97、球は投げるもの!
瞬時に3頭もの黒豹公が倒されたことに思考が停止してしまった。
ギャシャー!
「うわっ!」
「あっ!?まだ3頭残ってたわ!」
「やっちまえ!」
残りの3頭も何とか倒しきることができた。
アイテムを回収し、落ち着いたところで疑問をぶつける。
「投神さん、さっきのはいったい何?」
「……デッカイネコ?」
「魔物のことじゃないわよ!
ユアンの魔術を投げてなかった?」
「???…タマハナゲルモノ」
「タマぁ?球って火球?
火球を投げるなんて非常識だわ!」
「いや、まぁ…俺たちはそれで助かったんぜ?
良いじゃねーか!」
「投神さん!すごい!」
「確かに魔術を投げるなど聞いたこともありませんが…
しかしそれが元の火球より強力になっているのは何故なのでしょう?」
「…イセカイナゲパワー?」
「何だそりゃ?」
「サア?」
「「…………」」
投神さんは適当なことを言っているに違いない。
何か本当のことを話せない事情があるのかも知れないわね。
今は追求しないでおきましょう。
「投神さん、さっきの火球を投げるの、あと何回出来ますか?」
「ナンカイ?……ナンカイデモデキル」
「…そうですか
ではこのダンジョンを脱出するまでお力を貸して頂けませんでしょうか?」
「チカラ…?
サッキノデヨイノカ?」
「はい!」
「ヨカロウ、オレノナゲヲミセテヤロウ」
「ありがとうございます!」
投神さんは鷹揚に頷くと、ユアンの杖をさらに派手に回し始めたのだった…。
私の話の内容を理解してもらえたのか、大いに不安だ。
このパフォーマンスは彼なりの意気込みの現れと無理やり自分を納得させて、前に進もう。
「出発!」
あてのない脱出行は時間と共にゴリゴリと精神を削ってくる。
例え手足を失ってでも生きて戻ると決心したのに、グラグラと揺らいでいく。
だが私はリーダーとして迷いを他のメンバーに見せることはできない。
あのままダンジョンに横たわって皆んなで朽ち果てていければ幸せだったのに…。
「リーダー、どうやらこの玄室を越えるねば前に進めないようだ…」
先行してくれているジオウからの報告。
ステータス内のマップを見ると、確かにここを突破しないといけないようだ。
「皆んな、行こう!」
「「「おお!」」」
徘徊している魔物と違い、玄室に現れた魔物は玄室内に留まるとされている。
だから一度振り切ることができれば、追いかけてこないので比較的逃げやすい。
まだ逃走の魔術は使える。
恐れずに進もう。
門と呼ばれる通路が狭まっている場所を潜って玄室内に入る。
中央付近に差し掛かると魔法陣が展開し、光り輝いた。
光りの中から影が立ち上がる。
「大きい…!」
今まで遭遇したゴブリンや狼系の魔物とは明らかに違う大きさだ。
光が収まり、そこに現れたのは…
「ゴ、ゴーレム…、しかもストーンゴーレムだわ!」
「コイツはヤバいってもんじゃねぇ…」
「剣も火も!通じない!」
「神よ…!」
なんでこんな凶悪な魔物が出てくるのよ!
ガラガラガラガラ…
「門が塞がった…」
こちら側と向こう側の門が崩れ落ち、瓦礫で通ることができない。
罠だ…!
ダンジョンの悪意のある罠。
そう言えば学校で習ったわ。
中級以上のダンジョンでは、玄室の中には逃走不可能なものがあると…。
「中級ダンジョン…!」
初級とは違い、中級以上は冒険者を巧みに罠にはめて殺しにくるという。
もしかしたらここは出現する魔物のレベル帯が幅が広いのかもしれない。
今までは、たまたま弱い魔物が出ていただけ…。
冒険者をダンジョンに深く内部に引きずり込む為に。
その可能性に気づいてしまうと、もう膝に力が入らなくなっていく…。
ダンジョンが怖いと、初めてそう思った。
「僕はもう!諦めない!」
「リュウジュ…」
リュウジュだけは毅然とストーンゴーレムに立ち向かう。
素早く回り込むと力いっぱい剣を打ち付けた。
キンッ
剣は軽い音を立てて真ん中あたりでポッキリと折れた。
巨大な石の塊に剣では文字通り刃が立たないのよ。
「それでも!諦めない!」
ガン! ズゥン…
リュウジュは折れて短くなった剣でさらに斬りつける。
肘の関節を断ち切ったのか、腕を切り落とすことに成功した。
「す、すげぇ!」
「流石はリュウジュ様!」
牙を剥いた中級の魔物でも戦える…?
