□#なんか謎世界09
「……………………ふわぁ……」
いつもと違う天井と部屋の匂いに違和感を覚えながら私は謎世界で初めての朝を迎えた。
昨日の怒涛展開ラッシュで予想以上に体が疲れていたのか……すぐに寝落ちしちゃってたみたい。
夢の中でようやく私を異世界転生させた神様と会話した──なんて事も起きないままに普通にノンレム睡眠状態でそれはもうばっちり寝た。
「…………ん~……でもやっぱ剣牙のASMR聴きながら寝ないと元気出ない………今日は絶対この世界について聞かなきゃなのに………」
昨日のママから告げられた衝撃の(私にとっては)理由のあと、色々聞きたい事はあったけど結局何も聞けなかった。ママは『とりあえず疲れてるだろうから先にお風呂入っちゃいなさい』って言って何も話そうとはしなかったから。
だからそのままお風呂に入ってご飯を食べたのちに布団の中でスマホタイムしてママとの会話を書ききったのちにすぐに落ちたわけでありやす。
ママ曰く本当なら食事の席でパパと学校について話す予定だったらしいんだけど、なんかお偉いさんだかとの話が長引いちゃってパパが帰ってくるのは今日のお昼頃になったらしい。
だからこの謎世界については未だに何一つわからないままなのだ。
ちなみに昨日書けなかったけど、宮殿のお風呂はどこぞのホテルかってくらい広くてなんか召し遣いみたいな女の人が(侍女って言うんだっけ?)色々してくれたり、夕飯もいいトコのコース料理みたいのが出て来てビックリした。私としては気取った料理よりカレーとかハンバーグとか食べたかったけど……ってキッズかわたしゃ。
「………学校………かぁ」
いやー、普通に嫌なんだけど。
現実世界で小学校から大学まで十年以上も通ってやっと勉学から卒業できたのにまたもや学校て。どんだけ勉強させる気だ私に。
もしかしたら『魔法』とかそーゆーのを教えてくれる学校とか? 異世界だから全然ありえるよね。だったらOK………なんて言うわけねーだろ。心はアラサーの女だぞ? なんの勉強であれ嫌に決まってんだろ面倒くさい。
私はそんな事より早くこの世界の謎を解いて元の世界に帰る方法を私は探さなきゃいけないんだから。こうしてる間にも剣牙はどんどん配信してるだろうし追いきれなくなる前に。
〈お嬢様、お食事の御用意ができました〉
起き抜けに色々考えながらスマホをいじっているとタイミングを計っていたかのように、扉の外から声がかかった。この声は聞き覚えがある……昨日、私をここへ連れ戻してくれやがったビジュ良い執事だ。
そうだ、執事君にも色々聞いてようかな。
「ねぇ、ちょっと聞きたい事があるから入ってきて」
〈……何言ってるんですかお嬢……今、私がお嬢様のお部屋に入れるわけがないでしょう……〉
「え? なんで?」
意味わからんから扉越しに理由を聞いてみたら、なんか嫁入り前に起き抜けの姿を男に晒すのは貴族子女としてなんちゃらってわけわかんない話をし始めたから──扉を開けて腕を引っ張って強引に招き入れた。
「ちょっ……お嬢っ……!」
「昨日のお返し」
「わ……わかりましたから………! なにかっ……何か着てください!」
執事君は私の姿を見て、紅くなって慌てふためいている。そういえば昨日寝巻きにドレスみたいなの着させられたけど寝苦しくて下着だけで寝たんだった。常識的に考えてあんなひらひら着て寝れるわけないよね、貴族って何考えてるんだろ。
私は裸なんて見られたところで減るもんじゃないから別に良いだろって考えなんだけど、流石にはしたないからすぐに着替え直した。
「……学院に通ったら絶対に男の前でそんな事しないでくださいよ!? まったく……」
「そんな事よりさ、私って家出てからどんな事してた? ずっと見てたんでしょ? 私の事」
昨日ママからちょびっとだけ聞いた。
この執事君の名前は【神守】。私が産まれた時から世話役? に任命されたらしい従者とかいうものみたい。私がガキんちょの頃から一緒で、もう一人いる女の子の執事とみんなで姉妹弟みたく育った仲だとか。
私が家を出た後、影ながらその二人がサポートしてくれてたようで……ミスイの独り暮らしの様子を知っている重要な参考人である。
「………はい? 頭でも打ったんですか?」
「いいから教えて。どんな性格でどんな趣味持ってて誰が推しなのかとか全部」
私のこれまでの活動からこの謎世界の事が少しでもわかるかも知れないし、なによりこれから先……現実世界に戻るまで【ムラサメミスイ】として生きなきゃいけないなら擦り合わせは大事な作業だ。ミスイを知る人達にいちいち『私ってどんな人間だっけ?』なんて聞いて自分探ししてる系女子みたいになったら痛々しい。
不思議なものを見るような表情をしながら神守君はやがて諦めたように説明をしてくれた。それだけで【ムラサメミスイ】が如何に強情な人間かというのが垣間見える。
「そうですね……破天荒なのに計算高くて強気で傲慢で常に機嫌が悪そうな感じでしょうか……」
「……え、なに? 私の事嫌いなの?」
「いや、お嬢が教えてと言うからその通りに言っただけですが……」
まさかいきなりそこまでバッサリ斬られるとは思ってなかった私はダメージを負った。まぁ私の事であって私の事じゃないんだけど……ていうか、そんな負をかき集めたような女なの私って!?
