90、教会と宿と
頭の上のチュイが消えた。
一緒に教会に行くって言ってたと思うのだが、急用ができたのかな…。
途端に心細くなってしまう。
ダメだなぁ…、チュイに頼りすぎてた。
自分のことは自分でできるようにならなないと。
「ギロリさん、ありがとう
また買取よろしくね」
「はい…、ありがとうございました」
ギロリさんも何か言いたそうだが、ニュアンスが伝わらないのでそそくさとギルドを離れた。
チュイと行くはずだった教会は、たぶん隣の女神像がある所の建物だろう。
宗教には近づきたくないんだけどな…。
何となく宗教というより、病院という役割の感じで話してたから大丈夫かな?
まぁ常に誰かに頼っていてはダメだし、一人で行ってみよう。
電子マネーもチャージしてるし?
しかし服装が…ちょっとヤバいかなぁ。
裸の上にイケメンエルフにもらったコート。
コートの下は血やら泥やら焦げやらでひどく汚れている。
天使ちゃんの魔術とアクエルオー様の水で重症ってほどでもないのだが…。
しかし火傷は甘くみてはいけない。
治せるなら治してもらおう。
今日は誰も女神像の前でバスキングをしていない。
もしかしたらフウが独りで歌ってるかと期待したが…。
どことなくパルテノン神殿のような柱の太い石造りの建物に入る。
夜だというのに人の出入りはあり、冒険者風の武装した者が多くて明らかに負傷している人もいる。
勝手が分からないので人の流れに沿って進む。
礼拝堂と思しき長椅子が並んだ場所の中央にシンボリックなモニュメントが立っている。
人工物ではない。
巨大な水晶の塊だ。
これはあれだ、ダンジョンの右側の最奥の部屋の壁に埋まっていたものと似ている。
あれを掘り出して立てればこんな感じになるんじゃないだろうか。
水晶はこの世界において特別な意味や役割があるのかもしれないな…。
人の流れは礼拝堂には進まずに、横の部屋へと続いている。
その部屋はブースが設けてあり、各ブースに分かれて人が並んでいる。
俺も適当に並んでみると、ギルドと同じように担当者が冒険者たちの応対をしているのが見えた。
その担当者は一見して聖職者と判る服装で杖を持っている。
天使ちゃんと同じように回復魔術を冒険者にかけているようだ。
俺の番だ。
「次の方、どうぞ」
担当者は若い女性で初々しい感じだ。
料金プランが分からんので先に訊いておこう。
「こんばんは
初めてなので勝手が分からん
これで足りるだろうか?」
改造ギルドカードを見せる。
担当者は目をパチクリさせると、丁寧に答えた。
「こんばんは、冒険者様
ケガの∧∂∨∶によって変わるので、先ずは傷を見せてもらえますか?」
「あ、ああ…」
そういうシステムね。
そりゃそうか。
「ギャー!何で素っ裸なんですか⁉」
しまった!
コートの下は全裸だった。
いや、でも火傷とか全身にあるし…。
若い女性には申し訳ないことをしたな。
「何を騒いでいるのです?」
「ダイエ様!
この方が急に裸になられて…」
悲鳴を聞きつけて様子を見に来たのか、明らかに位の高そうな雰囲気のイケメンさんだ。
「すみません、服が全て燃えてしまって…」
「ああ、なるほど…
ここは私に任せて、あなたは少し∈∵∃∋∂して下さい」
「はいっ、ありがとうございます」
ダッシュで若い担当者がブースを離れる。
「申し訳ないことをした」
「いえいえ、こちらこそすみません
ここに運ばれてくる冒険者様にはよくあることですが、あの子はまだ∋∂∋Ωが少なくて取り乱したようです
私はここの∈∷∂∇∂⊆で∑∏∂を司る者で、ダイエと申します
お見知り置きを」
この人も若いが、感じの良い落ち着いた物腰だ。
「俺は投神
冒険者になったばっかりで右も左も分からない田舎者だ
宜しくな」
「それでどのような傷でしょうか?」
「傷…、というか火傷かな?」
同性だが念のため、ゆっくりとローブを脱いで全身の状態を見せる。
「これはなかなかの傷ですね…」
「ああ…、あ!足りるか?」
慌ててギルドカードを出す。
「∇∉∧Ω致しますので、それではここにかざして下さい」
ギルドで見たものと同じものにカードをかざして魔石を投げる。
「…はい
ご∀Ω∑Ω下さい、∑∶ε∵∃⊄∶Ωに足りますよ」
「え?あ〜、そりゃ良かった
では治療をお願いできますか?」
「はい、それでは
……………………『∠∷∂』」
おお!
