■#10 メタバース
これは、俺が謎の世界へ異世界転生しているリアルタイムの記録だ。
思い描いていたなろう世界【ナーロッパ】ではなかったし、説明義務のある神やら女神が出てこないせいで理解するのに時間を要したが……推しVtuberであり、現在は隣人であり彼女となった【小湊みかずき】のおかげでようやく世界の全貌が明らかとなった。
いや、これはまだプロローグに過ぎない。
何故なら俺達の冒険はまだここからだし、彼女の口から聞いたこの世界がどうしようもなく果てしなく、更に新たな謎までもが産み出されたからだ。
では、勿体ぶってないでそろそろ語るとしようか。謎に満ちていた異世界転生のその一欠片を。
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「は……は~い……よ、よろしくお願いします……」
勝手に入っていいとは言われたが、さすがにそんなわけにもいかず彼女の部屋に戻った俺はインターホンを鳴らした。
何をよろしくするのかわからないが彼女はそんな事を言いながら扉を開け、俺を再度部屋へと招いてくれた。
さっきはゆっくりと見られなかったが、改めて見ると可愛いらしい小物で溢れかえっている。越してきたばかりだからか段ボールの山も片隅に積まれてはいるが……それを差し引いても『THE・女子』な感じの部屋だ。
ある一点を除いて。
彼女に勧められて、座り心地抜群のクッションに腰を降ろす。緊張しているのか彼女の挙動は明らかについさっきとはまた違う動きとなっている。コミュ障になったり饒舌に話し出したり緊張丸出しにしたりと忙しない娘だ。そんな姿も推せるわけだが。
「何でまた動揺してるんだ?」
「だ……だって………冷静に考えたらあてゃし何言ってんだろって……うぅ~……恥ずかしい……けっ……けどっ勢いで言ったわけじゃなくて本心でっ………や、やっぱり無しとか……言わないよ……ね?」
「大丈夫。言わないから」
「ぅぅ~……あ、あてゃし、男の人とお付き合いするの……は、初めてで………面倒くさぃかもしれないけど………それでも良いですか……?」
「勿論。みかずきこそ……こんな中年相手で構わないのか?」
「はぅっ……! 名前っ……ぜ、全然良いっ! キスケさんならっ!!」
あぁ、なんて幸せな世界。
推しと付き合えるだけじゃなく、最初から好感度ゲージ高めとはなんというご都合主義。まぁそれも……恐らく理由があっての事なんだろうが。
だが、幸せな時間にいつまでも浸っている場合じゃないと気を取り直して彼女に聞いてみる事にした。
「不躾で済まないんだが……実は色々と聞きたい事があるんだ。みかずきの事も含めて……」
「うっうんっ! 何でも答えるから何でも聞いてっ?」
じゃあスリーサイズを……なんて昭和世代定番の茶化しをするところだったがそんなことはせず、俺は単刀直入に聞いた。
「みかずきは……【配信者】?」
「え、あ、うん。まだ無名なのに知っててくれてるんだ……ぃひひ……」
やはりか。
可愛いらしい部屋にはそぐわない本格的な配信者向けのハイスペックPCがデスクに鎮座している。最上位グラボ搭載型、キャプチャーボードにごつごつしいマイク……この世界にも配信というコンテンツは変わらず存在しているのだ。
「ごめん。俺はまだ配信には疎いんだけど……教えてくれないか? 配信の事」
「えっ、う……うん。配信者は【ライバー】って呼ばれてて……いま、ライバーの数は海外を含めるとたぶん1億人以上いるって言われてるよね。【箱】に所属するライバーとか個人でやってるライバーとか色々いるけど……有名ライバーなんかはもう国のトップになって政治中枢を担ったりしてるのは知ってると思うけど………」
なにそれ知ってない。
変わらず存在してるどころじゃなかった。
ライバーがそこまで進出してるの? なんだその世界。
「上位ライバーは自分の視聴者数を増やす事で地位や名声だけじゃなく、【力】を得て自分の世界を創りあげてるの。そうすることで【アンチモンスター】は大分減ったんだけど………」
「…………【アンチモンスター】?」
「………う……うん………?」
「…………ああ、アンチモンスターね。すまん、気にせず続けてどうぞ」
みかずきは心配そうな顔をして俺の方を見ている。その反応から察するにどうやらこの世界では皆が認知していて当たり前の話らしいが……そんなもん地球人の俺が知るはずもなく。
とりあえず複雑になりそうな話はわかっている振りをして、別の聞きたい事を尋ねた。
「じゃあ……………有名なライバーっていうと、誰になる?」
「う~ん、それはやっぱり……」
みかずきの口から出た言葉は、半ば俺の予想通りだった。
野生の獣の総てを従える兎人──【兎・らんらんら】
世界の海を放浪しながらも求心者数ナンバー1の地位を得た海賊女王──【黄鐘エルラ】
聴く者を沼に落とす絶対的歌姫──【流彗スターライト】
普通の人間でありながら怒涛のシンデレラストーリーで階段を登りつめ、精霊嬢王の名を得たお嬢様ライバー【地水火風空タルン】
誰もが地球のVtuberそのままの名前だった。
やはり、【地球のVtuber】が現実に存在している世界なのだ。
「あてゃしも昔、あるライバーに救けてもらって………それでライバーになったんだ。まだまだ全然なんだけどね………求心者数なんて二桁もいってないし……」
「……………そうなのか」
「でもあてゃし、頑張るよっ。昔あてゃしを救ってくれたライバーみたいに……あてゃしの配信で少しでも救われる人を多くしたいからっ……そしてこの世界も救うためにっ」
「………世界を救う、って……?」
「………キスケさんって、テレビとか配信とか全然見ない人……? あ、ごめん……何でも答えるって言ったのに余計な事言って………今ね、アンチモンスターが増加してるんだって……それでこのままだと世界は消滅するかもしれないって……この辺りも全然人がいないでしょ……? たぶんアンチモンスターの影響だと思う」
ちょま。
色々ついていけないんだが。
名称から察するにスライムとかゴブリンとかそういった類いの怪物がこの世界にもおるんかいな。しかもそのモンスターのせいで世界が消滅の危機? 外を出歩いててもモンスターなぞ一切見なかったんだが……運が良かっただけか?
だが、おかげで色々と腑に落ちた。
バーチャルな人間がいて、地球によく似た変な色使いな街があって、ファンタジーさもあって、過疎化している場所があり……どこか既視感があった世界。
未だに謎な点はいくつもあるが、もう夜も遅くなってきたし最後にどうしても聞きたい事だけ聞いて今日は帰るとしよう。
予想通りであれば、きっと予想通りだろう。
「……ちなみに、この世界の名前は?」
みかずきはこれまで以上に俺を心配そうな表情で見た。その様相も相まってか、極めて神妙に、この世界の名は告げられる。
そう………ここは………………
──「メタバース」──