■#05 現実に
俺は今、動揺して震える手でなんとか謎世界からキミにこの状況を伝えている。これを読んだ貴方、どうか俺の代わりに真相を暴いて下さい。それだけが私の望みです。
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アパートに到着して自室に入った前回の出来事から起きた顛末を語ると……まず、この謎の世界にも俺の自室というものは存在していた。
1LDKで狭苦しく、中も到底綺麗とは言えんが……それでも雨風を凌げる帰る場所が残されていたというのは俺の気力を回復させた。
ある一点だけを、除けば。
「あ?」
俺を待ち受けていた更なる非常な現実……それは、この似非なーろっぱを更に嫌悪させるに相応しいとどめの一手となった。
「………なん……だと……?」
異世界でも全く変わっていなかった殺風景な自室から。
変わらずに存在していた我が部屋から。
無くなっていたもの──それは俺の推しである【小湊みかずき】関連のもの、全て。
ぬいも、ポスターも、アクリルスタンドもクリアファイルもマウスパッドもプライズフィギュアも……それら全てだけが跡形も無く部屋から消え去っていた。ここは間違いなく俺の住んでいた安アパートだ。鍵もあいたし。
何故か【小湊みかずき】関連のもののみだけが綺麗さっぱりと消滅していたのだ。
「泥棒か……?」
普段なら泥棒を探しだして拷問にかけるところだが、異世界転生したばかりの俺は何か言い知れぬ不安に襲われる。
そして不安定な心情のまま。
不安の答え合わせをするかのように──次にとった行動はPCの電源を立ち上げる事だった。
そして、心の何処かで感じていた謎の不安は的中する。
PCを立ち上げて俺の目に飛び込んできた事実──それは【Vというコンテンツが存在していない】という非情極まりないものだった。
推しの娘も。
世界的に認知され始めたうさ耳獣人のあの娘も。
時の人である海賊娘も。
歌姫と呼ばれるあの娘も。
テレビ出演まで果たしたお嬢様も。
きれいさっぱりと存在が無くなっていた。
どれだけ検索しても何一つ痕跡すら出てこない。これまでのログも、切り抜きも、アカウントも何もかも。
ネットには変わらず、アングラな●ちゃんねるだってウィキ●ディアだって存在しているのに。
【VTuber】というコンテンツのみが、綺麗さっぱり消滅していた。
「……………」
空っぽになりかけた頭で、知恵を振り絞って再考する。やはりこの世界はなにかがおかしい。ここが【ナーロッパ】であればまだ納得できた。中世を模した時代に【VTuber】などあるわけないのだから。
だが現実のようなこの世界で──ピンポイントにそこだけが消滅しているとはどういうことだ。全てが現実の下位互換にしかなっていない。
変な人種がいる。
悪趣味な色彩の街並み。
落ち着かないローポリな家。
そして、消滅している【バーチャルコンテンツ】。
嫌がらせか?
「………………………………」
最早、世界の事など調べる気すら失った俺はこれまで以上に何をする気力も湧かなくなりぼんやりと窓から外を眺めていた。空の色はいつの間にか蒼天から夕焼けを示しているのか知らないが──『緑色』へと変化していました。
ノスタルジーにも浸らせてくれないとは大したものだ。天変地異の前触れかナメッ●星じゃなきゃこんな夕暮れあってたまるか。
異世界転生を果たして『前世の方がマシ』と感じているなろう主人公は俺が史上初じゃあないのか。
これじゃあ『異世界転生小説』じゃなくてオカルト板の『本当にあった不気味な都市伝説談』だ。俺の求めていたジャンルじゃあない。
〈ピンポーン〉
怒りと、喪失感と、絶望感と、虚無感と、混乱が入り交じる不安定な情緒になっていたその時──部屋のチャイムが鳴った。
こんなタイミングで大家の集金だとかN●Kだったら、たぶん顔面パンチしてしまうかもしれん。
正直、居留守したいほどに疲れてはいたのだが……何故か俺の足は自然と玄関へと向かっていた。一体どのような感情が俺を動かしたのか、自分でもよくわからない。
ただただ、救いを求めるように動いた不確かな感情は──覗き窓から見えた来訪者の姿によって、更に混乱の一途を極める事になった。
何故?
何がどうなっているのだろうか。
扉を開くと、可憐な花のような芳香がすぐに鼻を擽る。花屋が来たというわけではなく、単にその来訪者がとてもいい匂いの持ち主だっただけだ。
長い睫毛に隠れた伏し目を少しずつ開いたものの決してこちらを見る事はせず、明後日の方向に視線を向けながら来訪者は第一声を放った。
「………ぁ……ぁの………は。初めまして……と、隣に……引っ越してきた…………【小湊みかずき】と………も、申しひ……………申します……………」