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80、出会い

「投げろっ投神!」


「よいしょ」


 シュンッ ズバンッ!


「ナイス!」


 四足の獣のようなモンスターの群れを遠距離から縞石を投げて殲滅した。

 ダンジョンの作法が分からないのでフウに号令をかけてもらっている。


「凄いな〜、投神は!

 あの距離で攻撃できるなんて…」


「そうか?」


「そうだよ?!

 私たちの…えと、マジックの力はあそこまで届かないんだよ

 全てね」


 フウによると魔術などのこの世界特有の不思議パワーは、ダンジョン中に漂っている目に見えないほどの小さな物質に関与して発揮されるらしい。

 で、その関与できる範囲はだいたい25メートルほどのようだ。

 だから4、50メートルも離れておけば、俺なら一方的に遠距離で攻撃を加えることができる。

 卑怯?

 最高じゃん!


「これで私のバルドの歌が君に()()ば最高だっのにね…」


 フウの歌は味方の力を上昇させる効果があるらしいんだが、何故か俺には効果がないらしい。

 逆に能力を下降させる歌も効果がないらしいのだが。

 フウ曰く、バルドの歌は相手の魔声帯や魔を操る器官?に関与して効果を発揮するものらしく、持たざる者の俺には『何も響かない』とのことだ。


 フウは何故か恨めしい顔をしている。


「いいじゃないか、フウ

 俺はフウの歌声が大好きだよ」


 音楽のことは詳しくないが、前の世界では有り得ない不思議で美しい声。

 それを紡ぐフウはダンジョンの中に在ってそこだけが輝いているように美しい。

 この情景を見れただけでも、この世界に落とされた価値があるような気がする。


「もうっ投神ったら!」


 フウは顔を赤らめながらプンスカ怒った。


「はははっ、また次の群れがくるよ」


「えっ…、投神、構えっ!

 …………投げろっ!」


「ほいよっ」


 こうして俺達はダンジョンを巡り、小石や溶け残りのアイテムを集めていった。






「たった半日で凄い量のアイテムになったね!」


「そうか?」


「うん、街のギルドでお金に換えてもらおう」


「良いぞ」


「じゃ馴染みの街に跳ぶから…」


 そう言って手を差し出す。

 照れくさいからあえてガッと握ってやった。


「ふふふっ」


 フウは何言かを唱え、光に包まれる。

 浮遊感。

 手を繋いでいるから安心だが、急流に流されるようで手を離すともう会えなくなるんじゃないかと恐ろしくなる。

 この流される感じは、この世界に落ちてきたときと同じ感じだ。

 まぁ、もっと激しかったが。

 この魔術の強力版があれば元の世界に帰れるかもしれないな…。

 俺は魔術を使えないらしいが、誰かに使ってもらえれば、或いは…




「投神、着いたよ」


 少し顔の赤いフウが俺の顔を覗き込んでいる。

 近い!


「あ、あぁ…すまん」


 手を握ったまま突っ立っていたようだ。

 ハズい!


「ここはオ・ジィオーの南の街、ナジョウのゲートダンジョン出入口だよ

 さあ、街に行こう」


「おう」


 また別の街だ。

 今までより少し大きいか?

 街の造りは他の街と一緒で、ぐるりと城壁に囲まれており、門の付近にはバラックが立ち並んでいる。


 門を通り抜ける際には兵士に鑑定をかけられたが問題はなかったようだ。


「お腹が空いたけど、先にギルドね」


 ギルドかぁ…。

 忍者先輩がギルドで他の冒険者に絡まれた時に返り討ちにする為の作法を力説していたような記憶があるが、はっきり覚えてない…。


 フウがいるからトラブルには発展しないだろうが。

 街の中でも、このかなり大きめでしっかりとした建造物がギルドらしい。

 中に入ると大勢の武装した厳つい面々がたむろしている。

 あ、この人たちに喧嘩を売られるって訳ですね。


 いくつかの受付のような窓口があり、その列の最後尾に並んだ。

 賑やかだが、剣呑な雰囲気はない。

 残念。


 俺たちの番がきた。


「∈∶ΩΟ……」


 フウが美人の職員に話しかけるが、ほとんど聞き取れない。

 やはりいつもは俺が分かりやすいように、かなり工夫して話してくるているようだ。

 フウがアイテムを台に乗せたので、俺も今日の分をリュックから取り出す。

 ついでにあの孤独なサバイバル時代に得た小石も少し出してみた。


 職員さんが驚いてる?いや訝しんでいるのか…?


