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10 不死身のアモン

「こいつ!! 馬鹿にしやがって!! 二度と戻ってこないようにボコボコにしてやれ!!」


 リーダーの号令と共に一斉に攻撃をしかけるが、アモンは避ける様子もなく一方的に攻撃を受け続ける。


「ここ最近骨のある奴が居なくて暇してるんだ。ちょっと俺と遊んでくれや」

「誰がお前と何度も何度も遊ぶかよ!! くたばれ!!」

「拒否権はねぇ。死にたくないなら本気でかかってきな」


 言い終わったかと思うとアモンは素早く飛び退き、また同じ言葉を繰り返してその場から姿を消し、そしてまた雷と共に最初へと戻る。

 傍から見ればアモンが完全に彼等をおちょくる為に何度も何度も手を抜いて遊んでいるように見えているが、ドットにはそれが異常だと分かっている。

 分かってはいるが、かと言ってドットが介在できる余地が無い程に彼等には頭に血が昇っており、瞬殺されてはまた舞い戻ってくるの繰り返しとなっていた。

 できることならばドットの能力が混沌の魔獣相手に作用するのか確かめさせてもらいたいところだが、何度瞬殺されても少しも本気を出してくる気配の無いアモンに冒険者一行は殺気立っており、とてもではないがドットが話しかけられるような状況ではない。

 だがそんな手練の冒険者が瞬殺し続けられる程度の力しか出していなかったとしても、永遠に戦い続けられるだけの体力は無い。

 最早何度目かなど誰も数えていなかったが、流石に肩で息をするほどに疲弊してしまっていたが、混沌の魔獣と化したアモンは例えどれほどのダメージを受けていたとしても戻ってくる時には何事もなかったかのように嫌なにやけ面と共に再び目の前に現れるのだ。


「ここ最近骨のある奴が居なくて暇してるんだ。ちょっと俺と遊んでくれや」

「さ、流石にこれ以上は無理だ……俺達も撤退するぞ……!!」

「拒否権はねぇ。死にたくないなら本気でかかってきな」

『申し訳ないが、この状況を待っていた!』

「後は私達が引き受ける! 撤退してくれ! ワワム! 作戦通り頼む!」

「行くよ!」


 既に商隊は撤退し、殿を務めていたパーティもそれ以上の戦闘は不可能と判断して撤退しようとしていたが、その脇からワワムとドットが駆け出し、アモンの前へと立ち塞がる。

 ドット達も冒険者達が疲弊するまでの間ただ手をこまねいていたわけではなく、彼等とアモンとの間に割り込める状況が生まれる事と、それまでに今のドット達で取れる最善の策に知恵を巡らせていた。

 方法は単純、ドットをワワムがおんぶして荷馬車から拝借したロープを使ってしっかりと縛り付けていた。

 必ず最初の攻撃は大剣による横薙ぎ一閃。

 身軽なワワムは冒険者達がやっていたようにドットの身体分深く身体を畳み込んで刃の下を潜り抜け、そのままナイフを持ったまま縛り付けられているドットの腕ごと拳で殴りかかる。

 ドガンと金属を殴る鈍い音が鳴り響いたが、別段様子に変わりはない。

 そのまま脇を潜り抜けてアモンの後ろへと回り込み、一度様子を伺う。

 するとアモンはそのまま振り抜いた剣を構え直し、今度はレンガを砕くほどの縦薙ぎ一閃。


「鎧はダメだったから……次は足!」


 行動パターンは既に冒険者達の連戦のおかげである程度把握できていたが、それも後二度の攻撃までしか知らない。

 それまでにドットがワワムに与えた指示は一度でいいからドットの武器か拳ごと敵の身体に当てることだった。 


「原理は分からないが、アモンのこれまでの数十回の行動は全て同一の行動を繰り返し続けている。言動から攻撃に至るまでの全てが、だ。そこから推測するに奴のもやが与えている異常性は『出現から撤退までの完全再現』だと思う」

「それとドットを背負って戦うのとどういう関係があるの?」

「横薙ぎ、縦薙ぎ、袈裟斬りからの返し斬り、そして炎を纏わせた回転斬りまでは観測できている。その攻撃までの間に私の身体ごと攻撃を当てて、次の攻撃が想定と違えば、恐らくもやが取り除けた合図だ。理想はもやを取り除く事だが、もし回転斬りまでの間に変化を確認できなくても背中の私にわざと攻撃を当てさせて吹き飛び、戦闘可能な距離外まで吹き飛ばされろ!」

