84、吟遊詩人フウ
「ひーひひひっはははッハァ!」
魔剣士が狂ったように笑っている。
私のことを『双極のフウ』と呼んだことに不安を感じてしまう…。
この声を聞いていると、とっくの昔に乗り越えた筈の葛藤の茨が、いまだに私を締め上げ、棘を食い込ませているのを無理やり再認識させる。
…やめて。
何かが壊れそうだ!
「その不快な笑い声をやめなさい!」
「手前ぇこそ『不快』だぜ、両極ぅ……ッハァ!」
「なん…?!」
「投神とつるんでるようだが、投神とはもうヤッたのか?」
「………」
「それとも…まだ自分が男だって言ってねぇのか、フウさんよぉ?!」
顎を上げて、勝ち誇ったように暴露された。
隠してた訳じゃない。
投神とはそんな仲でもない。
古い冒険者なら、みんな知っているし…。
でも、投神には自分から伝えたかった。
期待……、していた。
体は男性だけど、心は女性の自分を受け入れてくれるんじゃないかと。
理解してもらえない、受け入れてもらえないかも知れないけど、二人の関係を大事に育んでいきたかったんだ。
それを残酷に踏みにじる魔剣士。
それを憎いと思えば思う程、投神への想いの強さに気づいてしまう。
「いけねぇなぁ、両極さんよぉ
今の世の中はソッチはご法度なんだからよ
ちゃんと最初に説明しないとマナー違反じゃねぇか、ッハァ!」
「私たちはそんな関係じゃない」
「今は、な!
実は期待してんだろ?
投神が『伴侶』になることを!
そうやって悪堕ちさせる訳だ!」
「そ、そんな!
私は悪堕ちしてない!」
「だから今は、つってんだろぉが!
手前ぇのような同性愛者が悪堕ちすんのはみんな知ってるんだよ」
「それは…」
「神職でもねぇ俺らに神の声は聞けねぇ
ステータスを通してしか神の意思を推し量れねぇのさ
悪堕ちするってことは、神からの断絶!
この世界に存在することを否定されてる
手前ぇは投神をそっち側に引き摺り込む気なのさ!」
「私は……」
駄目だ…。
言い返せない。
投神のほうを見ることができない。
私は長い間、自分を偽って生きてきた。
高レベル黒魔術師としてダンジョンや魔人との戦いに参加し、名を馳せていた。
でも私の心は満たされることはなかった。
自分の心の在り方に確信がいつも持てなかったからだ。
同性であるパーティーリーダーの事が気になってしょうがない。
戦乱の世にあって多産が推奨される風潮があり、同性愛は忌み嫌われていたし、そんな世界があるなんて知らなかった。
私たちパーティーはランクを上げ、ついにEXダンジョンに挑んだ。
このダンジョンを潰すことが出来れば、戦争に勝利できると言われている。
私たちは綿密に準備を整えダンジョンに立ち向かったが、あっけなく敗れ果てた。
異神の影を踏んだのだ。
意識のないリーダーを抱きかかえ、必死に頭を垂れて影に許しを乞う。
興味をなくした影が通り過ぎたとき、生き残っていたのは私だけだった。
彼を失って漸く自分の心に気がついた。
私は彼を愛してたんだ。
もう少し早く気付けば、この結末は変わっていたかも知れないのに…。
積み重ねてきた選択が、全て、間違えてたんだ。
静まり返った薄暗いダンジョンで、冷たくなった彼をいつまでもいつまでも抱きしめた。
いつしか私は子守唄を歌っていた。
そして遂に彼の体がダンジョンに還元されて消え失せたとき、私は自分のステータスの性別が“女”になっていることに気付いた。
神から自分が女であることを告げられたような、認められたような、それでいて何故もっと早く教えてくれなかったのかという怒りが湧いてきた。
私は街に戻り、黒魔術師のロールを捨てて吟遊詩人になった。
女性の姿で。
彼の鎮魂と、歌を通して神に問う為に。
ソロでダンジョンに潜り、神に歌い問いかけて長い時が過ぎた。
吟遊詩人は神賑でも経験値を獲得でき、いつしか高レベル冒険者に戻ったけど、未だに答えは見つからないまま。
長い時を経て私は探している。
こんな心の在り方を認めて、共に歩んでくれる者を。
そして投神に出会った。
この世界にはない感覚を、常識を持つ投神に、いつしか期待を持っていた。
それなのに卑怯にも伝えなかった。
私という人間の心の在り方を。
私はまた間違えたの…?
「フウ、偽って近付くのは“悪”だろう?
