっと失礼」
マリアンヌに何かを話し掛けようとしていたアンドリューだったが、その言語は全く以て聞き取れない未知の言語になっていた。
しかし当のアンドリュー自身は何が起こったのか分からず、キョトンとしている。
それを見てドットは少々驚きはしたが、既にアンドリューが複数人に増殖したのを目撃していたため、すぐにアンドリューの肩に触れて元に戻した。
「私、また何か起こってました?」
「ですね。今度は謎の言語を発してました」
「ああ。先程はマリアンヌさんの能力も混沌の力によるものの可能性が高いですね。と言っていました」
「確かに、恐らくは君のその別の物質に変換されるという能力も、魔女によって与えられた異常な能力だろう」
「……それっていつもの事なの?」
あまりにも自然に元の会話へと戻っていくドットとアンドリューの様子を見て、未だ衝撃が忘れられないマリアンヌがそう苦言を呈したが、二人は軽く見合わせた後、困ったような表情でマリアンヌの方へと向き直した。
「確かに初めて見ましたけど……まあもっとインパクトのある異常が起きていた事もあったので……」
実を言うと、既にコストーラからこの森に来るまでの間、消耗品の補充などを行っていた間にも何度か異常が発生しており、急に手を真横に伸ばして直立したまま足を動かさずに移動したり、急に身体が半分地面に埋まったまま平然としていたりと不可解な事が起こりすぎていたため、この程度の事では最早動じなくなっていた。
「……まあいいわ。でも私はそのアンドリューさんみたいなのとは違うわ。確かに変ではあるけれど、成人の儀よりも前からそうだったんだから」
「混沌の力は記憶や認識まで改竄するんです。私は全く戦えなくなり、ワワムは魔族の姿に、アンドリューさんはこんな風に定期的におかしくなるし、ライオネッタは意識以外がそう認識されるようになっているんだ」
「そういうものなのかしら……?」
一先ず無実の罪の疑いも晴れた事でマリアンヌも帝都へ戻る事が出来るようになったため、このまま危険な森の中で無駄に時間を過ごす必要も無い。
そのためこの話の続きは一度ギルドで落ち着いてしようという事になり、全員に固まってもらい、ドットが転移魔法を発動した。
一度訪れた事のある土地へ瞬時に移動出来る魔法であるため、これで遠征が必要になったとしても帰りの事を考える必要が無くなったのは大きい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
コストーラの中心にある噴水広場の前へと戻ってきたドット達は、そのままギルドの二階個室へと向かった。
「ごめんなさい。ちょっとあっちの部屋でもいいかしら?」
適当な部屋に入ろうとした所、マリアンヌがそう言って端の個室を指差した。
ドット達にしてみれば、別段どの部屋でも問題無いためマリアンヌの意向に従い、その個室へと入ってゆく。
するとその空間には小さな雷がパチパチと音を立てていた。
「……ここで私はサイラスを消してしまったの。二度と戻ってくる事は無いと思っていたのだけれど、戻ってこれたのならせめて、サイラスに謝りたくて……」
「多分だが……サイラスはまだここにいるのかもしれないぞ?」
「慰めてくれるなんて優しいのね。でも起きてしまった事に変わりはないわ」
ドットの言葉を慰めと受け取ったマリアンヌはそのまま言葉を続けていたが、ドットが宙の何もない空間にある雷に触れると、バチバチッと音を立てて消え、そして代わりに先程まで誰も居なかった空間に一人の男性が立っていた。
「えっ……まさか……」
「お? おっ!? もしかして……やっとみんな俺の事が見えるようになったのか!? よかったー!!」
「サイラス……あなた無事だったの!?」
突如現れた男性の名はサイラス。
他でもない、消してしまったと言っていたその人だった。
曰く、マリアンヌと握手を交して以降、誰からも無視されるようになってしまい、目の前でパーティが崩壊していく様を眺めているしかできなかったと言っていた。
やはり本人には消えていたという認識はなく、その上この個室から動く事も出来なかったため、ただただ孤独と戦い続けていたようだ。
感動の再会に水を差すわけにもいかないのでドット達は一度、個室からそっと出ていき、二人が戻ってくるのを待っていると、サイラスは笑顔で手を振りそのままドット達にも礼を伝えてその場を去っていった。
「なんだか今日一日だけでも色々と起こりすぎたけれど……。本当に良かった……。改めてお礼を言わせて。本当に何から何までありがとう」
「礼には及ばないよ。それよりも彼、走っていったが、追わなくていいのか?」
「ええ。サイラスにはこれ以上迷惑を掛けられないもの。それに、私にこんな思いをさせたその魔導師、同じ魔導師としてギャフンと言わせてやらないと気が済まないわ! だから、私もあなた達のパーティに入れさせて!」
身に付けていた仮面は素性を隠すための物だったのか、今のマリアンヌはそれを付けてはいなかった。
代わりに少しだけ泣き腫らした目で、それでもとても明るい表情でドット達にそう元気に言い放った。
「そういうことなら。改めて、今後ともよろしく頼む。マリアンヌ」
「ええ。よろしくね」
改めてマリアンヌはドット達全員としっかりと握手を交した。
そしてそのままドット達は本来の目的通り個室へと移動し、マリアンヌの為に各々の軽い自己紹介と今後の事について話し合う事にした。