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15 迷いの森

「これはこれは……聖女様ともあろうお方がまさか交渉しに来るたぁねぇ……」


 既に周囲にはギラついた視線を送る下っ端連中が取り囲んでおり、もしもの時の退路を断つように取り囲んでいる。

 その上でドットが見せた所持金全てが詰まった袋を見せると、そのまま奥へと案内される。


「頭ァ! この御一行が地図をよこせだとよ」


 声の先には目に見えて貫禄のある男が一人。

 ドット達を案内した見張りの声で視線を上げていた。


「あ? お前ライオネッタか? 馬鹿が! そもそも此処まで連れてくるんじゃねぇ! 誰が王宮と繋がりのある奴等に地図を渡すかよ」

「交渉するのは俺じゃない。コイツだ」


 最も顔の知れているライオネッタを中心に会話が発生しているため、ライオネッタはドットの方を指差して本来の交渉相手へ視線を集めさせた。


「関係あるか。聖騎士に聖職者、そんな奴等がいるパーティの時点で地図なんて俺達の生命線ともいえる情報を渡せるわけないだろ?」

「この森でどうしても探さなければならない人間がいる。あまり悠長な事もしていられないからこそ交渉に来た。なんなら焼却の術式を組み込んだような物でも構わない」

「何処の世間知らずの坊ちゃんか知らねぇが、そんな高等術式を組み込んだ地図がホイホイあるわけねぇだろ」

「分かった。失礼する」

「お前は馬鹿か? なんで無事に帰れると思ってやがる」

「ほらな? だから言っただろう? ドット」


 周囲の盗賊達が殺気立つ中、ライオネッタはやれやれといった調子で両手を広げた。


「シャインフラッシュ」


 次の瞬間、ライオネッタから放たれた眩い閃光が周囲を白一色に染め上げた。


「目潰し……!? この野郎!!」

「悪いが端っから織り込み済みだ。犬っころ! 仕事だ!」

「ワワムは狼だって!」


 閃光が消えると同時にワワムとライオネッタは動き出した。

 ワワムは即座にドットをアンドリューの下まで退避させ、間髪入れずにライオネッタが電撃を纏った剣を振るい、雷の斬撃を周囲へ飛ばす。

 直撃した敵が全て痺れて地に伏せ、運良く命中しなかった者もワワムの人間離れした腕力から繰り出されるパンチにより次々に倒されてゆく。


「クソがっ……!! 嘗めやがって!! たかだか四人でどうこうできると思ってんのか!?」

「思ってねぇよ。普通ならな! レイニングスパーク!!」


 招集され、次々に集まってくる盗賊目掛けて無数の雷が雨のように降り注ぎ、加勢に入った盗賊達もあっという間に地面に伸びてゆく。

 範囲攻撃を躱した者が隙を突いてアンドリューに斬り掛かろうとしたが、アンドリューは既にドットを抱えて防壁魔法(プロテクション)を展開しているため、漸く近寄れたが一矢報いる事すらできずに戻ってきたワワムに吹き飛ばされてゆく。

 しかし頭目の表情には余裕があり、同様に盗賊の方も一向に減る様子が無い。


「まさかあれだけの人数を対処しきるとは恐れ入ったぜ……。だが! それだけの魔法、もう魔力が尽きかけてるんじゃないのか?」

「まあな。バカスカ撃つような魔法じゃねぇのは確かだ」

「手下共を可愛がってくれた礼だ……。男共を嬲り殺しにした後でお前は全員で可愛がってやらぁ!!」

「やれやれ。美女って奴は辛いねぇ。アンドリュー!」

「美女はそんなこと言いませんよ! ワワムさん! お願いします!」


 ライオネッタの掛け声に合わせてアンドリューはドットのポーチから霊薬(エリクサー)を一本取り出し、それを戻ってきたワワムに渡し、ワワムからライオネッタへと手渡された。

 そしてライオネッタがその瓶を一気に飲み干すと、身体中に魔力が巡り、失われた体力と魔力が一瞬にして満たされた。


霊薬(エリクサー)だと!? なんでそんな貴重品を」

「残念ながらまだ五本ぐらいはある。言っている意味は分かるだろ? どうする? 無駄に戦力を投入し続けて他の冒険者や盗賊団相手に危険を晒すか、大人しく地図を渡すか選びな!!」

「……チィッ!! 分かった。降参だ。くれてやる」

「物分かりが良くて助かるぜ」


 一波乱の後、見事に盗賊達の使う迷いの森の詳細な地図を手に入れ、その場を後にした。


「ありがとうございます。ライオネッタさん」

「全く、無茶な計画を立てやがってよぉ!」

「それに関してはすみません。ですが、こんな視界の悪い森を闇雲に探すのも、探索魔法で何度も周囲の注意を引くのもできれば避けたかったですから……」

「冗談だよ。お前のその復元能力だったか? そいつがなけりゃそれこそドットの言う通り、細心の注意を払いながら森の中を彷徨う羽目になってたんだ。ま、俺も黒衣の魔導師と戦う前にはこの状態(ライオネッタ)での感覚を掴んでおきたかったから丁度いい準備運動だったぜ」