手前ぇに投神の隣にいる資格はねぇんだよ!
ハーハッハッハッハァ!」
私は打ちひしがれ、立っていなられなくなった。
座り込んで両手で顔を覆う。
「フウ…?」
投神が私に近づこうとする気配を感じる!
やめて!
見られたくない!
何も話したくない!
今は…!
今だけは!
「……『瞬間移動』」
私は顔を伏せたまま転移の呪文を唱え、彼の前から逃げ出した…。
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「クックック、ッハァーハッハッハァ!
逃げたぞ!吟遊詩人と忍者が逃げた!
ざまぁねぇな
これで歌による支援はなくなった!」
投神は何が起こっているのか分からないのか、呆然としている。
フウの野郎は忍者とパーティーを組んでいたようで一緒に転移していった。
取り残されたのは投神ひとり。
やっぱり俺はツイてる。
ヤるなら今だ!
「ティシィ!例のアーティファクトを使え!」
「ご主人様、残念ながら呪いにより使用できません」
「ちっ、使えねぇな!
仕方がねぇ、俺がヤる!」
直接戦闘は敵わねぇのは分かってるが、範囲魔術ならヤツにダメージを与えられるはずだ。
「…………黒魔術第八階位『火炎豪流陣』」
魔剣士は黒魔術も使える。
当然、本職の黒魔術師の威力には劣るがな。
紙装備で無職の投神には回避できる訳がねぇ!
俺に恐怖を与えた手前ぇは生かしちゃおけねぇんだ!
「消え失せろっ!」
ゴオオオオオォォゥゥ…!
荒れ狂う大河のように激しい炎がダンジョンを満たす。
この激流には耐火魔術防御を持たない者など一瞬にして消し炭と化すだろう。
勝った…!
やはりロールを持たない者なんざ、恐れる必要はねぇんだよ!
あの訳の分からない異質な恐怖を絶つことができて、認めるのは癪に障るが、俺はひどく安心したのだった。
荒ぶる炎の海は魔術効果時間が過ぎて唐突に消え失せた。
本物の火ではなく、仮初めのもんだからな。
このダンジョンの一角は第九階位と第八階位の相次ぐ大規模黒魔術攻撃を受けて、激しく損傷している。
まぁ二、三日もありゃ、ダンジョンが勝手に直しやがるからどうでも良い。
「どれ、投神の骨でも拝んでやるか、ッハァ」
瓦礫が散らばったダンジョンを投神が居た辺りまで進む。
「この辺のはず…」
バガンッ!グシャ!
「ぐはぁっ!」
地面に転がってたでかい岩盤が、凄まじい勢いで飛んできて俺を押し潰しやがった!
両足の骨が折れちまってる…。
投神がやりやがった!
何で生きてるんだ?!
ヒュー、ヒュー、ヒュー…
さらにボロボロになった投神が岩の下敷きになっている俺を見つめている。
ベルトと白い袋しか身に着けておらず、燃えカスと血で全身がドス黒く、肺まで焼かれているに違いない。
そんなボロボロの投神だが、近付いてくると恐怖で俺の体が強ばってしまう。
「く、来るんじゃねぇ!
ティシィ何とかしろ!」
「…承知致しました
ここはお逃げ下さい、御主人様」
「何だと?!」
「私では恐らく投神様には勝てません
この緊急脱出用アイテムをお使い下さい」
そう言ってティシィは帰還の翼に似た靴を俺に投げ渡した。
「お前はどうすんだよ?!」
「私は投神と戦います
どの道、この斧による呪いで死ぬまで戦うよう強制されております」
「なんだと…」
「御主人様、盟主様に投神の危険性を確りとお伝え下さい
この者はかの予言の者の可能性もあると」
「お前ぇ…」
盟主から来た煩わしい見張りだと思ってたが…、良い女じゃねぇか。
しかし、悪いが俺はこんな所でくたばって良い奴じゃねえ!
俺様は俺様に相応しい世界を作らねばならない。
選ばれた人間なんだ!
「後は任せた!……『脱出』」
俺はアイテムを使い、この場を脱出した。
もしティシィが生きてたら、このお礼にたっぷり可愛がってやるさ。
まぁ、無理だろうがな。
……あばよ、ティシィ!
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「……さて、戦いましょうか、投神様」
美人のメイドが禍々しい巨大な斧を構えている。
そんな細腕で何故振り回せるのかは不思議だ。
しかしメイドの目に迷いはなく、殺意のみが見える。
これは応えなくてはなるまい。
あの消えていったよく喋る黒尽くめの野郎より、戦うに足る戦士だ。
「良いぞ、やろう」