82、生命を投げだすな!
「今日も楽しかったね!」
「そうだな、フウ」
フウと俺は午前中はダンジョンに潜ってモンスターと戦い、昼はゆっくりと過ごして夕方からのバスキングに備えるという生活をこの数日は過ごしている。
バスキングは毎回違う街に来てやっている。
そのほうが観客も演者も飽きがこなくて良いらしい。
それでも噂が回るのか、同じ観客がついて来てるのか分からないが、パフォーマンス中に声を掛けられることが多くなってきた。
多分だが、『八つ石!』とか『橙色!』という掛け声が上がっている。
なんか歌舞伎役者になった気分だ。
このままフウとやっていければ楽しいだろうな。
フウがどう思っているかは分からないが。
なんせこの世界の男女の関係も分からないし、お互いに微妙なニュアンスが通じ合ってるのか確信が持てない。
だから俺とフウの関係が恋愛に発展するのかが分からないんだ。
きっと恋愛って心の細かいところが合致するのかを言葉や態度で探り合うのだ。
その言葉を抜きに進められるのか…。
なんか10代に戻ったみたいな臆病さだけど、まだ何も答えを出したくない。
始まってすらいないのかもしれないし。
今が楽しければ、それで良いのだ。
フウは人々が納めた奉納金を頂き、また改めて奉納する。
そしてそれをざっくり二等分して俺に渡してくれた。
「ありがとう」
「ふふふっ、これは投神が神から授かったものなんだから、ありがとうは要らないのよ」
「そうか…」
その時、急に人の気配が現れた!
「何奴⁉」
俺とフウがほぼ同時に戦闘態勢になる!
投げてなかったから察知できなかったな。
「投神様とお見受けする
申し訳ございませんが、オウブルのギルドΤ∃∠∂により、私と一緒にオウブルのギルドまで∧∶∌∶∶∨∷∃∬∉∆∃願います」
そう言ってお辞儀をする黒尽くめの女性。
この雰囲気は…。
「九ノ一か…」
思わず呟くと、微かにぴくりと反応してそっと俺の顔を伺う。
失言だったかな?
この世界では差別用語になってたりするかも知れないから、気をつけないと。
「投神に何のΥ∃⊄∵?」
フウは黒尽くめの女性をキッと睨みながら問うた。
「ギルド長がお話しをお聞きしたいそうでございます
未だ見ぬ∧⊅∂∟Ωの皆様もお待ちでございます」
「知ってるのか?投神」
「分からん」
「Τ∃∠∂なら断っても問題ないよね?」
「構いませんが、フウ様のギルドでのお立場が…」
「私の立場なんてどうでも良いよ
ΑΤ⊇∀しないでくれるかな!」
「………」
いかん、剣呑な雰囲気だ。
俺に用があった筈なのに、何故かフウとバトルに発展しそうな感じだ…。
フウの立場は悪くしたくない。
「フウ、落ち着け
よく分からんがギルドに行けば良いのだろう?
行くから双方落ち着け」
「投神…」
「フウ、ちょっとギルドに行ってくるけど、また俺とやってくれるよな?」
俺は石を軽く上に投げた。
「あぁ、もちろんさ
だけどギルドへは私もついて行こう」
「そうか、ありがとう」
フウはギルドという所に対して不信感が強いようだな。
異世界投げパワーが発動したからか、この九ノ一以外にも見張ってる奴らがいるのに気付いた。
5、6人はいるようだ。
ここで断ってもずっと見張られるだけし、サクッと問題を解決しよう。
「それではゲートダンジョンの方へ
そこから私と跳んで頂きます」
「良いぞ」
俺とフウは九ノ一に先導されて街外れのダンジョンに入った。
「あいつらは一緒に行かないのか?」
思わず見張っていた九ノ一の仲間のことを訊いてしまう。
「ん?誰のことだ、投神?」
「あ、いや、何でもない…」
「………」
あいつらがずっとあの街に居て見張りを続けられるのは気分が悪いが、もう雰囲気は覚えたし良いか。
投げを切らさなければ、どうとでもなる。
「さぁ、跳ぼうか!」
誤魔化すように、元気よくフウの手を握った。
「ちょっ、もう、投神…!」
不意打ちを食らったフウは少しアタフタともがいた。
「むっ?!」「あれ?」
ダンジョンの入り口付近が光り輝く。
何度も見た魔法陣だ。
転移の魔術が使える者は街に最寄りのダンジョンに移動してくるから、こうして鉢合わせることは多いのだろう。
光が収まり、そこには6人の冒険者が立っていた。
「戦いか!∈Δ∃∑∋か!」
九ノ一が鋭く問いかける。
「戦いに決まってるだろ〜、ッハァ!
