□#なんか謎世界08
時刻は宵の口を少し過ぎた辺り……って私ゃおっさんか。
ママとの再会? を果たし、ツモリ●サト的な長話を終えた私は現在ふわふわなベッドに横たわりながらスマホと睨めっ子中でございやす。
西洋高原の気温は夜だと少しだけ身震いするくらいに低く、毛布を頭まで被って丁度良いくらいで……ちょっとした正月気分を味わっております。
「…………はぁ……しかし、マジか…………」
久々のママとの会話中にスマホいじりながらメモする程に非常識じゃなかった私は、さっきまでしてた会話を頭の中で反芻してこの現状陥っている事態を布団の中で噛み締めながら皆様にお伝えしようと思っている次第です。
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「久しぶり……ミスイ」
久々に会ったママはかなり若返ってて、今の私の実年齢と同じくらいかちょっと上かなってくらいに見えた。まぁ私が今は16歳になっているとすれば計算は合わなくもない。
「……………ママ………」
実家に帰ってきたような安心感に思わず呟きが漏れる。
実際にはこのママは元の世界のママとは違うかもだけど、変な世界越しだろうと変わらない母がいるという絶対的な安堵は私の涙腺をも緩くした。
しかし、そんな感動的な再会もひとし……ひとつまみ? ひとし君……? 的な一瞬って感じで次の瞬間、走り寄ってきた母から怒号と共に飛び膝蹴りが跳んできた。
「心配かけさせてんじゃねぇ! このっ……バカ娘ぇっ!!!」
白いドレス着たおしとやかそうな貴族夫人が格闘技を仕掛けてきたのだ。
そうだ忘れてた。
元の世界では50近くになって流石に丸くなった母だけど昔から性格キツいんだった。よく昔は蹴りとか喰らってたっけ……令和の時代だとただの虐待になりかねないだろうけど不思議とそれで母を嫌いになったりする事はなかったな。
しかし伊達に私もアラサーになったわけじゃない。跳んでくる母の膝目掛けて咄嗟に肘当てを繰り出す事でダメージを回避できるくらいには成長した。
防御された事に驚いたのかママはそれ以上の追撃はしてこず、目を丸くした後に優しく微笑んだ。
「やるじゃない、余所の世界に行ったのもまるっきり無駄にはならなかったみたいね」
余所の世界……?
何を言ってるんだろうママは。遅すぎる中二病にでも罹った?
ていうかそもそもが何故に私が飛び膝蹴りを喰らいそうにならなきゃいけないのか。何したんだ私。
「おかえりなさい」
数々浮かぶ疑問はあれど、ママはそう言って私を抱き締めた。
あ、変わってない。
間違いなくこれは私のママだ。
強気だし暴虐だし足癖悪いけど、私が悪い時にだけしかしなかったし……なにより説教が終わった後はこうやっていつも抱き締めてくれてた。
「あの………ママ」
「あら、親元を離れて反抗期はようやく治ったの?前は『ママ』なんて呼んでくれなかったのに」
そうなんだ。
もろもろの事情は知らないけど推察するに……『この謎世界に生きていた幼少期のムラサメミスイ(私)はなんかしらの理由で家を飛び出して独り暮らしをしていた』っぽいのかな?さっきの執事青年もそんなような事言ってたし。
しかし、それをどうやって聞いたらいいだろうか。『昔の私と今の私は違うんだ』なんて言ってもわけわかんないだろうし……いっそ記憶喪失のふりでもする?
けど、あまり大事にするとこの王宮に軟禁され兼ねない。理由はわからないけど実際こうやって連れ戻されてるわけだし、それだけは避けたい。
あ、そうだ。
「ねぇ、ママ。私ってなんで家を出たんだったっけ?」
「………はぁ?? 覚えてないの?? ……まったく、貴女は昔っから興味無い事は本当にすぐ忘れちゃうんだから……そこは変わらないのね」
やっぱり。
たとえ別の世界だろう私は私なんだ。『興味無い事はすぐに忘れる癖がある』のは私も同じらしい。私も幼少期の頃の記憶とか断片的にしか覚えてないし……その特性と言うか特質系というか性質はどの世界の私も変わらないみたい。好きな事に関しては半永久的に記憶できる自信はあるんだけどね。
「貴女は『もうわけわかんないから嫌だ、外の世界で暮らす』って言って出て行ってしまったのよ」
「……『わけわかんないから嫌だ』? ってなにが?」
「貴族としての生活の事でしょ? 以前から『公爵とか男爵とか伯爵とかややこしいから嫌い』だとか作法や令嬢としての嗜みだとかが嫌って言っていたじゃない」
はい、納得。
前に書いたけど悪役令嬢モノに私がはまらなかった『ある理由』……それは、中世貴族の仕組みというか名称というか……その全部のややこしさから。
やれ公爵だの伯爵だの、階級だの政略結婚だの婚約破棄だのが面倒くせぇことこの上ないし、興味が湧かないから覚えていられないのだ。ただでさえジェノベーゼだのフラペチーノだの横文字の登場人物の名前だけで辟易するのに……加えて宰相だとか枢機卿がどうとか肩書きがつくともっと覚えられない。公爵と侯爵って何が違うんだおい。もっと悟●とかサ●ヤ人とかル●ィとか海●王とかナ●トとか忍者とかわかりやすくしろよ。
そう、私はどちらかと言うとシンプルな少年漫画派なのである。
この世界の私も中世貴族の面倒さに嫌気が差して実家を出たようだ。確かに私でもそうする……想像以上にこの世界の私は私そのものみたい。
「まぁ気持ちはわからなくもないから好きにさせてあげようってパパとは話をつけたんだけどね。まさか五年近く帰って来ないなんて思わなかったわ。貴女の強かさを侮っていたようね」
「五年!??」
まって、今の私が15歳だとすると小学三年生くらいの時に実家を飛び出して独りで暮らしてたってこと?? ロックにもほどがあるでしょムラサメミスイ(私)。そりゃ心配もされるわ、逆によく今まで連れ戻されなかったな。
母は呆れた様子を見せながら、更に続けた。
「住居は掴んでいたし、従者の【かなえ】から報告受けてはいたけど……体は何ともないの?ご飯はちゃんと食べてる?」
「え~っと……たぶん大丈夫」
「まぁ……元気にやっているのならできればこのまま好きにさせてあげたかったけどね」
「………まってまって。色々と聞きたい事はあるんだけど、とりあえず順番に聞くね。じゃあなんであんな拉致に近いカタチで私は連れ戻されたの?」
「あなた……それも忘れちゃったわけ?」
母はそう言ってため息をついた。
嫌な予感が肌をさする感じがする。たぶんろくでもない事情だ。
「……本当はパパが戻ってからその事を一緒に話そうと思ってたけど……先に伝えておくわね」
──そうして母の口から出た言葉は予想通りにろくでもない事情だった。
「15歳になったから、これからあなたは学校へ通うのよ」