11 いざ帝都へ
「俺の背後を取っただけでも相当な実力だったが、その女は敵意もなくただ言ってきた。『私は世界を乱す力を貴方に与える事が出来る』とな」
「世界を……乱す力……!?」
「ああ、それがあれば俺は更なる力を得られるとか言ったからありがたく受け取ったってのに……この俺を嵌めた落とし前は必ず付けさせてやらぁ!」
その言葉を聞いた瞬間、ドットの中でずっとつっかえていた黒衣の魔導師の存在と、その言葉の意味を理解した。
『つまり……。あの黒衣の魔導師は私にも混沌の力を無理矢理にでも付与する事が目的だったのか……! 魔族に組している時点で常人ではないのは確かだが、本人が望んでいない力を与えている事と、私に向かって放った"無駄足だった"という言葉から察するに、本人にもどんな力を与えるのか制御ができていない。と考える方が腑に落ちる……』
「ねーねードット。その人って悪い人なの?」
「うん? いやまあ、悪い人であるのは間違いないだろう」
「でもドットと同じで私の顔を見ても魔族だ~! って騒がなかったよ?」
「えっ!? ワワムも出会ってたのか!?」
「うん! ドットと同じで内緒にしてくれたまっ黒い人だったから覚えてる!」
次々と飛び出す衝撃の情報に慌てて自身のステータスを確認しなおすと、確かに先程新たに追加された《AllMagicUsed:Enable》の行以外に《SceneTest:Enable》《DebugScreen:Enable》の行が追加されている事に気が付いた。
『ステータスの分かりやすい変化のせいですっかりスキルの方を失念していた……! だがこれで確定した。黒衣の魔導師は他者に混沌を付与する力を、そして私にはその混沌を取り除く力がある……。これがスキル"デバッグ"の本質……!』
今まで点でしかなかった様々な不思議が一気に線として繋がるような感覚に思わず鳥肌を立てながら、同時に黒衣の魔導師という存在への謎が更に深まる。
「……アモン。もしお前も魔導師に対して思う事があるならば、魔導師を追う間だけでも共に行動しないか?」
「あ?」
ドットの突拍子もない提案に対し、アモンはそれまで消え失せていた恐ろしい程の殺気を以て返答した。
「俺を嘗めてるのか? お前達が今こうして生きていられるのは、俺の剣撃を躱したそのアマと俺の攻撃を喰らってもビクともせんと言った、その度胸を買ったからだ。死ぬ気で強くなる気が無いのなら今この場で塵にしてやってもいいんだぞ?」
「……失言だった。すまない」
「フンッ。まああの魔導師の奴にムカついてるのは事実だ。だが奴を殺すのは俺だ。あの魔導師とも"お話"したいのなら、俺よりも先に見つけ出すことだな」
「いいだろう」
「全く……もう少し骨のある奴だと思ってたんだがな……。興が醒めた。あばよ。次に出会った時は剣で"お話"してくれや」
アモンはそう言うと一瞬だけ自らの大剣を見せた後、そのまま転移魔法と共にその場から去っていった。
それと同時にドットは初めて味わう死を覚悟した程の殺気から解放され、その場にへたり込んでしまった。
「ドッと疲れた……」
「え? ドット疲れてたの?」
「いや……そういうのじゃなくてだな……。まあ、いいか」
「ねえドット。なんであの人に一緒に行こうって言ったの?」
そう言ってワワムはドットの先程の言動を問うと、ドットは少しだけ考えてから口を開いた。
「……理由は二つだ。一つはワワム、君とアモンは容姿だけならば私から見ればどちらも魔族にしか見えない」
「だ~か~ら~。ルゥ・ガルー族だって~」
「そこだ。君と彼を大きく隔てる違い。それは魔族の本質は魔物と同じ、人間の敵にしかなりえないという点だ」
「そうなの? さっきまでおしゃべりしてくれたよ?」
「アモンが言った通り、あれはただの気まぐれだ。……まあ、君と同じようにもし出来る事なら、魔族となってしまった者とも対話が可能であれば……と少し夢を見てしまっただけだ」
「ふ~ん。もう一つは?」
「聞いておいて興味のなさそうな……。まあいい。もう一つだが、今は私は魔族を使役できる調教師という事で通している。故に目的が同じである間だけでも同行させることが出来れば、暫くの間はアモンの行動を制限できる……という浅はかな考えだった。これに関しては君まで危険に巻き込んでしまって申し訳ないと思っている」
「危険だったの?」
「ただ相対しているだけで身が竦みそうになる程の殺気だった。もしアモンの気が変わっていればこの場で二人共殺されていたかもしれない」
「でもドットなら大丈夫なんでしょ?」
「いや、確かにさっきまでの戦闘ではそう言ったが……。う~ん……。私に全幅の信頼を置くのは止めてくれないか? 正直な所、何もかも綱渡りでここまで来ているのだぞ?」
「でもドット凄いもん!」
「……バルトと同じような目で私を見るんじゃない!!」