「……ですが、昨日からはなにか雰囲気が柔らかくなったようなというか……なにか良い事でもありましたか?」
「………なにも。じゃあ、私の独り暮らしの様子は?お金とかどう工面してたの?」
「………本当に大丈夫ですか? 金銭面は公爵様の支援で何不自由無く生活していたじゃないですか……」
そっか、まぁそりゃあそうだよね。
小学生の年齢で働けるわけないしね。パパとママに助けてもらってたんだ……だけどそこまでしてミスイは一体何をしてたんだろう?
これもママから聞いた話だけど、通常であればこの世界の貴族は15歳になるまで学校には通わずに自宅で様々な教養を育むらしい。 各貴族家庭の財力やコネクションを使えるだけ使ってどれだけ子供を立派にできるかというクソみたいな地位と見栄をひけらかすためにわざと箱入りで育てて御披露目するのが慣例となっているとかそうじゃないとか。
そんな事を気にせずに放任させてくれたパパママには感謝しかないけど……じゃあミスイは家出してから15歳になる今日まで学校に行かずに何を? 小学生くらいでやる事なんて……勉強するか遊ぶしかなくない?
「………じゃあ、私って一人で何してた? 勉強とかちゃんとしてた?」
「………いえ。今日までの間……お嬢は住居から出る事は一切せず、なにやら一日中ネットの世界に入り浸っておりました」
衝撃だった。
ていうことはだ、私ゃ自分の我が儘で10歳から独り暮らしして、両親からの仕送りを頼りに一切勉強もせず、ネット三昧だったと。
マジでゴミじゃん……いくら子供だからといってやっていい事と悪い事があるだろう。
「なにやらいつも思い詰めていた様子ではありましたが……公爵様より直接的な接触は禁じられていたため、私には分かりかねます……これ以上の事は【ミコト】の方が詳しいかと」
「【ミコト】?」
「わらわの事もよもや忘れてたは言わんじゃろうな? まったく……ミスイ嬢のそれはもはや病気に近いぞ」
突然、私の後ろから声が聞こえた。少し癖はあるけどめっさ可愛い巻き舌系の声。振り向いた私の視界に映ったのは角が生えたエルフ耳のばちばちに可愛い執事服姿の女の子。
「……かんわい~~いっ!!」
「ふわぁっ!??」
私が剣牙以外に愛すものが例外的に一つだけある。それは可愛い女の子。ここでいう可愛いとは容姿のみならず、生きざまや内面や仕草等多岐に渡るが──とにかく可愛いは正義なので思わず初手で抱きついてしまった。
もしかしたらこの子がさっき言ったもう一人の世話役の女の子執事だろうか。角生えてるけど本物かな本物だよね異世界だしとにかくカワイイ。
「初めましてミコトちゃんっ、私は……」
「はっ、初めましてではないわ! 十年来の付き合いであろう!! 記憶消去もそこまでのレベルに達したのか!? つっ……角をさわさわするでないわっ!!」
あ、そうだった。
私にとっては初対面でも彼女──というかこの世界のみんなは当然に私を知ってるんだよね……あんまり『ごめん、君、誰だっけ?』とかやってると相手が可哀想だし……これもなにか対策を考えないとね。
まぁそれは置いておくとして、抱き締められて紅くなっている彼女の名前は(なんだかんだ話してくれた)【杠命】ちゃん。なんでも『鬼』の一族のお偉いさんらしく、年齢は軽く千年を越えているとか。見た目的には今の私とタメか年下くらいに見える。
「まったく……つい前々日までは思い詰めとったというに急に元気になりおって……奔走しておったわらわがまるで阿保ではないか」
「……私が、思い詰めてた? なんで?」
「………散々、次の『企画』について悩んでおったじゃろうが……」
「……『企画』? 企画って? なんの?」
そう聞くとミコトちゃんはなんかプルプルと震え出した。何か怒ってる?
神守君になだ……ナダル? ナダルめられ……だっけ? とにかく何か落ち着くよう言われて怒りを少しずつ収めたミコトちゃんは続けて言った。
今日一の(起きたばっかだけど)衝撃の言葉を。
「【配信者】としての次なる企画じゃよ。お主、【ライバー】じゃろうが」