リュウジュがその可能性を示してくれた。
彼が切り開いた希望。
続かなければ!
「皆んな、関節部に攻撃を当てて!」
「わかっ…、ああっ?」
ゴンッ…
腕を失っても痛みを感じないゴーレムが残った方の腕でリュウジュを殴り飛ばした。
巨大な石の塊に衝突されたリュウジュは血を流して気絶してしまった。
ゴーレムはゆっくりと切り落とされた腕を掴んで肘にあてがうと、何事もなかったように腕を引っ付けてしまった…。
「何だよこれ…」
「もう回復魔術は使えません…」
「ここまでか…」
「こんな魔物にどうやったら勝てるというの…」
勝ち筋が全く想像できない。
高レベル冒険者はこんなのとどうやって戦うの…。
「オイ、セナカノコ」
「…え、私?…なに?投神さん」
「ナゼマジュツヲウタン」
「何故って、ストーンゴーレムに火系の魔術は通じないのよ」
火系だけではない。
ほとんどの属性魔術攻撃は通りが悪い。
地系を除いては。
「地系の魔術は得意じゃないし…」
「ナンデモヨイカラヤレ」
「だから地系なんて地味な魔術は使ってないのよ!」
「ナルホド、ヤレ」
「意味通じてる?」
「オレガチカラヲカス」
「えっ…」
「ナゲ、デナ」
「………」
ゴーレムは鈍重で、何とか攻撃を受けないように立ち回っている。
一発でも貰えば後衛組など即死だ。
そんな必死になって逃げ回っている中で、投神さんだけは相変わらずクルクルと杖を回して優雅に行進している。
背中のユアンと会話をしながら。
何かそこだけ別世界で楽しそうに見える…。
「ちょっと、力を貸してよ投神さ…」
「………『飛礫』」
シュンッ! ズガーンッッ!
何か巨大なものを破壊するような轟音と地響き。
振り返ると、胸に人が通れる程の大穴を開けたストーンゴーレムが単なる岩の塊のように静止していた…。
「いったい何が起こったの…?」
ユアンが放ったのは黒魔術の第一階位“飛礫”のはず。
魔素で形成された石の礫が真っ直ぐに飛ぶだけの初歩の地系黒魔術だわ。
間違ってもストーンゴーレムに大穴を開けるものではない。
ユアンが完成させた魔術の石を、投神さんが掴んでくるりと投げ直したように見えた。
火球の時もそうだったけど、投神さんが攻撃魔術を投げると威力が増幅される、というの…?
呆然としている間にストーンゴーレムは崩れ落ちてダンジョン内に還元されていった。
「リュウジュ様!しっかり!」
シーティの悲痛な声が響き、ハッと我に返った。
巨大な石の塊の衝撃をもろに受けてしまったリュウジュは意識はあるものの、痛みで立ち上がれないようだ。
何ヶ所も骨折をしている上に、内臓を損傷しているかもしれない。
このままでは危険…!
しかし白魔術の使用回数は尽き、消費回復アイテムも使いきってしまったいま、何も打つ手がない。
彼は、彼だけは死なせてはいけない!
人類の輝ける希望の星となる者。
私はそう信じた。
誰か…!
彼を助けて下さい!
人類の、私の、希望を潰えさせないで…!
バガーンッ! ガラガラガラ…
「なっ、なに?」
向こう側の門を塞いでいた瓦礫が爆破されたように吹き飛んだ!
粉塵が収まり、人影が見えてくる。
「ん?…先人が居たか…」
そこに現れたのは6人の冒険者パーティー。
しかしその姿は…
「魔族…!」