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96、逃走

「投神さんの!言う通りだ!」


 リュウジュは立ち上がり、再び太陽のような輝きを取り戻した。


「そうだよな!

 冒険者は極東の神聖騎士団じゃねーんだから、潔く諦めるなんて間違ってる!

 泥臭く生き残るのが冒険者だ!」


「例えボロッボロになっても教会内なら治せます

 そこまで頑張りましょう!」


「そ、そうね!

 私たちはまだ戦えるし、何より戦闘に勝利するだけが冒険者じゃない

 ここは“逃走”を選択すべきよ!」


 私はこのパーティーではあまり実行したことのない逃走を選ぶことを皆んなに提案した。


「…そうだな、それっきゃない!

 生きて帰るんだ!」

「今は逃げる!でもいつか!」

「逃走なんて選択肢にあることすら忘れていましたわね…」

「私も同意する」


「よし!じゃあ出来るだけ戦闘を避け、戦闘になったとしても逃走をメインに立ち回るわよ」


「「「おおー!」」」


 足の早い狼系の魔物からは逃げることが難しいが、錬金魔術の第一階位に“逃走”の魔術がある。

 それなら確実に逃げられるのだ。

 逃げられない敵や強敵はこの魔術を惜しみなく使うべきなんだけど、第一階位の残り使用回数は“4”…。

 使いどころの判断はリーダーたる私が迅速に行わなければならない。

 ズルズルと戦闘すれば消耗するだけだ。


 責任は重い。


 けど、皆んなが生き残れるなら手足の一本を失ってでもこのダンジョンから脱出してみせる!


「キュウケイハオワッタカ」


「そうね!“休憩”は終わりだわ

 出発する!」


 私は迷いなく前へと進みだした。

 この道の先に何があろうと、私たちは歩みを止めない。

 冒険者らしく、しぶとく生き残ってみせる!




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 一回の戦闘が終わって長いこと休むもんだから、手持ち無沙汰でトスジャグリングをやってたら怒られた…。

 まぁでも何かみんな元気が出たみたいだしぃー、結果オーライ?

 投げは世界を救うのだ!


「投神さん、皆んな進んだよ…?」


「あぁ、すまん」


 リュックから腕から上を出してしがみついている小動物のような少女が教えてくれた。

 根暗な子かなと思ってたけど、ジャグリングを大層気に入ってくれて手を叩いて笑ってくれる。

 超良い子じゃん。

 片足が痛むのか時折顔をしがめる。


「おぉ、そうだ!

 アクエルオー様の水を飲めば少しは楽になるかもしれん」


「アクエルオーサマ?」


 ビニール袋からアクエルオー様を取り出し、キャップを開けて背中の少女に渡す。


「飲め、水だ」


「…ありがとう」


 背中からコクコクと小さな音が聞こえる。


「美味しい…!」


「それは良かった

 さあ行こうか」


 アクエルオー様をビニール袋に戻し、トスジャグリングを再開する。

 この子の杖をくるくると回しながら投げ上げる。

 もちろん俺はバトントワリングも習得済みだ。

 世界的に有名なサーカスと劇が合体したようなパフォーマンス集団に参加していた唯一の日本人バトントワラーに弟子入りして習いましたとも。

 徹底投擲チャンネルでそのパフォーマンス集団“ノルドゥ・エトワル”とコラボした動画は、チャンネル内でトップスリーの視聴回数を記録していたっけ…。


 ジャグリングのハラハラさせるパフォーマンスやバトントワリングの美しさを融合させた技をバンバンきめていく。

 背中の少女は遊園地のアトラクションに乗っているかのように、歓声をあげて喜んでくれている。

 子供はそんな風に無邪気に笑ってるのが一番だ。

 暗い顔でボソボソ呟いてニヒルに笑うなんて子供らしくない。


 む、背後から狼っぽいモンスターが群れをなして迫ってきている。


「いいとこなんだから邪魔すんなっ」


 グワッ ドカンッ!


 飛び掛かってきた狼を首根っこを掴んで群れに投げ返す。

 ボーリングのストライクが決まったように、狼の群れは弾き飛んでいった。


「投神さん、どうかしたか?」


「何でもない

 ストライクが入っただけだ」


「そう…?」


 リーダーの少女が振り返って確認してきた。

 また怒られるのかと、ちょっと身構えてしまったのは内緒だ。

 狼のモンスターには気づかないかったようで、そのまま進行している。


「投神さん、すごいね…

 その力があれば生きて帰れるかも…クククッ」


「あったりめーのこんこんちき!

