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93、魅了

「玄室だ…」


 先行するジオウからの呟きが聞こえた。

 ここまでで魔物に出会ったのは放浪していたゴブリンファイター6体のみ。

 罠にもまだ遭遇していない。

 玄室はほとんどの場合は戦闘となるという。

 ここで気を引き締め直さないと。


「皆んな、ここは中級ダンジョンよ

 格上の魔物が出現する可能性があるわ!

 戦闘では私の指示をしっかりと聞くのよ!」


「「「おおー」」」


 門を潜り、中央付近に踏み出すと魔物を召喚する魔法陣が発動した。

 現れたのは……凶悪な魔物、ではなくて可愛らしい一匹の大きな猫?

 人懐っこい瞳がクリクリと動き、私たちと遊びたそうに尻尾を振っている。


「この猫…、敵なのかしら?」


「はぁ?!」

「敵だ!魔物は討つべし!」

「リーダー、ご指示を!」


「ちょっと待ってよ!敵かどうかは先ず鑑定しないと…」


 こんなに可愛らしい姿をしてるんだから。

 人に危害を与える存在ではないように思える。

 あ、ほら、ズィンにじゃれついてる。


「かわいい…!」


 やっぱり猫ね…、動くものが大好きなんだわ。

 私も混ぜてもらおうかな…?


「ばっ…、ふざけろっ!」

「強敵だ!全力でいく!」

「こんなに素早い相手に魔術は当たらないわ…」

「リーダー、しっかりして下さい!」


「何よ、前衛ばっかり楽しんで…

 私もモフりたい!」


 実は私、動物の毛をワシワシするの大好きなのよね。

 あと、毛に顔を埋めて匂ぐのも大好き!

 参加するのだ!


「おい!前に出てくんな!何を考えてんだ!」

「こいつは!僕たちに任せて!」


「ズルい!混ぜなさい!」


「リファ様の様子がおかしい…?

 やっぱり状態異常?!」

「クククッ『魅了』にかかってんのよ…」


「魅了…?!」

「これがあの噂の…」

「どう致しましょう!?私の白魔術では治癒できません!」


 これが魅了だというの?

 自分では違和感が全くない…。

 正常な判断に基づいて行動してるわ!

 モフモフは正義!


「…軽く攻撃を入れるか?」

「混乱じゃないから!意味がないよ!」

「最悪敵認定されかねないわ」

「クククッ、やはり破滅…」


 ヒュルルル… ガンッ


「イタッ!

 …誰よ、頭に石をぶつけたのは!

 うわっ、黒豹公…!」


 さっきまで可愛い猫に見えていたのに、今は恐ろしい魔物の黒豹公に見える!


「…こ、これが『魅了』の効果なの…!?」


「治ったのか?指示をっ!」

「ピンチ!でもここからだ!」

「……………『範囲小回復』

 とりあえず、回復をしておきましたわ!」


 思考がクリアだわ!

 今から思えば有り得ない判断を下していたのが理解できる。


「ごめん!皆んな

 前衛はもう少し間隔を空けて!

 後衛は隙間から杖で牽制!

 毒を受けたら、優先的に治癒を!」


「「了解!」」


 黒豹公が一匹で良かったわ。

 何とか戦況は有利な方に傾いた。


「僕は皆んなの光になる!『光撃』!」


 ガガンッ!


 リュウジュの魔技『二重撃』が決まり、黒豹公に大きなダメージを与えた!


「負けてらんねー、『二重撃』!」


 ギニャー……!