「それドットは大丈夫なの?」

「戦闘中であれば大丈夫だ。ただ問題はワワムが着地できるかだが……」

「それは余裕だから任せて!」


 事前に行っていたドットとワワムの作戦は以上であり、戦闘中はドットは一切の思考が不可能になるため、攻撃する意思だけを維持したままただ結果を待ち続けるしかできない。

 しかしワワムはドットの期待に見事に答え、持ち前の柔軟な動きで縦薙ぎをひらりと躱し、またアモンの横を駆け抜けながら裏拳でドットの腕を膝裏の防具と防具の繋ぎ目へと当てる。


「わおっ!?」


 バチンという音と共にワワムの腕が弾き返されたような衝撃を受けて少々バランスを崩したが、すぐに体勢を戻して距離を取る。

 これも効果が無かったのか、レンガから刃先を引き抜いて大振りに剣を構え直した。


「後は……頭に直接当てる!」


 斜めに振り下ろした剣筋を後ろに飛び退いて躱し、踏み込んで更に下から繰り出された剣戟もひらりと後ろへバク転して躱し、そのまま地に着いた足を折りたたみ、バネが跳ね戻るように高く飛び上がった。

 宙で身を捻り、今一度ドットの腕がアモンの額へ向けて当たるように振り抜き、バチンという鈍い肌同士のぶつかる音を立てて吹き飛ばされる。

 ゴロゴロと何度か地面を転がるとワワムはすぐに飛び上がって戦闘態勢を取りながらアモンの様子を確認する。


「最後は……え~っと……なんだっけ? まあいいや! これが最後!」


 脳天への一撃は流石に堪えたのか、アモンは少しだけよろめくとワワムを睨みつけて剣を構え直した。

 刃で顔が隠れる程の剣を体の前に構え、天へ突き上げると炎が噴き出して刀身全体が赫灼を帯びる。


「嘗めた野郎だ。怪我人背負ってこの俺に勝つつもりか?」

「勝つよ! だってドットの考えた作戦、凄いもん!」

「ほう……! 大層な自身だな。だったらこいつを躱してみなぁ!!」


 アモンがそう言うと剣は煌々と燃え上がり、凄まじい熱を放つ。

 呆気に取られる間もない内にその焔の大剣は真っ直ぐ振り下ろされた。


「熱い熱い!!」

「ほう……! 期待してなかったがまさか本当に躱すとはな……」


 小高い丘が一つ焼け焦げて両断されるほどの威力の太刀はもし受けていればひとたまりもなかっただろう。

 振り下ろされるよりも一瞬早くワワムは横へ飛び退いたが、フードに火が燃え移っていたため慌てて叩いて火を消していた。


「えっと……後は、斬られて逃げる!」

「あ? 俺に斬られて生きていられると思ってんのか?」

「あ! 聞かないでよ! こっちの話! ドットなら大丈夫だって言ってたもん!」

「ドットってのはそいつか? ほう……いいねぇ、いい度胸だ。お前ら、こりゃあ面白い奴等に出会えたな……」


 そう言うとアモンの担いでいた剣は炎と共に消失し、ワワム達を腕を組みながら物珍しそうに眺めた。


「あれ? 戦わないの?」

「戦ってやってもいいが、今俺が本気を出せばお前らは塵一つ残らねぇ。それよりはお前達なら俺と殺り合える強さになりそうだからなぁ。とりあえず今は保留だ」

「……ん? ワワム。どうなった? 怪我はしてないか?」

「あれ? ドットも気が付いたんだ。怪我してないよ!」

「あ? そいつ怪我してたんじゃないのか?」

「ん? えっ!? 何故まだアモンが目の前にいるのに私の意識が回復したんだ!?」


 戦闘が終了すると同時にドットの意識も元に戻ったが、同時に当初の予定と違う状況に一気に混乱が押し寄せたが、一先ず戦う意思の無くなったアモンとワワムから事情を聞く事ができた。

 作戦は上手くいったらしく、ドットのスキルには新たに《AllMagicUsed:Enable》という行が追加されていた。


「は~ん。つまり俺はついさっきまで永遠と同じ事を繰り返していた……と」

「そういうことになるな」

「チッ! 雑魚相手にわざわざ手加減して何度もやられてたってのもムカつくが、あのクソ魔女が……何が『混沌の力を与える』だ。嘗めた事ぬかしやがって」

「ん? 待て待て、まさかお前のさっきまでの再現能力は誰かから与えられた能力なのか!?」


 敵意の無くなった相手にドットは自身の能力や旅の目的は伏せたまま、アモンの身に起きていた事態を説明すると納得したが、同時に特大級の情報が転がり出てきたため、慌ててドットはアモンの言葉を聞き返した。

 するとアモンは少しだけ不機嫌そうに溜め息を吐きながら軽く頷いて答えた。


「そうだよ。全身黒づくめの顔を隠した魔導師だった」


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