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16 黒衣の魔導師

 ドットの唱えた魔法は周囲の光を屈折させるもので、疑似的に透明状態になる事が出来る魔法だ。

 至近距離からでもほとんど分からないため、索敵を目に頼っている魔物や人間は簡単に欺く事が出来る。


「よし、先へ急ごう」


 無駄な戦闘を避けながら森の中央を目指して歩けるため、何事も無く最初の予定地点に辿り着き、野営を行う。

 これで先の戦闘で消費した物は全て復元され、消費した食料も元通りになる。

 そして翌朝、再度捜索予定地を確認し、黒衣の魔導師との戦闘を考えてドットが作戦を考えた。


「しっかし……お前さんのこの能力。使いようによっちゃあ、世界中の経済を滅茶苦茶にしちまうな」

「そうですね。事実、食料も装飾品も、なんなら所持金、正確にはその金や宝石類の希少性が失われて相場が破綻します。ので、悪用しませんしさせません」

「諸々の購入費は?」

「……必要経費という事で目を瞑って頂けると」

「冗談だよ。経済崩壊して一番困るのはお前ら貴族だからな」


 不整地の移動にも慣れ、会話をする余裕が生まれ始めた頃、当初の目的地よりも幾分か手前の場所。

 最初に気が付いたのはライオネッタとワワムだった。


「……いたぞ」


 ドット達の動きを制するようにライオネッタが後ろへと手を伸ばしたが、気が付いたのは彼等だけではなかった。


「しまっ……!」


 ドット達の足元には既に小さな魔方陣が無数に出現しており、戦闘態勢をとるよりも早くそこから伸びた蔓がドット達の四肢へ絡み付き、身動きを封じた。


「……そりゃそうだよな。見えてないのは姿だけだ。魔力探知されりゃあ魔導師からすりゃバレバレだからな」

「これは警告よ。今すぐ立ち去るのであれば何もしない。もしそれでも私に近寄るというのであれば……力ずくにでも貴方達を排除するわ」

「そいつはお優しいこって!」

『……とは言ってもドットとアンドリューまで拘束されちまってるこの状況。相手の気が変わらない内に引き下がるべきだな……』


 霧の中、魔導師がそう語りかけてきた。

 視認は出来ていないが杖の先端に付いた結晶体が光を放っており、その人物がこの魔法を発動しているのが分かる。

 対人戦闘に慣れているライオネッタでも反応が間に合わない程の奇襲ではあったが、かといって反撃に出られない程ではない。

 だがもしこのまま攻撃に移行すればライオネッタとワワムはともかく、回避できないドットやアンドリューの安全が確保できないため、ライオネッタは素直に両腕の力を抜き、反撃の意思が無い事を示した。

 すると魔導師の方も宣言通り拘束していた蔓の魔法を解き、霧の中へと消えていった。


「さてと……。大将、意識は戻ったか?」

「……ライオネッタさん? という事は」

「油断してたわけじゃあないが、相手は相当の手練れだ。いくら攻撃魔法より発動の早い拘束魔法とはいえ、あれだけの数をあの速度で展開されちゃあ反応が間に合わん。あちらさんが攻撃する気が無かったら全員無傷で済んだが、もっと気を引き締めていかんとな」

「私の方こそ申し訳ないです……。慣れない補助魔法を使ったせいで攻撃されないと油断していました」

「ま、死んでねぇんだ。次に活かせばいい」


 戦闘状態が解け、意識を取り戻したドットにライオネッタは今起きた事を説明した。

 それを聞いてドットは少し考え始める。


「で、どうする? 予定通り行くのか?」

「ええ、多少予定は狂いましたが、ライオネッタさんやワワムすら捕らえる程の魔導師となれば想定以上ですので、作戦通りに行けるはずです」

「了解。んじゃこっからは臨戦態勢だな」

「では、すみませんがアンドリューさん。荷物の方はお願いします」

「給わりました」


 ドット達は短い作戦会議を終え、魔導師が遠くへ移動してしまう前に追いかけた。

 とはいえ警告してきた相手を追従する事になるため、警戒されていると考える方が自然だろう。

 そのためドット達は距離を空けずに固まって移動していると、予想通り前方から今度は警告なしで氷の槍(アイスランス)が複数飛んできた。


「アンドリュー!」

「フォースフィールド!」


 ライオネッタの掛け声に合わせてアンドリューはすかさず半球状の魔導障壁を展開した。

 板状の物理的な障壁を発生させる防壁魔法(プロテクション)とは違い、剣や石等の物理的な攻撃を遮ることは出来ないが、防御範囲が広く、魔法によって構成された攻撃ならば受け流す事の出来る魔法であるため、対魔導師や魔法生物相手には高い効果を発揮する。

