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89、改造しちゃうの?!

「はい、異世界からこんばんは!

 徹底投擲チャンネルの投神です!

 いま俺は怪しげな研究室でマッドサイエンティストに拘束されております!

 改造人間にされるんでしょうか?

 虫っぽいのか、メカっぽいのかどっちなの?

 新たな投げる力を得ることが出来るなら興味はあるが…

 いやいや、ダメダメ!

 両親からもらった大事な体を弄るのはダメー!

 違法改造禁止ー!

 お母さーーん!」


「投神殿、何とおっしゃったんですか?

 上手く聞き取れなかったので、詳しくお教え下さい!」


 このマッドサイエンティスト…、もといどこからどう見ても研究者って感じの残念エルフ、アオボさんはさっきからずっとこの調子だ。

 俺の事、俺の発する言葉の内容全てを記録して、理解しようとする。

 分厚い眼鏡の奥の血走った目が爛々と輝いていて、ちょっと怖い。



『ちょっとアンタ!

 この装置に危険はないんでしょうね?』


 相棒のチュイが牽制してくれる。

 チュイはギルド長との対談でも、ずっと俺を助けてくれた。

 何故相棒になって助けてくれるのか分からないが、非常に心強い存在だ。

 常に念話状態なのもすっごい助かってる。

 俺がチュイに何かしてあげられる事があれば良いのだが…。


「これはですね、投神殿の……」


 アオボさんの話しは難し過ぎて理解不能だ。

 早口だし。


 チュイからは意図的なものか分からないが、チュイが感じてる理解の上澄みが念話として流れてくる。

 それによると、俺のギルドカードを作る為に俺のことを測定する必要があるらしい。

 ギルドカードはIDカードのように個人を識別できる情報が記載されていて、ギルドでそれを読み込んだりできるらしい。

 またお金を記録する機能もあるらしく、冒険者相手のお店ならギルドカードで支払い可能だとか。

 こんなところは前の世界と同じようなハイテクだな。


 ちょっと暇だったので、ついついコイントスのように小石トスをしてしまった。


「ななななな、何と投神殿っ!

 どうなってるんですかーー?!」


 乱雑に物が置かれている研究室にアオボさんの絶叫が響きわたる。

 もうそこからは早口言葉の洪水で、俺は言語脳をシャットダウンしてしまうほどだ。


 落ち着けー。


 しばらく無の境地で小石トスを続けていると、静かになっていて測定も終わったようだった。


 アオボさんに話しかけると収拾がつかないのでチュイに念話で問いかける。


『いったい何がどうしたってんだ?』


『投神がその魔石を投げたときに数値がすごいことになったみたいよ』


『魔石?あぁ、この小石のことね

 魔石を投げて不思議投げパワーが発動したんだろう』


『不思議投げパワー、ね…

 冒険者のとは別の未知な数値みたいで、興奮してるのよ、アイツ』


『ふーん』


 アオボさんが装置からカードを取り出して近付いてくる。

 ちょっと怖い。


「投神殿、ギルドカードが出来ましたよ!

 このカードは⊄∞∂のカードではなくてですね、∨∉∈∵…………」


「はいはいはい!

 ありがとうありがとう!

 詳しいことはチュイに聞いておくよ!」


 早口でまくしたてるように話す言葉は当然ちんぷんかんぷん。

 後でチュイに説明してもらうとして、早くこの研究室から出たくなってきた。

 冗談ではなく、ほんとに改造されかねない。


「ときに投神殿、さきほど首飾りを弄っておられましたが、何か意味があるのでしょうか?」


「こ、これな!

 プロアウェイって言うんだけど、これはどう説明したら良いか…

 壊れてる可能性もあるし…」


「壊れてる?

 やはりアーティファクトのたぐいですか?」


「ん〜…」


 何と説明したら良いのだろうか。

 カメラはこの世界で見たことないし、この世界にとってオーバーテクノロジーなものを持ち込むのもどうかと思うし…。


「投神殿の世界から持って来られた物ですか?」


「俺が持ち込んだんじゃないけど、前の世界の品物だ」


「し、調べさせてもらっても?」


 うわー、食いついた…!

 ロック・オンで離さないな、こりゃ。


「…傷つけない、壊さないなら良いぞ」


 俺にもプロアウェイの状態は分からないが、アオボさんには何かしら判ることがあるかもしれない。

 プロアウェイを首から外してアオボさんに渡した。


「これは何と言うか、人の手で作り出した物とは思えない∟∪∠さですな!

 それでは………『∇Ω∣∂』」


 あ〜、鑑定とか解析という奴ね。

 壊れることはないだろう。


「な、なんと∇Ω∣∈⊄∫∌∃とは…!」


 アオボさんは何やら衝撃を受けている…。


『チュイ、彼は何と言ってるんだ?』


『解析不能なんだって

 この子レベルで解析不能なのは珍しいことなのよ』


『あ〜、前の世界の機械だからな…』


『それより早く教会に行って本格的な治療をしたほうが良いわよ』


『うん?そうか

 教会が病院も兼ねているのか』


「アオボさん、教会に行くので調べるのはまた今度にしてくれるかな?」


「今度っていつ?」


「近いって?!

