85、置いてけぼり
フウが突然消えた。
原因は自分のセクシャリティを他人から暴露された為だろうか…。
カミングアウトは非常に難しい繊細なものと聞くし。
どこかのギルドで出会ったグラップラーのハオファもそういうマイナーなセクシャリティを持つ者だったし、この世界ではオープンなものなのかなと思っていたのだが…。
分からん。
フウが肉体的には男性とは知らなかったし、確かにショックは受けたが、ただそれだけだ。
それでフウの事が嫌いになったり、避けようとは思わない。
フウと恋人という関係になりたいかと言われれば、よく分からないが…。
そもそも、フウが俺の事を特別な存在と思っているのかも分からないのだから、今はそんなところにまで踏み込んで考えられない。
フウが跳んで消える際に九ノ一も一緒に消えていったが、あれはパーティーを組んでいたからだろうか。
確か冒険者じゃない俺はパーティーが組めず、ゲストでしか一緒に跳ぶことはできないとか、なんとか。
フウにゲストを切られたのか…。
こうして独り置いてかれると、縁を切られたように思えて悲しくなる。
せめてユニットとしてはまだ繋がってると信じたい。
心も痛いが、身体中も痛い…。
あのお喋り野郎の炎の洪水みたいな魔術には死ぬかと思ったが、角石と縞石で地面の岩盤に穴を掘り、その中に入って内側から岩盤を花崗で凍らせまくった。
なんとか丸焼けになるのは防げたが、体の場所によっては酷い火傷と花崗による凍傷を負っている。
アクエルオー様の水で治療しているが、普通なら死んでしまう程のダメージだ。
せっかくの橙色の服が全て焼けてしまい、橙色の髪の毛もチリチリだ。
あのお喋り、許すまじ!
いかん、今は眼の前のメイドに集中しよう。
命を賭して戦う者に失礼にあたる。
置き去りにされた者同士、ヤり合おうか。
このクール美メイドには似つかわしくない巨大な斧からは禍々しい気が漏れ出している。
これはゴブリンの王の大剣と同じ感じだ。
凄まじい力を持ち主に与えているのだろう。
メイドからはあのゴブリンの王よりも遥かに強いオーラが発せられているが、何となく斧とメイドに一体感がなくそれ程脅威には感じない。
斧の先端にまで、まるで身体の一部のように神経が行き渡っている、という気配がないのだ。
使い慣れて身の丈にあった武器を選ばないと身を滅ぼすぞ。
「お前はその武器で良いのか?」
気になって訊いてみた。
メイドはほんの少し驚いた様子を見せたが、すぐに無表情に戻った。
「はい、私に選ぶ権利はございません
不束ながらこの斧で投神様のお命を頂戴致します」
「その意気や良し
…投神、参る」
もう何も言うまい。
彼女の覚悟を尊重しよう。
ボロボロの体に鞭打って、縮地でメイドに接近。
「くっ!」
ほう、反応したか。
しかしそれはメイドが反応したのではなく、斧が反応したような動きだ。
両手持ちの巨大な斧が有り得ない程の速度で降り下ろされる。
だが、単純な円の軌道。
避けるのは容易い。
「がっ!」
振り下ろした態勢から斧を無理やり跳ね上げる。
負荷がかかり過ぎて腕の骨が折れているにも拘らずだ。
斧に意思があるように。
斧が俺の血を求めるように。
関節の意味がなくなった腕は鞭のようにしなり、スピードがさらに増して、軌道も読み難くなった。
美メイドは顔を歪め、激痛に耐えている。
よく見ると顔がやつれてきたというか、干からびてきている。
限界だな。
終わらせてやろう。
痛みを感じさせないように、一瞬で。
「天現捨投流 慈悲涅槃投げ」
シュンッ バンッ!
振り下ろしに合わせて懐に入り、投げを打つ。
背中から地面に投げ落とした。
脊椎と後頭部に強い衝撃を与え、痛みを感じさせずに命を断つ。
メイドはまた少し驚いた表情を浮かべた。
するとそこにぐにゃりと腕が動き、禍々しい斧が振り下ろされてメイドの首を跳ねた。
「こ、この!」
俺は憎たらしい斧に石英を投げつけ、禍々しい気配を消し去った。
二人の神聖な戦いの最後に水を差されたようで少し心残りだが、斧の前に彼女の命は俺が奪っていた。
それは事実だ。
その事実が誰にとっての救いになるのかは分からないが…。
せめて俺だけは胸に刻む。
呪われた斧、宿命を受け入れて透明な殺意で俺と戦った美しい女性が居たことを。
俺は無性に彼女を置いて逃げたお喋り野郎に腹が立った。
彼女が命をかけてでも逃す程の価値があいつにはあったのだろうか。
次は問答無用でいかせてもらうぞ。
痛む身体を引きずり、石を回収する。
メイド以外の者の亡骸がいつの間にか消えていた。
モンスターと違って何も残さずに、地面に吸収されてしまったように何も痕跡がない。
このダンジョンの養分にでもなるのだろうか。
ダンジョンの一角にまた魔法陣が輝く。
新たな敵か?
