13 豪腕のライオネス
見回した冒険者達の中に、ドットの視線を奪って離さない冒険者の姿が一人あった。
獅子を模した特徴的な胸甲に、深紅の鬣のような装飾、そして二メートルを優に超える巨躯と豪快な笑い声は、ドットが過去少年だった頃に何度も見聞きした馴染みのある存在だった。
その名は"剛腕のライオネス"として名高い熟練の冒険者であり、父ユージンと何度も肩を並べて戦った戦友であり、ドットの憧れの存在。
実力や立てた功績の数々を考えればもうユージンと同じく爵位を与えられていても何らおかしくは無い実力者であるが、束縛を嫌い、戦いの中に身を置いてこそ武人という生粋の武闘派であるため、何度かドットが両手剣を持ってライオネスに憧れて特訓をしては『お前の戦い方には合っていない』と父やラインハルトに窘められた程ドットはライオネスに心酔していた。
『これは……ライオネスさんと一緒に冒険させてもらうチャンスなのか? いやいやいやいや! 決してこれは邪な想いではなく、今後混沌の魔獣を相手にするにはそれ相応の実力者が必要不可欠であるからして……』
「よう! ユージンの所の倅じゃねぇか」
「ひゃい!?」
まさか思案している内にライオネスの方から話し掛けてくるとは予想していなかったため、ドットは悲鳴のような情けない返事を返してしまった。
改めて振り向くとそこには見上げる程の大男が立っており、記憶の中の頃よりドットもかなり成長してもその山のような大きさは依然変わりなかった。
アモンと相対した時とは違う胸の高鳴りに少々ドットは興奮しっぱなしだったが、憧れの人物を前に粗相は出来ぬと無理矢理気を落ち着かせる。
「ど、どうも……お久し振りです……」
「おー! やっぱりドットか! 随分とデカくなったなぁ!」
そう言うとライオネスは蓄えた髭を撫でながら豪快に笑い、ドットの成長を喜んでくれていた。
が、そうしてライオネスが動く度に一瞬だけ小さくなったかと思うとすぐに戻り、また次の瞬間には水飴のように色々なパーツが引き延ばされ、骨だけになったかのように細くなったかと思うとまた元に戻るという、目の錯覚のような現象が起きていた。
『ま、まさか……ライオネスさんが私の事を覚えていてくれているだなんて……!』
だが心中それどころではないドットは全く気が付いていない。
幼い日に見た頃と全く遜色の無いライオネスの存在は、正に憧れの対象。
『よし……っ! よしっ!! 言うぞ! 混沌の魔獣を倒すためにライオネスさんの力をお貸しください! これでいこう!』
「すみません。とりあえず握手だけでもしてもらっていいですか?」
「ん? なんだ。今更その程度お安い御用だ」
結局、憧れの方が先行してパーティへの勧誘よりも先に自分の感情が出てしまった。
ドットの伸ばした手をライオネスが掴んだ瞬間、バチンと衝撃が走り、ドットの手を握っている一回り大きな手が急に線の細い手に変わる。
「えっ?」
「ん?」
ドットが手から視線を上げると、先程まで見上げていたはずの顔は自分と同じぐらいの視線の高さまで下がっていた。
「なんじゃこりゃあぁぁぁ!?」
それどころかドットの目の前にいたはずの屈強な大男の方がいなくなり、代わりに戦場に身を置いていると分かる美しくも精悍な顔立ちの女性の姿がそこにあった。
この変化にはドットもただただ唖然とするしかなかった。
その女性は視界に伸びる自らの腕を見て明らかに狼狽しており、腕、脚、顔と自らの全身をくまなく触り、美女が台無しになってしまうような表情でドットと同じく唖然としている。
「ど、ど、どうなってやがる!? この細い腕! この細い脚! それどころか胸! 鎧まで俺が着てたやつじゃなくなっちまってる!? お前俺に何しやがった!!」
「なんで……」
「あ?」
「なんでなんだよぉぉぉぉ!!」
しかし狼狽するその女性よりもドットの方が明らかに精神に深刻なダメージを負っており、珍しく床に両腕を突いて慟哭していた。
それもそのはず、その女性から発せられる声、仕草はライオネスのそれそのままであるにも拘らず、見た目だけが女性のものに変わっているからだ。
握手をした際に感じた電撃のような衝撃からドットは嫌でも目の前にいる女性がただの人違いなどではなく、元ライオネスだった事をいち早く理解してしまっていたからこそ、彼の中の憧れが音を立てて崩れ去っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……大体の事情は把握した。つまり、お前が故意に俺をコイツ……俺と名前だけは瓜二つの"戦姫ライオネッタ"に変えたわけではない。と……」