 ズィンも同じく魔技を使ってとどめを刺した。

 凶悪な顔を歪ませ、私たちの方を睨みながらダンジョンに還元されていく…。

 こんな恐ろしい魔物が可愛く思えてただなんて信じられない。

 冒険者学校時代は訓練で状態異常を受けることはあったが、魅了は危険過ぎて人にかけるのは禁止されていた。

 だから初めての体験で、自分が魅了状態だと認識できなかった…。


「違うわ…認識自体を阻害するのが『魅了』…

 皆んな、これからは常にメンバー全員のステータスをチェックしましょう

 そうすれば状態異常かどうか判るわ」


「「「了解!」」」


 パーティーを組んでいる冒険者は、互いにステータスを視ることができる。

 そのチェックを疎かにしていた代償に危機に陥ったのね。


「しかし、よく魅了が解除されたな」

「自然回復ではなかなか解除されない筈ですが…」


「そういえば()()()()が頭にぶつかって、そのあと目覚めたような感覚があったわね…」


 地面にはそんな石は落ちていない。

 ふと、投神さんを目があった。

 投神さんは親指を立てて頷く。

 よく分からない仕草だけど、何となく同じ仕草で返しておこうかしら…。


「爪だ!爪が残った!」

「マジか!やったな〜!」


「アイテム!鑑定!…はできないわね…」


 黒豹公系のアイテムは状態異常に関する効果があるものが多かった筈。

 すっごく興味があるけど、今は鑑定不可だし…?


「あれ?宿で寝てないのに鑑定可能になってる…?」


「はぁ?」

「そうなの!良かった!」

「でも現状、爪を錬金魔術で加工する訳にはいきません

 宿に帰ってから鑑定されては?」


「そうね…、残念だけどそうするわ」


「じゃこの爪と魔石は投神のおっちゃんに持ってもらおうか」

「ヨイゾ」

「じゃあ!宜しくね!」


 投神さんはリュックにアイテムを入れた。


 それにしてもロールを持たない一般人の普人族である投神さんは、この恐ろしいダンジョンに潜ってるというのに悠然としているわね…。


「投神さん、余裕ね…

 ダンジョンに慣れてるの?」


「???…ドウカナ?」


「へへっ、俺たちを信頼してくれてるのさ」

「なんか頼もしいですわね…」

「投神さんは!僕が守る!」

「アア、アリガトウ」


「さぁ!ドンドン行こうぜ!」

「「「おおー!」」」


「ちょっと待って!

 皆んな本当に大丈夫?」


 私は自分が魅了に掛かったという事実に恐怖を覚えている。

 私たちのパーティーの魅了に対する状態異常抵抗率は低い。

 パーティー全員の状態異常抵抗率を上げる聖騎士もいないし、装備品に付与できる練金魔術師である私のレベルも低いからだ。

 さらに状態異常を回復できる白魔術師のシーティのレベルも低く、現段階では魅了を回復できない。


「次に誰かが魅了に掛かったら、全滅の恐れがあるわ」


 重々しくメンバーに伝える。


「大丈夫だって!敵の攻撃で魅了を受けた訳じゃないんだし」

「黒豹公にも勝った!僕たちは強い!」

「不用意に鑑定をしなければ良いんじゃないの、クククッ…」

「私が状態異常を回復させられるようになる為にも、一刻も早くレベルアップを図るべきでしょう」


「皆んなはまだ進むべきという判断ね…」


「そーだぜ!」「うん!」「はい」


 自分より上位の敵と戦うと、得られる経験値がかなり上がるとされている。

 この中級ダンジョンは私たちよりも格上の筈だが、敵の強さはそれ程でもないわね…。


「わかったわ…前に進みましょう

 ただし!私たちはまだ転移系の魔術を得ていないから帰りの時間配分と相談しながらよ!」


「「「了解!」」」



 私たちは冒険者学校では得られないスリルに高揚し、疲れも知らずに前へと歩みを進めた。




「また玄室だ…!」


 しばらく進むと門が出現した。


「みんなステータス確認…、大丈夫ね」


「行こうぜ!」

「僕たちなら!大丈夫!」

「クククッ地獄の門を潜るのね…」

「ユアン様、不吉な言葉は不吉な結果を呼び込むと云われていおります

 お慎み下さいますよう」


「じゃあ、行くわよ!」


 まだ見ぬ敵を。

 未知なるダンジョンの奥へ。

 学校時代では味わえなかった、本当の冒険。



 私たちはまるで迷宮に魅了されたように前へと進んだ…。



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