レッスン30『覚悟の夜』
「アンタも無様ね。こんなのが世界を救おうとしているんだから笑えるわ」
向こう側を見据えている彼に、私は思いきって話しかけた。
彼は驚いた様子で振り向き――そして視線があう。
某ダンスアプリで急速に拡散された動画。一見変哲のない動画かと勘違いしそうになる。だが、これはSOSだと感じ取った。セレクトされた曲はシューベルトの『魔王』……果てしない絶望感を伝えると共に、いつも華麗に踊っている彼の姿が映し出されていないのだ。
画面内にいるのは――ヒトの形をした化物。
「アンタは覚えてないかもしれない。そしてアンタの名前なんか知らないッ! たった一回ダンスを教えただけで……」
彼は黙っている。
私が最後まで言葉を紡ぐことを。
今、伝えるべきではないかもしれない。こんなに必死になって、何かを救おうと抗って、今にも崩れ落ちそうなのに――
怖くなって目を逸らしそうになる。
「……信条さん、だよね」
重苦しい沈黙を破ったのは彼の方からだった。本当は私が伝えなければいけないのに。
違う、邪魔をしにきたんじゃない。やめて、そんな顔しないで……こんな悲しそうな顔をしないで。
「あの、私はッ――」
「ごめん、今やらなければいけない事がある」
彼は覚悟があってここに立っているのだ。
目の前の強大の敵に敗北するかも知れない恐怖感や焦燥感を必死に覆い隠して――それでもたった一人で立ち上がろうとしている。
ーー言わなきゃ。
ここで、私が覚悟を見せなければーー
今のあなたに顔向けできないッ!
「……私も、アンタと闘うんだから」
唇を噛み締める。覚悟を決めるのは、覚悟を伝えるのはこんなにも恐ろしいのか。こんなにも身が竦むのか……!
「今のアンタが背負いすぎだから、アタシが半分背負ってあげるって言ってんの!」
幻覚だろうか。彼の頬に一筋の涙が通っているように見えた。
「……アンタは相変わらず自分勝手だ」
綻びが出たように笑う彼。
ああ、本当に自分勝手だ。
これまでも、そしてこれからも何回迷惑をかけるのだろう。
大丈夫、覚悟は決まった。
今なら言える。ここで息絶えたとしても、後悔などないと。
いやーー
彼の決意を宿した眼差しを見て呟いた。
「絶対に生きて帰るんだ……!」