それともフウが帰ってきてくれたのか?
「投神殿、⊄∶√∶か?!」
「投神サマ!」
「投神くん、生きてる?」
「戦いは終わったようだな…」
お〜、街に連れてきてくれたパーティーだ。
その節はどうも。
「投神殿、探したぞ!」
「投神くん、急にいなくなっちゃうから…」
「探したにゃー!」
「はぁ…」
あれ?
俺は放り出されたような?
フウと出会わなかったら、野垂れ死んで…はいないと思うけど、大変でしたよ?
何か俺が悪かった感じなの?
「…とにかく∞ηφυを」
イケメンエルフが白い眼(当社比)で呟く。
「あ、そうだね!……………………『∇Ω∬∶Ω∆∂⊄∈』」
天使ちゃんが魔術を俺に放つ。
光りに包まれ暖かいがむず痒いような不思議な感覚が俺を襲う。
「ぬわっ?!」
ビキビキと音を立てて皮膚が再生していく。
アクエルオー様の水とは全然違う、何か理不尽に身体を弄くられる感じだ!
髪の毛も伸びるんだ?
光りが収まり、回復魔術が終わったようだ。
瀕死の状態は脱したが、何だかめちゃめちゃ疲れたぞ…。
立っているのが辛くて地面に膝をついた。
「あれ?効き目があんまり良くない…」
天使ちゃんが首を傾げている。
イケメンエルフが全裸の俺にコートをかけてくれた。
気が利くな…。
君は天使エルフに昇格だ。
「街の∈Ζυ∇∂に行って⊆Ω∇∟∨∈な∞ηφυをしよう」
相変わらず鎧美人の言葉は分かりにくい。
どこかに行くのは良いんだが…
「フウが何処にいるか知らないか?」
俺の問いかけに皆が微妙な顔をする。
「俺はフウとユニッ…」
また地面に魔法陣が輝いたので、口をつぐむ。
誰かがやってきたようだ。
現れたのはフウと消えた九ノ一と、九ノ一と同じ忍者っぽい者たち。
それに光り輝いて飛び回る虫のようなものがいる!
『誰が虫よ!アンタ失礼ね!』
うおっ!念話だ!
『あら?アンタ、念話の通りが良いわね…
持たざる者だから?
それとも異世界人だから?』
そう念話を飛ばして俺の目の前で浮いているのは、まさしく“妖精”という姿の小さな女の子だった。
20センチほどの身長で背中には羽が生えていてパタパタと動かしている。
年齢はよく分からないが整った顔をしていて、くるくるとよく動く大きな目がイタズラっぽく俺を見つめている。
小さいながらも美しい花のようや服を着ていて、片手には植物の根のような小さな杖を持っている。
『妖精さんか?』
『そうよ、妖精族よ
こんど虫なんて言ったらアンタ吹っ飛ばすわよ!』
『悪い悪い!
妖精族と会うのは初めてだったんだよ』
『ふーん…』
羽を動かしてはいるが、さほど揚力を生むものではなさそうだから魔法的な何かで飛んでいるのだろう。
光ってるし。
『俺は投神だ
宜しくな!』
俺はついいつもの癖で握手をしようと手を出してしまった。
『…ふんっ!』
差し伸べた手を睨んでから、その妖精の少女は俺の腕に降り立った。
軽いな!
あれ?外野がザワついとる…。
何か俺はまた変なことをしたんだろうか?
この妖精の少女からは嫌な感情が伝わってこない。
むしろ緑豊かな森で深呼吸したような清々しさを感じる。
良かった。
あの陰険王子みたいなドロドロしたもんが流れてこなくて。
ちょっとトラウマです。
『ふーん、アンタ面白いわね!
喜びなさい、相棒になってあげるわ』
『おう!相棒か、良いな』
【チュイ・ゾゾムと妖精之契を交わしました】
『チュイって言うのか、宜しくな!』
『ふんっ…、よろしく投神』
つっけんどんな態度ながらも、チュイから伝わってくるのは嬉しいような楽しいような心地よい感情だ。
「「「「はあ〜〜〜???」」」」
状況についてけない周囲の者たちが遂に一斉に大声を上げた。
…何か問題でも?