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12 司祭との再会

 ドットは急いで司祭の下まで駆け寄り、肩に触れる。

 するとバチンッと触れた手の先から痺れるような感覚と音が聞こえ、付いていた黒いもやが取れた。

 それまでその場歩きを続けていた司祭は歩き出すことができたのか、不注意に正面から触っていたドットとぶつかってしまった。


「おっと!? 申し訳ありません……おや? ドット様? 馬車に同乗されていましたか?」

「いえ……。その様子だとやはり何があったのか気が付いていないようですね」


 そこで改めて先程までの様子と、既にあの日から二週間以上が経過している事を司祭に伝えると司祭は腰が折れてしまうのではないかというような勢いで何度もドットに謝った。


「申し訳ございません! 本当に申し訳ございませんっ!! ああっ……! 自分から言い出したというのにそのまま二週間も行方知れずとなっていたとあれば……」

「本当に大丈夫ですからそんなに謝らないでください! 急がせていたのは父上であって私ではないですので。それと念の為に確認したいのですが、司祭様は全身黒で統一された身なりの、顔をヴェールで隠された魔導師と何処かで出会いませんでしたか?」

「え? ああ、それなら馬車から降りた際にぶつかってしまったので先程……ではないのでしたかね。ですが確かにぶつかりました」

「やはり……! その魔導師に司祭様は混沌の力を与えられ、この場所に縛り付けられていたのです」


 司祭の身に起きていた事と黒衣の魔導師との関係性を確認した所、やはり同じように魔導師と接触していた。

 一先ずこれまでにドットが知り得た自身のスキルに関する知識を説明し、未だ謎多き黒衣の魔導師についても知り得る情報を伝えた。

 本来は大聖堂にドット自身のスキルについて調べるために来ていたのだが、今はドットと黒衣の魔導師、この二人のスキルの詳細とその関係性を知りたい事を伝えると、司祭は深く頭を下げた。


「私を頼って頂けるのですか? 本来であればどのような処罰をも受けるつもりではありましたが……」

「司祭様も謂わば巻き込まれた被害者です。父上には私から事情を話しますので、お気になさらないでください」

「寛大な処置、痛み入ります。この身に変えてでも、ドット様のスキルとその黒衣の魔導師のスキルについて調べさせていただきます」


 司祭はそうしてドットに何度も頭を下げ、今からすぐに調査を開始する事を伝えた。

 だが流石に二、三日程度で済むような内容ではないため『調査が完了したら連絡します』と言って司祭はドットへ指輪を一つ渡した。

 それは魔力を込めれば発光する指輪で、主に遠方との簡単な連絡に使用したり、隔絶した部隊に簡単な連絡を行える道具であるため、魔物の物量に耐えるために殆どが騎士で構成されているハロルド家の兵士達にとっては必須の道具であり、ドットもその存在をよく知っていた。


「ドット~。ひま~」

「……そうだな。今は待つ事しかできない以上悩んでも仕方が無い。少し気晴らしでもしよう!」

「やったー!!」


 まだまだ胸を撫で下ろせるような状況ではないが、同じように見つかれば魔族だと非難される身であるはずのワワムの能天気な様子を見て、ドットの方も少しだけ肩の力が抜けた。

