前へ次へ
94/159

94、宝箱部屋の罠

「ここは玄室じゃねえ!宝箱部屋だ!」


 我先に門を潜ったズィンが叫ぶ。


 宝箱部屋ー。

 ダンジョンが消化しきれなかったアイテムを吐き出す場所とも、冒険者をおびき寄せるための餌としてダンジョンが用意しているとも云われていて、いまだに解明されていない。


 宝箱から得られるアイテムは主にこのダンジョンで力尽きた冒険者の装備品が多いのだが、ダンジョンの魔力を浴びて特殊な効果を得る事がある。

 それを見極め、解呪や修理、あらたに付与したりするのが錬金魔術師の仕事。

 それ故か、このロールに就くとアイテムが大好きになってしまうという現象が起こるのだ。

 現に私も特殊な効果のあるアイテムに異常に執着するようになってしまったわ…。

 転職すると治まるらしいので、それまでの辛抱ね。


「宝箱には罠が掛かっている筈だわ

 ジオウ、お願いね!」


「承知…」


 無口なジオウが粛々と罠の選定に取り掛かる。

 彼には目標とする憧れの斥候がいるようで、普段の言動も真似ているらしい…。

 たっぷりと時間をかけて調べた彼は罠の種類を確定させた。


「この罠は『若返り』だ」


「お〜珍しいな!投神のおっちゃんに開けてもらおうか」

「そうだな!それが良い!」

「私たちが若返れば、年齢制限で冒険者資格を剥奪されかねません」

「投神のおじさんが投神の少年になるのね…ククク」


「確かそこまで一足飛びにはならない筈だわ」


 2、3歳ほど若返るという話しだ。

 貴族や大商人はこの若返りを求めてダンジョンに潜るという。

 寿命が伸びる訳ではないのにね…。

 それでも冒険者として活動できる時間を長くできるので、年老いても20代の肉体をキープするために若返りの罠を探す者は多い。

 逆に若過ぎる者は『老化』の罠を食らって全盛期である20代の肉体を得る者もいる。

 私たちは身体の感覚が変わるのを嫌って、老化は食らわないようにと決めている。



 今は戦争中だし、実年齢が何歳であっても闘える者は冒険者や兵士となるべきとされている。

 投神さんも肉体は若返ったほうが、ポーターとして活動しやすい筈だわ。


「では、投神さんどうぞ開けて下さい」


「ア、アァ…?」


 投神さんは躊躇している…。


 というか開け方が分からないのね。


「この岩の殻は薄いから、何かで叩けば割れるわ

 この短剣を使って」


「ア、アァ……」


 投神さんは戸惑いながら短剣を振り下ろす。


 パキンッ  ィィィィィイイイイイン…!


「……あれ?」「これは?!」


 若返りのガスが噴出する筈が、魔法陣の光が展開している!


「もしや…!」

「罠の確定失敗!」

「ランダム転移ですかっ?!」

「死んだわ…『壁の中』」


「みんなジンクスッ!

 掴んで!」


 転移でバラバラに別れないようにそれぞれの身体に触れる。

 学者たちは意味がないと言うが、冒険者はジンクスとして転移の際にする者が多い。

 ダンジョンの罠に対するささやかな抵抗なのよ。



 あああアアぁぁ…


 誰かが叫ぶ…

 私か…

 光の中で浮遊感を覚え

 踏みしめていた地面が消失した


 流される…







✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢



「異世界の亜空間からこんにちは!

 徹底投擲チャンネルの投神です

 今日はね、若い子たちとダンジョンに来ておりまーす

 駆け出しって感じで初々しいですね!

 といっても俺よりは経験豊富でしょうが


 途中、リーダーの女の子の様子が明らかにおかしかったので、思わず緑石を投げてしまいました

 軽くですよ!

 ほんのツッコミ程度です!

 ……ごめんなさい


 でも怒ってなかったのでギリセーフでしょう

 ね?ね?


 そのあと宝箱を開けろというので開けてみると、罠が発動しちゃいました

 わざとなの?

 イジメ?

 仕返し?


 でもみんな本気で焦ってたし、単純にミスっただけかな〜


 この浮遊感は転移ですな!

 ただいま絶賛転移中でーす!

 さぁどこに移動するのでしょうか?

 俺ぁワクワクすっど!


 おっと、到着しそうだ!

 それでは皆さん、引き続きご視聴のほど宜しく!

 世界を投げ投げっ……」




✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢





「アイタタタ…、皆んな大丈夫?」


 薄暗いダンジョンの中に放り出されて、変な態勢だったから着地に失敗しちゃったじゃないの…!

 ここはオウブルの中級ダンジョン内だとは思うけど、場所も階層も分からないわ。

 もし、深層まで跳ばされたのなら…!

 私たちでは生きて帰れな…


「ギャアァァァァー!」


 耳をつんざくような悲鳴!