そう言うとドットは多少の気恥ずかしさを誤魔化すためにワワムの頭をこれでもかというほど撫で回して誤魔化した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おっ? さっきの二人、どうやら無事に逃げおおせたみたいだな」
望遠鏡で遠くから様子を観察していた商隊が、ドット達の帰還を確認した。
「アモンの野郎はどうだ? 迂回とかだけでも可能そうか?」
「えー……っと。撤退してくれたというか、興味を失ったというか……。まあ、とりあえずアモンは去りました。今はもう安全です」
「マジか!? いくら嘗めてやがったとはいえ、あの野郎を撃退してくれたのか!!」
「いや、撃退ではなく」
「というかあんた、もしかしてドットか? ユージン卿の息子の!」
「確かギルドで見たぞ……! なんでも魔族を使役してるとか!」
「てことはコイツが例の魔族か?」
「魔族じゃないもん!」
「おお! 本当に魔族を手懐けてる!」
『なんだかどんどん取り返しのつかない方向に話が盛られていっている気がする……!』
手練の冒険者でも撃退できなかったアモンを撃退したと他の相対していた冒険者達が盛って話すせいで尚更領地内に戻りにくくなったが、これで悪い噂の方が払拭される可能性がある以上ドットも否定する事はできなかった。
また気恥ずかしさに襲われながらドット達はノウマッド領を商隊達と共に今度こそ旅立っていった。
「すごーい! おっきい! 人いっぱい!」
「落ち着け! 何度も言ったがお前は世間的には魔族だ。私から離れるとまた騒ぎが起こるから勝手な行動は慎むようにな?」
「つつしむって何?」
「……私と喋る事の出来る距離に居てくれ」
「分かった!」
帝都コストーラ。
ノウマッド領から馬車で二日の距離にある、世界最大の都市。
人口最大の都市にして創造主の寵愛を受けた土地で、この地には魔を寄せ付けぬ結界のような物があるため、世界で最も安全な場所。
あらゆる産業や商業の中心地でもあるが、同時にこの安寧の地に住む事の出来る者は一部の上流階級の人間のみであるため、人類最後の砦であると同時に羨望の対象でもある。
それ以外の地はユージンを始めとした豪傑達が魔物から取り戻した土地ではあるが、この帝都以外に絶対は無い。
一晩で更地になったとされる場所もあれば、山を抉る程の魔物や一撃で湖を作り出すような想像を絶する脅威となる魔物が存在したという文献もあるほど、魔物の脅威は底が知れない。
「ねえドット! あれ何?」
「観光は後で連れて行ってやるからまずは私の用事を済まさせてくれ」
念の為に調教師のチョーカーは目立つように付けさせたが、それでも騒ぎとならないようにするためにワワムにはフードをしっかりと被ってもらっていた。
ドットの方はというと、久方振りに領地を離れた事もあって彼を知る者の居ない土地は肩肘を張る必要が無い分、かなり気が楽だった。
目移りするほど煌びやかな中央通りを通って、うずうずとするワワムを落ち着かせながら目的地である大聖堂を目指す。
街並みそのものの派手さもさることながら、驚くのはその人通りの多さでもある。
冒険者らしき屈強な人物の数も多いが何より身なりの良い町民の数に目を見張る。
人混み故にまっすぐ歩く事は難しく、間を縫って大聖堂前の大階段へと辿り着いた。
ノウマッド領にもかなり立派な聖堂があるが、大聖堂はその比ではなく、一つの城と見紛う程に巨大で荘厳な佇まいである。
聖職者の人数も段違いに多かったが、聖堂前を行き交う神官を見回すと、人混みの中に見慣れた物が一つだけ存在していた。
『あれは……ノウマッド領の馬車? 何故こんな所に止まっているんだ?』
ドットがわざわざ帝都まで荷馬車に同乗させてもらったのは馬車は全て前線の砦へ物資や人員の補給のために出払っていたからだ。
そのため帝都にハロルド家の紋章が刻まれた馬車が止まっているのは不自然なのである。
「司祭様!? ……? 何をされているんだ?」
気になり近寄ってみると、そこには行方知れずとなっていた司祭の姿があった。
先のアモンとの一件もあって司祭の無事が確認できた事はドットとしては一安心できる事であったが、声を掛けようと近寄るとどうにも様子がおかしかった。
位置的に馬車から降り、そのまま大聖堂の方へ向かって歩いているのだが、身体はその場で制止したまま足踏みだけしているというどうにも不可思議な状況になっていた。
足だけをその場で上げ下げしているのなら理由は理解できずとも、行動としての整合性は取れるが、見るからに普通に歩くように足を動かしているのに背骨に鉄柱でも建てられているのかと思う程にピタリとその場から動かないため、その異質さがより際立っている。
『あれは……!? 黒いもや!? という事はまさか司祭様も……』
何歩か進んだ位その場で歩いた動きをすると黒い電が走ると、それまでの動きを無視した静止状態に戻り、また歩き出す動きに戻る。
『間違いない……! アモンと同じでずっと同じ動きを繰り返し続けているんだ!』