 世界最大の都市であり唯一の安全が保証された土地は、ノウマッド領とは商店等の規模もさる事ながら、とにかく娯楽が充実している。

 大衆食堂以外の飲食店が数多く立ち並び、それぞれが様々な商品を専門的に扱っているのだ。

 それは当然食品のみに限らず、衣服、書物、武具や防具、果ては貴族や選りすぐりの冒険者しか買えない装飾品まで専門店が存在している。

 偏にそれは帝都に住む人間の生活水準の高さを示しており、行き交う人々の笑顔は現状の辛さを紛らわせるための虚像ではなく、心の底から幸福を謳歌しているのだろう。

 対してノウマッド領は日々現れ続ける魔物の対応に追われ続け、村人達も笑顔に溢れているが、大きな音が一つ響けばその目の輝きが失せてしまうというのをよく知っていた。


『……こんな事をしている間にも、父上や兵士達は命懸けで皆の平穏を維持してくれている……。本当なら今頃は私も父上と共に、民の笑顔を……』

「ねえ! お肉! お肉のお店!! あそこ行きたい!!」

「ハァ……ワワムは本当に肉が好きだな」

「お肉で元気になるのは当然! 心もお腹もいっぱい! でしょ?」

「まあそうだな。食事は活力の源だ」

「だからドットも沢山食べて元気になろ?」


 意外な一言にドットは思わず浮かべていた作り笑いが消え失せるが、すぐにまた笑顔を作り直した。


「元気じゃないように見えるか?」

「うん! 心が元気じゃない! だからドットも沢山肉を食べよう!」

「……心が元気じゃない、か。確かにそうだな……」


 隠せているつもりであった心の焦りを見透かされたような気がして、ワワムの言葉を口の中で転がした。


『……分かってる。本当に焦っているのは父上ではない。私自身だ』


 魔物の軍勢の勢力増加、謎の魔導師と混沌の力、自身の存在が与える領民への不安感。

 あらゆる要素がドットの心を逸らせていた。

 司祭が戻ってこないのであれば、兵士を一人遣いに出せばわざわざ危険を冒す必要など無かった。

 それでもドットが自ら旅に出たのは、城の中で何もせずに過ごすと恐ろしい程の無力感と不安感が心を締め上げていたからだ。


『今の自分には何もできない』


 そんな分かりきった現実を直視したくなくて、今の自分に出来ることを模索していた。

 焦りに囚われていたのだというその心が良くも悪くも思った事をそのまま口にするワワムのお陰で直視させられ、このただ待つだけの時間が、焦りを払拭させてくれた。


「とはいえ、ただ時間を無駄に過ごしはしない。ワワムは肉を食べたい。私は今後の戦いに備えて新たな戦力が欲しい。となれば向かうのは一つだ」

「ギルド!」


 二人でそう語り合うと、その足でそのままコストーラのギルドへと向かった。

 中央広場の大通り向かい、中央に豊かさを讃える噴水のある広場に面した、食堂としても最大規模を誇る『大樹亭』が世界最大のギルドだ。

 食事を楽しむ目的で近隣住民もよく利用する店だが、やはりメインの客層は世界中から我こそはと集まった冒険者達だろう。

 帝都のお膝下という事もあって最も多くの依頼が集まる場所でもあり、同時にここでの武勲はそのまま王室へも届きやすい。

 爵位を狙っている者ならばこれ程理に適った場所はない。

 店内へ入るとやはり鎧や武具を身に付けた者の方が多く、非常に活気に溢れている。

 そのままドットは飲食の受付ではなく、ギルドの受付へ向かった。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「実は、パーティというものを組みたいのだが……生憎新米なもので勝手が分からないのだ。教えてもらってもいいだろうか?」

「そちらのお方とお二人で依頼を受ける、という事ではなく、まだパーティを組む段階ということであれば受付ではなく個人間でのやり取りになりますね」

「個人間?」

「はい。ギルドとしては依頼を受ける際の人数、誰がその依頼を受けるのか、という情報さえ把握できれば問題ありませんので、お互いの利害や信条が一致する方を探して自由に交渉していただいて構いません」


 そう言うと受付の女性はとても丁寧な応対でドットを食堂の方へと送り出した。

 誰も彼もが楽しそうに談笑しながら酒と飯をかっくらい、そしてこれから旅立つ者、成果を上げて堂々と帰って来る者、友を失い、消沈して戻って来る者とで入り乱れていた。


「軍や傭兵と違って規律があるわけではないのだな。交渉も自由となれば報酬の分配等も各人でするだろうから冒険者がどれほど危険でも人気が衰えないのも頷ける」

「ね~お肉~」

「まだダメだ。特にお前は食事の時はただでさえない緊張感が抜ける。二階には個室もあるからそこで冒険者と交渉が終わったら好きに食ってくれ」

「う~……元気が満たされない~」

「死にはしないだろう? 今は待て。だ」


 そう言って改めて店内を見回すと、ドットも知る名のある冒険者の姿が間々見受けられた。

 とは言ってもドットが知るのはあくまで父ユージンと共に戦った事のある冒険者達の話であり、その際城へ訪れていた者の顔を知るのみであるため情報の全てはユージンからの伝聞だ。


「ラ、ライオネスさん!? 間違いない!! あの方はライオネスさんだ!!」


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