「これもお金にしちゃって良いの?」


「あぁ、宜しく頼む」


 職員さんには怪訝な顔をされたが、俺にはお金が必要なんです!


 フウは職員と会話し、大量のコインを出してきた。


「はい、これが投神の分ね」


「こんなに?」


 職員の出してきたコインの大半をフウは渡してきた。


「投神の出したのがすごく良いものだったんだよ」


「そうか?

 これで服を買えるか?」


「買える買える!

 ご飯を食べた後に市場に行こう」



 その時ギルド内に大きな歓声が上がる。


「なんだ⁈」


「あ〜、あれね…」


 大勢の冒険者が集まっている一角には神殿にありそうな神々しい箱が鎮座しており、蓋を開けて冒険者が何かを取り出している。

 キラキラと輝く大剣だ。

 皆、それを見て歓声を上げたようだ。


「あれはどう言えば伝わるかな〜

 私たちは『グワーチャー』って言ってるんだけど

 さっきの小さい石をいっぱい入れるとアイテムが現れるんだよ

 で、どんな物が出てくるかは分からなくて、良い物もあればそうでない物もある

 運試しかな」


「ふ〜ん、お祭りの屋台の当てクジみたいだな」


「あぁ、そうそう、そんな感じ

 何か良い物が出たんじゃないかしら

 あっ、あの冒険者は…!」


 大剣をかざして周りに見せているのは大柄の冒険者で、フウには心あたりがあるようだ。

 すると向こうもフウに気付いたようで駆け寄ってくる。


「あら、フウじゃないの⁈

 久しぶり〜!∉∶Ω∈にしてた?」


「ハオファちゃん、久しぶりね」


 どうやら女装家というか、心は女性で体は男性という方のようだ。

 前の世界ではそういうLGBTQの心の在り方を持つ友達もいたから、そういう意味で驚きはないのだが、それよりも鍛え上げられた肉体を惜しげもなく披露しつつも女性の美しさを追求しているギャップが凄い。


「見てよフウ!

 かなりのレアもんよ!

 ∧∃∟の私には⊃∠Η∃のないものだからパーティーメンバーに譲るか、⊂∶∂∇Δδ∋だけどね」


 軽々と大剣を振り回して見せる。

 しかしこの感じは剣士ではいな。

 獣娘と同じタイプでメインが素手のファイターだ。

 こちらのほうが強い気がするが。


 彼女の力量を値踏みしてると、目が合った。


「あら?こちらの中々良い身体のかわいいメンズはどなた?」


「ふふふっ、彼は投神

 ユニットを組んでるのよ」


「へぇ〜、あのフウがユニット…!

 かなり出来る子なのね」


「えぇ!彼のパフォーマンスは素晴らしいわよ!

 それに冒険者としての力も素晴らしいわ

 持たざる者だから冒険者ではないんだけどね」


「えっ、持たざる者…⁉

 待って、それよりもアナタがそんなに他人を褒めるなんて初めて見たかも」


「それほどの子なのよ」


「あなたのアレなの?」


「ふふふっ、それはこれからどうなるかしら」


「そう……

 初めまして、投神ちゃん

 私は∧∃∟のソンズよ

 でもハオファと呼んでね」


 ハオファは手を差し出してきたので、固い握手を交わした。

 ほうほう、なかなかヤる手をしてるな。


「初めまして、ハオファ

 少し言葉が通じないところがあるのだが、許してくれ

 宜しくな!」


「あら、この子…」


「いい子でしょ?」


「ええ…

 フウ…、この子ならきっと大丈夫よ…

 アナタが探し求めてた者に今度こそ出会えたのかもよ」


「ハオファ…」


「それにこの子、強いわね!