天使ちゃんにかけてもらった回復魔術と同じ感じだけど、よりスケールが大きく感じる。
「はい、もうだ……あれ?」
ダイエさんが少し焦ってらっしゃる。
もう一度魔術をかけてくれた。
「はい、これでどうでしょう
むむむ、なぜか効きがあまり良くないようですね
呪いなどは受けておられないのですが…」
「あ〜、俺はほら、持たざる者ってやつだから!」
「なるほど…?
しかし、でしたら冒険者にはなれない筈ですが…」
「あっ、あ〜俺はちょっと変わってて、特別にここのギルド長に準冒険者にしてもらったんだよ」
「はぁ…」
「とにかく身体はバッチリ治ったよ!
サンキュー!
じゃ、ギルドカードから代金を引いてくれるかな?」
「は、はい」
チャリーン
ダイエさんはどこか腑に落ちてないようだが、あまり宗教には関わりたくないのでさっさとこの場を離れよう。
「ありがとう、また怪我したら宜しく!」
ダッシュで教会を出た。
外はそろそろ就寝時間なのか、人通りも少なくなっているな。
やはりバスキングしてる者はいない。
宿に行こう。
最初の日に泊まったところかな。
いや、今や俺は冒険者!
準だけど。
初めてこの街に来たときに門前払いをくらった宿にも泊まれる筈だ!
リベンジだ!
「こんばんは〜
泊まれますか?」
何故か小声になってしまう…。
「いらっしゃいませ
こちらは冒険者の宿でございます
ギルドカードのご∧∂∑∶をお願い致します」
「はい、これです!投げ投げ!」
思わずドヤってしまった。
「はい、∇∉∥Ω致しました
どうぞこちらへ」
おお!認められた!
やったぜ!
「あっ、料金は?」
「は?宿の∑γ∏ε∷∃は∂∟ν∠∌∶⊃∴∉∅Ωですが…?」
「え?あ…、足りる?」
「はい、もちろん大丈夫でございますよ?」
「それは良かった
では宜しく頼む」
少しキョドってしまったが、無事に部屋着に通してくれた。
部屋は一般宿と変わらんが、部屋の壁にちいさな水晶が嵌め込まれている。
水晶には何かしらの機能があるのかもな。
体が汚れているのでもう一度受付に行き、湯浴みを頼んだ。
タライかと思ったが、この宿にはお風呂があるとのこと。
日本人には嬉しい設備ではないか!
入りますとも!
「こういうことね…」
銭湯や温泉みたいな大きな湯船をイメージしてしまっていたが、小さなバスタブが一つあるだけの小さな部屋に通された。
それでも有り難いが。
早速汚れを落とし、湯船に浸かって身体の芯から温まった。
「ああああ〜生きてるせ〜シュナイデック…」
こりゃ魔法より魔法だわ。
マジ最高!
一ヶ月以上、温かいお風呂に浸かってなかったもんな。
火傷や凍傷の跡は綺麗に消えている。
切り傷や打撲の跡もないし、どこも痛くない。
すごい効果だな!
今夜はぐっすり眠れるぜ。
「う〜ん、快眠!」
何者かに襲われる心配をせずに眠れるって素晴らしい。
受付に降りて朝食を頼む。
有り難いことに部屋まで持ってきてくれるらしい。
朝食を持ってきてくれたのは、なんと最初に来たときに必死に入れまいとした女の子だった。
びっくりしてるので、すかさずギルドカードを見せる。
「冒険者になったんだ
こないだは悪かったね」
「ああ!いえ…」
少し気まずいのか、朝食をおいてすぐに立ち去って行った。
まだ怯えられてるようだが、謝れたから良しとしよう。
「今日は先ず服を買わねば!」
コートの下は裸だし、このコートもイケメンエルフに返却したほうが良いだろう。
テントが並んだ市場へ行こう。
市場に着くと威勢の良い声がそこら中から聞こえてくる。
朝のほうが活気があるのかな?
服が売ってある所に進もうとした時に、急に話しかけられた。
「やあ!君は見たところ⊆ου∟φのようだね?
これからダンジョンに潜るから一緒に行かないか?」
それは冒険者と思しき若い6人組だった…。