 悲鳴をあげたのは…黒魔術師のユアン?!


「どうしたの、ユアン!?」


「何があった?!」

「ユアン様っ!」


 少し離れた場所に居たユアンに駆け寄ると、彼女は片足を押さえて蹲っでいる。


「足が…!足が…!」


「見せて!」


 彼女の足首までが地面に埋まっている。

 いや、埋まっているのではない…。


 “同化”しているのだ!


「ウッ…、『地面の中』ね…クククッ

 やっぱり投神さんは破滅の使者よ」


「しっかりしろ!ユアン!」

「わわ私には無理ですが、これぐらいでしたら教会で治せますわ!」


「教会に行けるかしら?」


「えっ…⁉」


「階層も分からない中級ダンジョンよ

 私たちは転移魔術も帰還アイテムも持っていない

 皆んな魔物に食われるか、朽ちてダンジョンに吸収される運命なのよ…

 ククククッ…」


「ユアン…」


 ユアンは痛みなのか、恐怖からか、目に涙を浮かべて震えている。


「ユアン!諦めるな!絶対に帰れる!」


 リュウジュが励ます。


「だから、どうやって?」


「僕が道を!切り開く!」


 彼は強い意志で目を煌々と輝かせ、剣を抜き放つ。

 太陽の化身のように、まるで明るい光を放っているように幻視してしまう。

 彼を見ていると本当に帰れるのではないかと希望を持ってしまうわ。


「そうね、他のパーティーに会うこともあるかも知れないし、諦めるのはまだ早いわ」


「そ、そうだぜ!冒険者はピンチを乗り越えてこそだ!」

「とりあえず同化した地面を掘り起こしましょう」


 前衛が剣を使って地面を掘ろうとする。

 しかし薄い砂の下は岩の塊のようで、掘ることができない。

 灯りかけた希望が、またしぼんでいく…。


「オレニマカセロ」


 終始無口な投神さんが口を挟んだ。


「投神のおっちゃん、地面は硬い岩盤だぜ…

 ってオイ、小石なんて出してきてどうすんの…?」


「ナゲル」


「はあ?」


 シュ ビシッ!


「何だとっ?!」


 投神さんが平べったい縞模様の石を地面に投げると、岩盤に亀裂が入った!

 冒険者の剣で何度も切りつけてもビクともしなかったのに?!


 シュ ビシ  シュ ビシ


 投神さんはあっという間にユアンの足を大きめに切り出して、そっと足を引き抜いた。


「ダイジョウブカ?」


「え、ええ…」


「モウスコシ、ケズル」


 シュッ、ピン  シュッ、ピン  シュッ、ピン……


 見る見る内にまるで石のブーツを履いているだけのように形を整えてしまった。


「投神のおっちゃん、すげぇな!」

「投神さん!すごい!」

「何かのスキルでしょうか?」

「その石に秘密があるんじゃない?」


 ユアンの足は石と同化した境目が赤黒く腫れ上がってきている。

 早目に処置しないと全身にまで症状が及ぶかもしれない。

 歩きやすい形にしてくれたが、歩くのは絶対に無理だ…。

 誰かが背負って、このダンジョンを踏破できる?



「ハイレ」


「はいっ?」


 投神さんは私たちが買い与えた大きめのリュックの口を開けている。

 ユアンは小柄だから、入るだろうけど…。


「入るだろうけど、一人の人間を背負ってダンジョンを進むのはキツいぜ?」

「投神さんは!一般人だから!」


「モンダイナイ」


 揺るぎない自信に満ちた態度の投神さんに、とりあえず疲れるまで任せてみようという空気になった。


「痛いっ」


 ユアンは自分では動けないようだ。

 投神さんは優しく、そして力強くユアンを抱きかかえると慎重にリュックに入れてやった。

 脇から上の上半身をリュックの口から出しているユアンは、こんな時だけどちょっと可愛く見える。

 投神さんはリュックをゆっくりと担いだ。


「ダイジョウブカ」


「え…うん」


 投神さんは少し揺らして態勢を整えると、余裕そうに例の平べったい石を投げて遊んでいる。

 あれ…、石…?

 魅了を解いたのって、やっぱり投神さん?


「イコウカ、リーダー」


「あ、はい…」


 頼れる大人の“大きさ”を見せつけられたようで、素直に頷いてしまう。

 リュックからはみ出ているユアンも照れているのか、不吉な呟きもしないで投神さんにしがみついている。


「じゃ、じゃあ!

 このダンジョンからの脱出を目指して出発するわよ!

 必ず皆んなで生きて帰れる!

 この脱出行を光之竜の伝説の一つに!

 出発!」


「「「おおー!」」」



 こうして現在地が分からないまま、私たちは恐怖を噛み殺して薄暗いダンジョンを進み始めた…。



前へ次へ目次