 異世界投げパワーにかなうもの無し!」


「なに言ってるか分からないけど、そこはかとなく∑∶∑Ωを感じるわ…クククッ」


 その笑い方は翳りのあるものじゃなく、笑うことに慣れてなくてぎこちないだけだ。



 さて、前を行くこのパーティーは元気はあるが、このダンジョンは適正レベルではないのだろう。

 それに気づいて逃げを打つ気配が視える。

 前向きな撤退戦だ。


「良いではないか」


 こういうのは嫌いじゃない。

 我が流派の理念にも合致する。

 殿は俺か。

 背中の子が喜ぶなら、投芸(なげい)を見せてやろう。

 観客は1人。

 特等席で御覧じろ。



「投げる」

 



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 行けども行けども薄暗いダンジョンは続く。

 玄室は避けて通路のマッピングを行ってから、前に進める可能性の高いものに限って玄室に突入する。


 戦闘は一度。

 ゴブリンファイターの集団だった。

 錬金魔術の“逃走”は2回使用し、足の遅いスライムは走って逃げた。


 皆んな大きなダメージは受けていないものの、魔術使用回数や魔技使用回数はほぼ使い切っている。

 回復魔術もこれからは受けられない。

 こんな苦しいダンジョン行は未経験だが、皆んなの心はいまだ折れていない。


「キャハハハッ!」


 後方でユアンの楽しそうな笑い声が聞こえる。


「…………楽しそうだな」

「ユアンの!あんな楽しそうな声は聞いたことがない!」


 そう言えばそうだ。

 ユアンはいつもわざと翳りのある笑い方をする。

 彼女は元は平民の生まれだが、魔術師としての才能を期待されて貴族の養子となったそうだ。

 そこでの生活は裕福だが感情を通わせるものではなく、冒険者学校での成績のみを重視する接し方を受け、ユアンはいつしか心を閉ざすようになったらしい。


 そんな彼女が屈託もなく笑っている…。


 投神さんの大道芸の力なのだろうが、それだけではない不思議な力を彼は持っているのかもしれない。


「前方から敵!

 早い!避けられない!」


 二度のミスをしたジオウはいつも以上に気合を入れて索敵と罠の発見に力を入れている。

 戦闘態勢が整うころ、現れたのは6頭の黒豹公!

 素早いうえに毒の状態異常攻撃をしてくる嫌な奴だ。

 普通には逃げられない。

 魔術の逃走を使うか…?


「リーダー!痛みが楽になった

 投神さんの背中からなら黒魔術を放てる!

 (…あれ?MP回復してる?)」


「本当か!?

 よし、じゃあ火球を!」


 黒魔術があるなら心強い!

 早速ユアンに黒魔術の第一階位にある単体攻撃呪文をオーダーする。


「…………「暗黒滅龍極光炎」」


 まるで高階位魔術のような鍵呪文名にカスタマイズしてあるが、ごく初歩の火系単体攻撃魔術である。

 動きが素早い黒豹公は飛んできた火球をひらりと回避してしまった。

 しかし走ってきた勢いは削いだので牽制としての効果はあったわ。


「突撃!」


 黒魔術の火を警戒している様子の魔物に突撃をかける。

 細かい指示は出さなくても前衛は連携しあいながら攻撃を加える。

 それでも6頭もの黒豹公との戦いは非常に厳しいものだ。

 例えこれが最後の戦闘になろうとも、もがいてやるわ!



「サッキノマジュツヲツカエ」


「えっ?!黒豹公に当たらないし、乱戦になってて味方に当たってしまうわ!」


「ダイジョウブ」


「……分かった、投神さんを信じる!

 ………………『暗黒滅龍極光炎』」


「ちょっ、乱戦で使わないで!」


 ボウッ シュンッ シュバーンッ!


「はっ?」

「何だいまの?」

「光の!魔術!」


 ユアンが放ったのは普通の火球だったわ。

 それを投神さんが投げたように見えたけど…?

 理解が追いつかない…。


 ともかく火球はまるで光線のように圧倒的速度で飛び、黒豹公を貫いた!

 黒豹公の胸にはポッカリと大穴が開き、その内側を燃え上がらせている。

 しかも3頭を一度に…。


 悲鳴も上げる暇もなく3頭はダンジョンに還元されていった。


 誰もが衝撃で時が止まったように動けないでいる。


 その中で投神さんが投げる杖だけがくるくると動いていた…。




「ドウシタ、サッサトヤレ」


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