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95、初めての絶望

「あの、投神さん…

 ユアンの杖を投げて遊ぶのを辞めてもらえませんか…?」


 彼はユアンをリュックに入れて背負いながら、ユアンの杖と石を器用に交互に投げながらパーティーの最後尾を歩いている。


「ソウカ」


「私は構わない…むしろ見ていて楽しいし…痛みを忘れる」


「ソウカ」


 まあユアンがそう言うのなら良いんだけど…、何と言うか気が散るのよね。

 深刻な事態に陥ってるというのに、後ろで目を奪うような楽しいものをやられると…!


「って、もう一個石を増やすなー!」


「シュウチュウシロ、モウスグテキガクルゾ」


「貴方に言われたくない!

 って、敵が来るの?」


 ジオウからはまだ報告は上がってない。

 いや、一般人の投神さんに索敵なんかできる訳ないわ。


「投神さん、話しを逸らそうとし…」

「ミセテモラオウ、オマエタチ丿タタカイヲ」


 この状況にあって余裕の態度を崩さない投神さんは、敵が来ることを確信しているようだ…。


「皆んな、迎撃態勢!」


「はぁ?ジオウは何も言ってねーぞ?」

「敵か!僕が切り開く!」

「念のために、用意致しましょう…」


 私たちは陣形を整え、敵を待つ。

 緊張の時が流れる…。



 やっぱり敵なんか来ないじゃないのと文句を言おうとした時、先行しているジオウの焦った声が聞こえた!


「すまん!敵だ!もうすぐそこまで…って、迎撃態勢?」


 走りこんできたジオウの後ろには十数頭の狼系魔物!

 普通ならジオウはトレイン行為で咎められるものだが、投神さんのお陰でカウンターが取れる!


「…『足元掬い』」


 錬金魔術の本質は変異させる、というもの。

 横一列の地面を凹ませ、その分を手前に盛り上げた!


 ギャウ!ギャウンッ!


 上手くいった!

 急に出現した段差に足を取られて先頭を走る5,6頭の魔物が転び、さらに段差や転んだ魔物にぶつかって団子状態だ。


 黒魔術を打ち込みたいところだけど、ユアンは痛みで集中できない。


「皆んな、突撃!」


「「おおー!」」


 転がる魔物にむけて杖を振り下ろす!

 頭を腹を、とにかく無慈悲に打ち付ける。


 私がようやく一頭を倒した頃、前衛組はそれぞれ三頭目に取り掛かる程に奮闘している。

 白魔術師のシーティはまだ一頭を倒しきれてないので、私はそれに加勢した。


 魔物たちは混乱から立ち直り、反撃を加え始めた。


「密集!」


 魔物はいまだ数が多く、一度に数頭からの攻撃を受けては堪らない。

 死角を作らないように密集陣形をとる。


 敵は7頭残っている。

 魔物は灰色魔狼よりも大きくて、黒い。

 より上位の魔物だろう。

 黒魔術師がいないとこんなにも戦闘が苦しいものだなんて…。

 リュウジュとズィンのメインアタッカー、そしてジオウがサブアタッカーとしてダメージを稼いでいる。

 シーティは受けたダメージをその都度回復している。

 錬金魔術師の私は直接的な攻撃魔術は使えない。

 ここまで接近されると“雲”系の状態異常魔術も使えない。

 白魔術師よりは腕力があるから杖でサポートするしかないのだが、戦闘にあまり貢献できていない自分が不甲斐ない。


「僕は!皆んなの光に!『光撃』!」


 ギャウン!


 すごい!

 2撃ともクリティカルヒット!?

 リュウジュはこういうピンチの時には何故かクリティカル率が上昇するのよね。

 特殊な称号とかは持ってないって言ってるけど…。

 まるで神に愛されてるようだわ。


 ようやく一頭を倒した。

 それでも数は敵のほうが多く、こちらの疲弊も積み重なっている…。

 ジリ貧という文字が頭に浮かんで消えない。

 先手をとってこれか…。

 中級の魔物はやはり強い!



「んっ…?」


 敵の様子がおかしい…!

 ソワソワしているようで、左右に行ったり来たりしている。

 何か仕掛ける気かしら?


「トザイトーザイ…」


 戦闘には参加せずに後方で大人しくしている筈の投神さんがあの大道芸をやっている!


「何やってんのよ!」


 しかもやたら石が増えてるし!

 すごいけど、今じゃない!


「攻撃対象に認定されっぞ!」

「一般人は大人しくしていて下さいまし!」

「あぁっ!?」


 気を取られた魔物が一匹、投神さんのほうに駆けていった!


「逃げて!投神さん!」


 投神さんは慌てて逃げ出そうとするが、足がもつれて膝をついた。

 その拍子にユアンの杖がすっぽ抜け…


 ヒュルルル… ガシッ


 走ってきた魔物の足に絡んで派手に転び、頭を地面に強打した魔物はそのままの態勢でピクピクと痙攣をしだした…。


「はぁ…?」


 敵の魔物も含めて、余りの事に一瞬呆けてしまう。


「…チャ、チャンスよ!

