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□#なんか謎世界06

 

 奇妙な世界で私の部屋に最初に訪れたのは、とてもイケボな執事服の青年だった。

 顔面偏差値53万ぐらいのもうほんと髪とかさらさらで卵肌で瞳とか蒼いしきらきらだしマジで二次元。なんか何処で見た顔だけどなんのキャラだっけ? いや、剣牙以外には興味ないからそこはどうでもいいんですけれどまたしてもかつてのハンネ+お嬢様呼ばわりされた事により私は固まった。そしてコスプレも年々進化してるんだなーなんて思って更に油断してたら腕を掴まれて強引に手を引かれた。


 まって。二次元系コスプレイヤーが急に家に来てお嬢様呼びされて強引に連れてかれるってなにこの状況? 勿論知り合いにこんな奴いないし。

 こちとら人生にデバフかけられて弱体化してるってのにそんなタイミングで弱みにつけこむみたいなシチュ……まぁ、嫌いじゃないけどね! なんて考えてたらあれよあれよという間に車に押し込まれた。

 車内には誰もいないので二次元系青年一人の犯行かと思われる。たった一人でこんな手際よく誘拐を成功させるのは大したものだけど、それは剣牙の件で私がナーフされてたから上手くいっただけ。実際縛られたりしてるわけじゃないし車はもう発進してるけどケガを覚悟すればいつでも逃げられる……あ、でもヤバいスマホ部屋に充電しっぱなしだとそこで気付いて思い留まった。


 ていうかなんなの人が弱ってる時にイベントとか起こさないでほしいんだけど。

 ムカついてきた私は危害を加えられるとかそんなんお構い無しに運転席に向けて静かに、挑発するように声を荒げた。頭に血がのぼるとよくやっちゃうんです。


「穴だらけの犯罪しちゃってくれてどうもご苦労様って感じだけど人違いだよ、私、ミスイって名前でもお嬢様でもないから」

「いいえ。間違いはありません。貴女は【ムラサメミスイ】お嬢様です」


 断言された。

 それはもう一縷(いちる)の迷いすらない感じで。英語の教科書の例文会話じゃないんだから。しかしそうも言い切られるとこっちが間違ってる感じがしてくる。


「全く、破天荒にも程がありますよ。急に家を飛び出すなんて……私には一言くらいあっても良かったんじゃないですか?」


 なんか突然に少し態度を崩した青年は、どういう設定なのか知らんけどミラー越しに私と眼を合わせそんな話を始めた。

 なにこいつ誘拐しといて私に設定の演技しろと? ビジュが良いからって何でも許されると思うなよその蒼い瞳えぐり取ってやろうか──と思ったけど運転中だから止めた。


「知らんし。それより私お金なんかないからね。実家も裕福じゃないし正直コスパ最悪だよ? 今なら見逃してあげるから大人しく……」

「なに言ってるんですかミスイお嬢……貴女の家に仕えてる私がそんな事するわけないでしょう」


 ビジュ良き青年は成りきってるキャラ設定の演技をしつこく続けている。どんな設定だよていうかいつまで続けんだそれ誘拐した奴に強いるプレイじゃねえだろ話通じねぇ。そもそもアラサー迎えそうな女に向かって『お嬢』は止めろ皮肉かよってイライラしたけど通じないなら通じないで会話を打ち切って逃げる算段をつける事にした。


(車はもう見た事ない場所まで来てるし飛び降りて逃げても助けがなければまたすぐに捕まるよね……なら誘拐犯の目的地に着いてから油断させて両目を……正当防衛で済むかな? というかこの世界って警察いるの? 交番すら見当たらなかったけど…………あぁもう面倒くさい! なんならもうここで)


「着きましたよ、お嬢」

「…………………………………………え? えっ!?」


 突然に声をかけられ、思索中だった私は二重にびっくりする。

 目的地到着が早すぎるしなんなら走り始めて10分くらいしか経ってないのに!? まだ何も考えが(まと)まってない───なんてそんなのはサラミ……ほんのサライな事だった。



 窓ガラス越しには、中世ヨーロッパにありそうなお城というか王宮がありました。



 まって、理解が追いつかない。

 ついさっきまで日本だったのになにこれ?車の窓ガラスの内側がモニターになってるドッキリとか? ああそれならありえるなんだよびっくりさせやがってって安堵してたら、執事青年が紳士的にドアを開けてくれて降りてみたら外も同じ景色だった。


「…………………………………」


 マジでヨーロッパ。高原。佇む王宮。空気おいしい。明らかに日本じゃない。

 都内から車で数分、窓からはアルプス高原の如く連なる山脈が堪能できてすぐに山登りを楽しめる日当たり良好な物件ですってどんな世界よ。


「公爵様がお戻りになられるまでお部屋でお待ち下さい」


 曖昧な現実と夢の狭間で放心しきってて……連れられるがままに自分の部屋? に通された私に執事青年はそう言った。王宮の中の様子なんて殆ど覚えてないくらい混乱していた私だけど『部屋にスマホ忘れてきたから取ってきて』みたいな事は執事青年に注文していたらしい。現代人の依存本能の恐ろしさよ。


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 と、いうわけでものの数十分でスマホは無事に届けられて現在に至るというわけです。改めてメモしてみて思うけどなにこの展開。


 スマホが届くまでの間、案内されたスイートルームみたいな室内を探索してみたけれどどうやら本当に私の部屋らしい。

 見つけた日記帳には私のハンネがご丁寧に記されてるし、私が子供の頃に使っていた持ち物とかあるし……前世? のやつ。

 ますます意味がわからない、なんで田舎の実家にあるはずの物がここにあるの。ヨーロッパ的王宮の部屋に小学校の時の日本風ランドセルがしまってあるって食べ合わせ悪すぎでしょ。


 そしてそんな中で何よりも衝撃的だった事。

 いや、この世界に来てから衝撃的じゃない事の方が少ないんだけどさ。

 部屋に置いてあった数千万はしそうなアンティーク調の姿見に映された私の姿。


 女子高生くらいにまで若返ってました。





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