 その氷の槍(アイスランス)も障壁に触れると表面をなぞった瞬間に綿でできているかのように曲がり、そのまま後方へ飛んでいく。


「ワワム! 俺に続け!!」


 言うが早いか、ライオネッタはアンドリューの障壁魔法(フォースフィールド)から飛び出し、そのまま自身に身体強化魔法を使用する。


「「リーンフォース!」」


 それに合わせるようにアンドリューが身体強化魔法(リーンフォース)をワワムに掛けた。

 続く黒衣の魔導師からの氷の槍(アイスランス)に対し、ライオネッタが角度を付けた小さな防壁魔法(プロテクション)を展開して攻撃をいなしながら一気に駆け寄り、同時にドットの身体をしっかりと結び付けたワワムが霧の中へと隠れる。


「私も先生に魔法を教えてもらっていたのですが、同時に魔導師の長所短所も教えてもらいました」

「長所と短所なんて考えるまでもねぇだろ。詠唱に時間が掛かるから近距離戦闘に持ち込まれると終わりだ」

「ですので熟練の魔術師は周囲を攻撃する魔法を習得します。逆に言えば、一人で行動できる魔導師というのは近距離戦を挑まれても問題ないという自信の表れでもあります」

「だったら俺が敵の注意を引いて、ワワムに奇襲させたいが……」

「魔力探知で索敵できる以上、魔導師に奇襲はまず効きませんからね。ですが、それが最大の弱点でもあります」

「最大の弱点? 魔導師の長所がか?」

「魔導師は常に何処に何の魔法を発動するのかを考えながら、周囲を警戒して戦う必要がある以上、二つの思考を同時に巡らせています」


 事前の作戦会議の中でドットはそう語った。

 魔導師の魔力探知は常態化できるほど慣れればほぼ無意識で出来るため、この警戒網を突破するのは至難の業である。

 極限まで魔力を絞ったり魔力遮断魔法(アパシーセンス)を使って魔力を感知できなくすればその警戒を潜り抜ける事はできるが、補助魔法や回復魔法を受けられなくなったり、相手の設置された魔法を検知できなくなるため諸刃の刃ともなる。

 そのためライオネッタはライオネスとしての豊富な戦闘経験と、本来のライオネッタが得意とする防御魔法による受けて詰める戦術を組み合わせた一見無謀に見える程の突撃により黒衣の魔導師の意識を集中させ、そして魔力探知を霧に紛れて行動するドットとワワムの二人に集中させた。


『正面の聖騎士はブラフ……。本命は後ろで固まって行動している二人。恐らくは背後から左右の同時攻撃を狙っている。でも詰めてきた瞬間に炎の渦(ファイヤーストーム)でどちらも同時に焼き払える』


 ライオネッタへの攻撃を氷の槍(アイスランス)よりも速度の速い雷の矢(スパークアロー)に切り替え、それ以上の接近を許さぬ怒涛の連打で足止めし、黒衣の魔導師の方もわざと背後への隙を作ってワワムの攻撃を誘う。

 だがそれに対するドット達の回答は、遥か後方から移動していなかったアンドリューの手元から放たれた炎の柱(フレイムピラー)だった。


『中級魔法!? 杖も無しになんでそんなものを!?』


 杖は魔法の詠唱を補助する大切な道具である。

 乱戦が必至となる集団戦に於いて、魔導師が味方への誤爆を行わない理由は杖を用いる事で魔法の指向性や範囲、詠唱速度を劇的に改善する事が出来るからだ。

 故に杖は攻撃魔法を使用する者にとって必須であり、杖を持っていないという事は集団戦に於いて攻撃魔法を使用できないという一つの指標となっている。

 だからこそ黒衣の魔導師もアンドリューを端から戦力としてカウントしていなかったため、この攻撃魔法は予想外だった。


「アンドリューさんには渡した荷物から、ライオネッタさんとタイミングを合わせて炎の柱(フレイムピラー)巻物(スクロール)を使ってください」

「なるほど。確かに補助要員が巻物(スクロール)を使うのはあまり一般的ではありませんからね。奇襲としてはうってつけですね」

「この一瞬、思考が混乱する一瞬があれば身体強化を施されたワワムであれば、必ず攻撃を通す事ができます」

「なるほどねぇ」

「ねぇねぇ。ワワムは?」

「いつも通りだよ。一気に近寄ったら魔導師の武器である杖を払い落としながら直接触れられる……」


「手を狙う!!」


 その言葉と共に霧を引き裂いてワワムが現れ、黒衣の魔導師の手にドットの手を当て、杖を払い落とした。


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