探したぜ投神ぃ〜!」
見覚えのある黒尽くめの剣士が殺気を隠そうともせずに獰猛な笑みを浮かべながら答えた。
九ノ一が俺たちをかばうように前に出て構える。
片方の手は懐に突っ込んで何かを操作した。
「投神様、フウ様、臨時パーティーを!」
「了解!…でも投神は冒険者じゃないわ!」
「はっ⁉で、ではゲスト申請を…」
「遅ぇ!殺れ、エンマ!
開幕・最終究極魔術爆発だ!」
「………爆発しろ!『ハズィーロ・リ・アージュ』」
女魔術師の呪文が完成した瞬間、太陽の如き輝きが目の前に生まれた!
思わず手で顔を遮る。
そして何もかもを破壊する大爆発ー
音さえも崩れ去った世界は破壊という残虐な真白に塗り潰された…。
薄れゆく意識のなかで、黒い剣士の高笑いを聞いた気がする。
『っっぷはぁっ!ゲホッゲホゲホ…』
『おぉ〜生きてたか、ワタル〜』
『俺を殺す気か⁉』
『いやぁ悪い悪い〜、ちょっとなぁ』
『ちょっとで殺すな!』
これは秘匿道場でお師さんに技をかけられて死にかけた時の記憶か…
締め技と投げ技が一体になった危険なもので、道場の床板に激しく叩きつけられて心臓が止まってしまったのだ
お師さんは心臓マッサージをして蘇生してくれたが、一歩間違えばそのまま俺の人生は終わっていただろう
『なんつー危険な技を掛けやがるんだ!』
『危険な技しかないのが我が流派なんだから、仕方がないじゃん?』
『そっかぁ、そうだよね…
なんて仕方ないで済ませんぞ!この野郎!』
『うるせぇな!蘇生してやったんだから良いだろ?
ってゆーか、自分で蘇生しろっつーの!』
『はっ?!俺が悪いの?』
『ワタル、お前ぇ諦めなかったか?』
五月蝿そうに片耳に指を突っ込んでたお師さんが、急にギロリと睨んでくる…
『えっ?!』
『俺の人生はここまでか〜とか、よく頑張ったな〜とか
自分を納得させて満足しちまったんじゃねーか?』
『そ…、そんなん覚えてない…し…』
『いいや!お前は自分の生命を投げたんだよ』
『な…!』
『流派の使い手なら諦めんな!
最後の最後まで汚泥にまみれてでも生を掴め!
例えお上に死ねと言われても、意地汚く戦って勝ち残れ!
それが我が流派の理念だろうが
戦略なんか知ったこっちゃねー、戦う者は目の前の敵を倒して生き残る事こそが奥義よ!
ワタル、お前は生き抜け!
自分の生を、運命を投げ渡すな!』
『お師さん…!
それを教える為にわざと心臓を止めたんですか…』
『いや、あれは加減をミスった』
『死ねっ!』
俺は怒りに身を任せて飛びかかる!
『死なんっ、返り討ちじゃ』
ズダーンッッ!
『あ、またやっちまった…』
あの野郎!許すまじ!
何度も臨死体験させやがって!
絶対にいつかボコボコにしてやる!
このままでは終われない。
投げ出すな!
俺は…
俺は!
「生きてるぜ!シュナイデッークッ!」