「ドット~。お腹空いた~」

「早いな……。とはいえ黒衣の魔導師と会敵する前までには一度万全の状態にしておきたいのは確かだな」

「でしたらこの先の洞窟で一旦休憩しましょう。地図を見る限りは安全ですからね」


 アンドリューの提案によって少し先にある小さな洞窟で一度休憩を取る事にした。

 全員先の戦闘でも怪我は負っていないが、ワワムの空腹を満たしつつ、手に入れた地図で黒衣の魔導師の潜伏場所を絞ってゆく。

 それともう一つ休憩には目的があり、先程の戦闘でライオネッタが霊薬(エリクサー)を飲んでいたため、黒衣の魔導師戦までに効果を薄めておきたかったからだ。

 回復薬(ポーション)を始めとした魔法薬は非常に高い薬効がある代わりに、短時間で連続服用すると中毒症状が出てしまう。

 特に効果の強い薬品であればあるほどその中毒症状は重たいものになるため、あまり魔法薬に頼りすぎるのは身体によくない。

 とはいえ、やはり霊薬(エリクサー)等の薬効の高い薬品はただそれというだけで使い勝手が良く、使用されている素材も貴重なためあまり市場に出回る機会の無い珍しい物だ。

 そんな貴重品を惜しげもなく使えたのはドットが得た能力によるものである。

 複製能力だと思っていた能力だが、実際は復元能力に近い。

 日を跨ぐ際に所持していた物は、その消耗度合いや有無を無視して完全な状態で所持品内に複製される。

 そのため霊薬(エリクサー)のような希少薬品も一日経てば完全復元されるため、先の戦闘は概ね想定通りの戦闘だったとも言える。

 一見完璧な能力に見えるこの能力には一つだけ欠点があり、一度記憶された復元状況から数が減る事が無いため、考え無しに所持品を増やすとそれだけで荷物が永遠に増殖し続ける事になるため、ドットは携行可能な少量に道具を絞る事にしていた。

 検証のために増えてしまったカルトロップが満杯の袋が一つ、ナイフを一振、復元能力を利用して交渉材料や換金用にするために入れた装飾品のダイヤの指輪と金のアンクレットが一つずつ。

 後は戦闘用に人数の増加と共に買い足しや復元能力を応用して数を増やし、薬品類が回復薬(ポーション)解毒薬(アンチドート)が人数分、活力薬(エーテル)霊薬(エリクサー)は補助魔法等を惜しみなく使用する事を想定して少し多めの六瓶ずつ。

 そして応急手当用の治療セットを一揃いと薬草、万能薬、聖水、魔法樹の種を人数分、ロープを一本、開く事で記述された魔法が即座に発動する巻物(スクロール)を三つ、一日分の携帯食を人数分と野営用の道具。

 本来ならば全員で手分けして持たなければならない量がドット一人でバックパックに詰められるだけの量に収められており、食料や水が尽きる心配も無いのは本当に心強い。


「この辺りの沼地はポイズンファンガスの群生地、こちらはコボルトの縄張りですので……盗賊団とも魔物とも距離があり、且つ最も安全な箇所はここですね」


 そう言ってアンドリューが指差したのは森のほぼ中央に位置する空間だった。


「流石に距離があるな。途中で一度野営する必要があるとして、次の安全地帯は……」


 盗賊達の使用している迷いの森の地図には、魔物の群生地や各盗賊団のアジトの位置が記されているため、それらを避けるだけで道程はかなり楽になる。

 所持金も含め復元されるため理想は有り金全てとの交換交渉だったが、ライオネッタは国からの依頼も受ける教会所属の冒険者であったため、地図が渡れば国軍に情報が筒抜けになる以上、交渉は望み薄ではあったが、それだけの危険を冒してでも手に入れた地図には間違いなく価値があった。


「よし、野営の予定地点まで移動しよう」


 というのも、ドットが得た能力の中でもう一つ有用な能力があったため、道中の会敵の可能性を下げる事が可能になっていたからだった。


「ファントムベール」


 それがドットが得たもう一つの能力、全魔法の習得であった。

 惜しむらくは戦闘中は事実上魔法の詠唱が不可能になる事と、戦闘外であれば普通に魔力を消耗するため、その大半が無用の長物となってしまっている事だが、それでもドットが補助魔法を使えるようになった事は彼自身有難かった。

 魔法等の喪失した技術が、彼の知識外の物も含め習得できたという事は、彼のステータスもいずれ大きく変化する可能性が見えてきたという事だったからだ。


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