 何でも良いから攻撃!」 


 いち早く正気に戻った私は皆んなに指示を出して動かす。

 この機を逃すと終わりだわ!


「に…『二重撃』!」


 ズィンが腰が入っていないが魔技で無理やり身体を動かす!


「僕も!ったーっ!」


 遅れてリュウジュの攻撃!

 それぞれ痛撃を与えることができた。

 そこからは戦況は私たちが有利なほうに傾き、ダメージを受けながらも5頭を倒すことができた。

 そして転んで痙攣している魔物はいまだ還元されていなかったので、止めを刺して戦闘を終了した。





「マジでヤバかったぜ…!」


 地面に大の字に寝転び、荒い息をしているズィン。

 彼は普段の言動とは似つかわしくない堅実な戦いで、安定したダメージを稼いでくれる頼れる存在だ。


「僕たちはまだまだ弱い!強くならなければ!」


 そう息巻くリュウジュは、ピンチの中にあって真価を発揮するというか、突破力がある。

 普段は直感過ぎる行動をとるが、結果的には良い結果を生むことが多い。


「皆んな、すまん…

 俺の罠の選定ミスから始まり、さっきの彷徨える魔物たちの発見も遅れた

 俺は足を引っぱってばかりだ…!」


 普段は寡黙なジオウが珍しく心情を吐露した。

 斥候はダンジョンを探索する上で最も重要な職業で、やらなければならないことが多岐にわたる。

 その中でも罠の解除は一度のミスでパーティーが全滅するほどの事故が起こり得る恐ろしいものだ。


「ジオウ、あなたの責任じゃないわ

 このダンジョンは私たちには早過ぎたのよ

 適正を越えたダンジョンでは、罠の解除成功率が大幅に下がる、って習ったわよね

 この中級ダンジョンに足を踏み入れることを許した私の責任よ!


 でも見て

 自分たちののステータスを

 もう次の戦闘で勝利することはできない


 私たちは冒険者を志したときにダンジョンで朽ち果てる覚悟が出来ている筈だったけど…


 巻き込んでしまった投神さんには本当に申し訳ないわ…」



 もう皆んなの魔術使用可能回数や魔技使用可能回数はほとんど使い切ってしまっている。

 次の戦闘では通常攻撃しか出来ないのに、この中級ダンジョンの魔物に勝てる訳ないわ。


 継戦能力の無さ…。

 一度の戦闘に勝利したから浮かれていたんだわ。

 そして帰還する為の消費アイテムを所持していないのも失敗だった…。

 中央から辺境へと観光気分でダンジョンに来てしまって、冷静な判断を下せなかった私のせいなのよ。


 ごめん、お父さんお母さん。

 私たちの冒険はここで終わるわ…。


 皆んなも自分たちのステータスを確認して状況を理解できたのか、声を上げることも出来ないでいる。

 流石のリュウジュでさえ俯いてしまった。



「なんだ、もう終わっちまってたのか…」


 ズィンがようやく呟く。


 絶望…。


 自分たちは栄えある冒険者学校でトップのパーティー。

 選ばれた者であり冒険者として名を馳せると、傲慢にも信じていたわ。

 伝説は始まったばかりって…、笑えるわね。


 私たちは諦めという一種の開放感に支配され、深いため息の池に沈みながらそこから浮かび上がろうとは思えなかった。


 誰のせいにもしたくない。

 もう、精一杯頑張ったと自分たちを認めたい。

 ふと、冒険者を選ばなかった人生に思いを馳せる。

 普通に家庭を持って、子供を育て、年相応に老いて…。

 そんな普通が遠く、輝かしいものに思えてきた。


 リュウジュに英雄の素質を感じて、彼の横に立って戦えたらと夢見てしまった。

 それは間違いじゃないと思いたい。

 あの日、信じたもの。

 それは絶対に… 


「トザイトーザイ」

「キャハハハハハハッ!」


「…ぅうるさいわね!あなた達っ!

 さっきから視界の端にチラチラ映ってんのよ!

 私たちはもう終わりなのよ、お・わ・り!

 判る?

 最後ぐらい静かにしてよ!もおっ!」


 投神さんは手を動かしながらこちらをじっと見つめる。

 私だって単なる八つ当たりと分かってる。

 でもこの絶望の咎を誰かにぶつけたかった。


「って石めちゃめちゃ増えてるしっ!」


 石はいつの間にか6.7個に増え、形状も大きさも違うユアンの杖が良いアクセントになって美しく宙を舞っている。


「ゲンキダナ」


「はぁ?!そりゃ元気よ!

 ダメージは受けてないもの!」


「ナラ、アルケルカ」


「えっ……」


「ハイルカ?」


 背中のリュックを指差す。

 既にユアンが入ってるけど、あと1人ぐらい入れなくもないかな…。


「って、歩けるわよ!」


「ナラ、アルケ」


「………」


「ゲンキガアルナラ、タタカエル」


「!」


 ぼんやりとしたおじさんかと思ってたけど、今の投神さんは厳しい目をしている。

 戦場で檄を飛ばす大将軍…、いや死地に向かわす戦神のようだ…。



「タタカエ

 オマエタチハマダシンデイナイ!」


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