 冒険者じゃないってことだけど、冒険者ならレベル200オーバーって感じがするわ」


 ハオファは手を離して俺の力量を探るように眺めた。


「ハオファも、強いな!」


 ハオファさんはニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。


「…ヤる?」


「手合わせか?

 ヤろーヤろー!」


「ちょっと二人とも!

 これからお昼ご飯でしょ」


「あ、あぁ」


「あっ!私もパーティーメンバーを待たしてたわ!

 またね!フウ、投神ちゃん!」


 ハオファは大きな身体を軽々と操って、彼女のパーティーメンバーと思われる一団のところに戻って行った。


「まったく…

 行こう?投神」


 これ以上、誰かに絡まれるのが嫌なのかフウは俺の手を引くと、そそくさとギルドを出た。



「もう投神ったら

 ハオファはこの国でもトップクラスの∧∃∟…なんて言うのかしら、グラップラー?そうグラップラーなのよ

 いくら投神が強くてもケガをするわ」


「そうか」


「それに…」


「それに?」


「いえ、何でもないわ

 向こうお店のθυ…食べ物が美味しいのよ、行きましょ!」


「あぁ」


 フウに連れられて行ったのは食べ物の屋台が立ち並ぶところで、フウはその中から饅頭のようなものを勧めてきた。

 小麦粉みたいなでん粉質の生地の中に、肉や野菜の餡が入っているようだ。

 物価が分からんが、庶民が気軽に食べているので高価なものではないだろう。

 店頭に並んだ饅頭を指差し、手持ちのコインを見せた。


「これを一つくれ」


「はいよ〜」


 店員さんは饅頭を薄い木の皮のようなものに挟んで渡し、俺の手のひらからコインを取ってお釣りを乗せた。


「ふふふっ

 おじさん、私にも饅頭を一つ下さいな」


「はいよ〜」


 なるほど、饅頭は饅頭で通じるのか。

 注文の仕方も大丈夫そうだが、コインの価値がわからん。


「食べよ、投神」


 俺たちは店先の簡易なベンチが並んだ場所に座り、饅頭を食べた。

 前の世界の饅頭と似ていて美味しい。

 表面は一度揚げているのか、パリっとしているのだが、その薄皮の下はしっかりとしたパンのような生地だ。

 中身の肉汁や揚げ油が染み込んでいてジューシーである。

 餡は羊肉に近い独特な風味があるがコクがあり、香りの立つ野菜が強い旨味の中に爽やかなアクセントになっている。

 これは癖になるうまさだ!

 あっという間に平らげてしまった。


「うまい!おやじ!もう一個くれ!」


「はいよ〜」


「ふふふっ、気に入ったみたいだね」


 これぞ文明の味だ!

 街に来て良かった…!


「泣くほど…」


「余は満足じゃ…!」


「ふふふっ、良く分からないけどお勧めして良かったわ」


 その後、俺はさらにもう一個の饅頭と飲み物を頼んだのであった。




「じゃぁ、次は服だね」


「あぁ、宜しく頼む」


「オッケー」


 オッケーも通じるのか。


 服などの日用品が売っている屋台が並ぶ一角はすぐに着いた。

 全て古着だ。

 当たり前か。

 服のセンスは持ち合わせてないので、実用的でサイズが合っているのを選択する。


「投神、今日もやるでしょ?」


 フウはそう言ってジャグリングのジェスチャーをする。


「あぁ、良いぞ、やろう!」


「じゃこういう感じのも良いかも?」


 フウが勧めてきたのは舞台衣装のように派手なオレンジ色の服だ。


「良い…

 良いじゃないか!フウ!」



 尊き橙色の服があるなんて、運命の出会いとしか思えない。


 この世界の服飾文化……、やるじゃないか!



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