 あ〜、あした・あさって・しあさって的な?」


 なかなかの踏み込みの早さで手を握らんばかりに詰め寄るアオボさんの圧がすごい。


「分かりました!

 ∇Ω∞∶∟∠∷∃に∑∶α⊃お越し下さい!」


「あ、うん、そうだね〜そうなると良いね!」


 良く分からんが、近日中にまた来なければならなさそうだ。


『行くわよ、投神』


『おう!行こう』


 チュイ、助かったぜ!



 チュイはどこかのロボットアニメのように俺の頭に鎮座して、行く方向の指示を出してくれる。

 橙色の頭がひどくお気に入りのようだ。


『先ずはその斧を一階で買い取りしてもらいましょ

 それと妾との会話は普通に声に出しても伝わるから』


「そうなのか」


『妖精族特有の念話だからね

 魔術の念話とは違うのよ』


「ふーん」


『周りに聞かれたくない内容は今まで通り、念じて話してくれれば良いわ』


「おぉ、なかなか便利だな〜」


『ふふん、妖精族はすごいのよ』


 橙色の髪の毛に埋まりながら威張ってらっしゃる。

 実際すごく助かっているからヨイショしておこう。


「流石は偉大なる妖精、チュイ様!

 素っ晴らしいー!」


『お〜ほっほっほっほ〜!』


 そんなノリで一階に降りていったから目立ってしまったではないか。

 まぁ楽しいから良いけど。

 結構遅い時間だけど、まぁまぁ冒険者がいる。



『この窓口で依頼の相談や達成報告、アイテムや魔石の買い取りとかをやってくれるのよ

 魔石もいくつか売ったはうが良いかもね』


「なるほど

 チュイはほんとに頼りになるな〜」


『おほほほほほ』


 いくつかの窓口に分かれているので、一番空いているとろこに並ぶ。

 その窓口の担当者は初老男性で少々厳しかった。

 他の担当者は若く綺麗な女性が多く、人気があるようで行列だ。


「こんにちは!この斧買って下さいな!」


 巨大な斧を掲げて見せる。

 窓口の初老男性はギロリと俺を睨み、頭の上のチュイには目礼した。


「ギルドカードを出しなさい」


「ギルドカードね!あるよ、出来立てホヤホヤのが!」


 ビニール袋に入れておいたカードを渡す。

 あ、またギロリ…。


「⊇∷∉を流してβ∪∠ε∈にかざしなさい」


「はい?」


『カードに魔力を流してその出っ張りにかざせって

 あ、投神の場合は異世界投げパワーを流すんだって

 あの子が特別仕様に改造したって威張ってたわ』


「ほうほう

 じゃ、かざしながら、よいっと」


 カードかざしながら魔石トスをする。

 またギロリと睨まれた。

 この目力はデフォかな?

 この人はギロリさんと呼ぼう。


「はい、もう結構です、投神様」


「へ〜、ちゃんと読み取れたんだ

 それでギロリさん、この斧を売れますか?」


「ギ、ギロリ…?

 投神様は冒険者にはなったばかりで?

 はっ?ロールが⊃∷∃∏∶されていないだと…?」


 ギロリさんがガビーンさんにチェンジした。

 エラーが出てるのかな?


「アオボさんに改造してもらったカードなんだけど、不具合があった?」


「アオボの改造カード?……ふむ

 あやつが絡んでいるなら、こういう事もありますか…

 それでは投神様、その斧をテーブルに乗せて下さい

 ∑∨∂致しますので」


「はい、ギロリさん」


 巨大な斧は禍々しい気配は消えているが、どこまでも無骨でクールでお淑やかなメイドさんには全く似つかわしくないものだ。

 彼女の本来の得物ではないだろうから、手放すのに躊躇いはない。


「よろしい……『∇Ω∣∂』」


 あ〜、今のは解析ってやつかな?

 こういう場合は鑑定か解析で調べるっぽいけど、何となーくどちらを使ったのか聞き取れるようになった、かも。

 文字ではなく音で覚えるしかないから、難しいけど。


「これは…素晴らしい斧ですね

 ⊆Ωδ∂の力は失っておりますが、かえって∀Ω∝∶Ωに使えるでしょう

 ∏∶√∶⊇⊇Ωで買い取りますが、いかがでしょうか?」


 あ〜、お金の単位の前に数字が分からん!

 まぁ何円でも良いか。


「良いぞ

 それで頼む」


「それではもう一度カードをかざして下さい」


「あ、はい…投げ投げ」


 チャリーン


「わ、なに?」


「カードにチャージ致しました

 ご確認下さい」


「電子マネーかっ⁉」


 なるほどね〜。

 リアルなお金を介さずに売買してたのはこういうことね。

 お金を数えられない俺には超有り難い。


「この金額で宿に泊まれるか?」


「はい?もちろん可能でございますが…?」


「そうか、良かった

 チュイ、今日はもう遅いから宿に泊まろうか

 ………ってチュイ?」


『えっ?

 あぁ、投神…

 妾はちょっと妖精界に戻らなくてはならないようだわ

 また来るね!バイバーイ』


 バイバーイって、オイ!



 フッと頭の上のチュイの感触が消えた。


 取り残された俺は、ギロリさんと向き合ったまま呆然とするしかなかった…。


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