「すみません。まだ脳が理解を拒否してるので喋らないでもらっていいですか?」
「諦めろ。ホレ、俺のステータスを見りゃあ分かるだろ? 今の俺は意識だけはライオネスだが、頭のてっぺんから足の爪先まで完全にライオネッタのものだ」
「ン"ン"~~~~ッ!!」
場所を二階にある談話用の個室へ移し、とりあえずドットが落ち着くまで元ライオネス、現ライオネッタとワワムの二人で魂の抜けたドットを引きずり上げ、今に至る。
ライオネッタも自身のステータスを確認し、完全に意識だけはそのままに、肉体が別人に変わっている事を把握した上で会話を進めていたが、未だドットが現実を受け入れまいとこの世の終わりのような表情で椅子に凭れ掛かっている状態だった。
「というかなんでライオネスさんはそんなに平然としていられるんですか? 一応先程説明した通り、混沌の力のせいで別人に挿げ替わっているような状態なのですよ?」
「仕方ねぇだろ。冒険者やってりゃあ色んな事がある。訳の分からん事が起きたとしても、順応していかねぇと長生きできないのが冒険者って稼業だからな。とりあえず俺はライオネッタとして戦えるようにするために自分が出来る事を把握するしかないからな」
「ハァ……。分かりました。私も諦めます。ただ、先程仰っていたように、その身体の方も有名な方なのでしょう?」
「ああ、ライオネッタと謂えば戦姫と謳われる程有名な聖騎士だ。全身を鎧と盾でガッチガチに固めて、味方を守護しながら戦う聖騎士に女性でありながらなっただけでも十分凄いが、ただ敵を引き受けるだけじゃなく、神聖魔法と剣術を組み合わせて最前線で戦う攻防一体の手練れだ。このギルドじゃあその名を知らない者の方が少ない」
色々と事情が変わってしまったが、その女性、ライオネッタも十二分な程の実力者である事を彼女自身が語った。
実力者をパーティに誘いたかったのは事実だが、半ば巻き込んだ形であることと、ライオネスだった存在である事が原因でドットの中で相反する気持ちがぶつかり合っていたが、なってしまったものは仕方がないとドットも漸く諦めがついた。
「まあ……順序が逆になってしまいましたが、前衛として戦える方を探していたのは事実ですし、理想ならばあと一人二人、前衛と後衛の人が欲しいですね」
「ん~……それに関しては俺は反対だな」
「どうしてですか?」
「良くも悪くも冒険者に自分からなろうって奴は皆癖が強い。特にドット、お前の目的である黒衣の魔導師だとか混沌の魔獣ってのはどいつもこいつも一筋縄でいくような相手じゃない。そんな奴等を相手に特殊な事情を抱えてる奴が多いこのパーティで大所帯にするってのは敵と戦う前に間違いなく内部のごたごたで自壊しちまう。組むにしても実力で選ぶより、互いの事情をよく理解している奴に絞るべきだ」
「内部分裂……ということですか……。確かに規律に縛られていない冒険者らしいと言えばらしいですが……」
「でなけりゃわざわざ国が内輪揉めや盗賊に落ちぶれる奴が多すぎて治安が乱れるから、とギルドで冒険者を管理しようだなんてするわけがない。それぐらい冒険者ってのは利己的なんだよ。仲が良さそうなのは大抵の場合同郷だ。俺達のような即席パーティってのは相当気が合わない限りは長続きしないってのが冒険者の常識だな」
「であれば……。やはりパーティの選定は慣れていない私がするよりライオネ……ッタさんにお任せした方が無難になりそうですね」
「それでいくと俺が思いつく限りならこれ以上は増やせんな。戦闘中はポンコツになる指揮官と見た目がどう見ても魔族にしか見えない犬っころ。まず間違いなく戦闘の度にストレスに感じる奴の方が多い」
「そうですか……」
「なあに! 気にすんな! 熟練の冒険者の手腕って奴を見せてやる。どうせまだ暫く時間があるんだろ?」
「ええ、司祭様に今色々と調べて頂いているので、それが分かるまではワワムの方の願いを叶えてやろうかと考えていました」
「なら決まりだな! 俺自身も今出来る事の確認が必要だが、このパーティで出来る事を把握して戦術を立てよう。それと英気を養うってのはかなり大事だ。まずは飯と酒だ!」
「お肉!?」
ドットとライオネッタの意見が纏まり、ライオネッタがウェイトレスに酒と肉を頼んだ瞬間、ずっとうつ伏せで退屈そうにしていたワワムが目を輝かせて飛び起きた。