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79、ギルド

「む、ここは何処だ?」


 フウと手を繋いでドキドキしていると、風景が変わっていた。

 ドキドキしていて気付かなかったが、転移したようだ。


「∑ε…、ワープして少し難易度の高いダンジョンに来たよ」


「フウはワープを使えるのか」


「こう見えてバルドの前は∉…、ブラック・マジシャンのロールを極めてたんだよ?」


 ブラック・マジシャン、黒魔術師ね…。


「この世界は英語が通じるのか?」


「え…?えいごが何か分からないけど、投神は昔に使われてた言葉のほうが伝わりやすいところがあるから、それに言い換えてみたんだけど?」


「昔に…」


「私も単語を少し知っているだけだから詳しくはないんだけどね」


「なるほど…」


 日本語や英語が使われている世界…。

 でも人名は何となく中国語っぽく聞こえるんだよな。

 前の世界と全然別の世界じゃなく、繋がりがあるようにも思えるんだよね。

 まぁどうでも良いか…。


「さぁ行こうか、投神

 もっと君の力を見せてくれ」


「おう」


 流星錘を操り、薄暗いダンジョンを二人で進むのであった。



✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✣✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢✢



「投神殿は見つかったか?!」


「いや、見つからねぇ…」

「スラムのほうも覗いてみたけど、それらしい人物はみんな見てないって言ってたにゃ」

「投神くん、出てきて!」

「斥候仲間にも聞いてみたが、それらしき者の情報はなかった」


「上半身裸で橙色の頭髪の男なんてなかなかいないだろうに!」


「夜は暗くて髪の色は判別できないにゃ」


「ぐっ…」


「ゲスト登録はどうなっているのだ?」


「街に連れて行く、というのがミッションだったからか、達成された時に解除された…、というか、私が無意識に解除したようだ

 すまん…!」


「「………」」

「みんな久しぶりの宿で、経験値も貯まってたからねぇ…」


「投神殿も心配だが、帰還しているのにいつまでもギルドに顔を出さないのは不味い」


「投神サンはあの終絶の地で生き残った猛者だぜ

 街の中でくたばることはないさ」


「そう…だな…

 悪いが皆は引き続き投神殿の捜索を続けてくれ

 私はギルドに行って諸々報告してくる」


「「「了解」」」


 気が重いがギルドに行こう。

 オウブルのギルド長は話しの分かる方だ。

 嘘偽り無く報告しよう。



 ギルドは教会の隣にある大きな建物だ。

 街は城壁に囲まれ、ギルド、教会、宿が揃っていることか必要であり、それらが正しく機能しているとき、神の力によってその土地は護られる。


 このオウブルも辺境に近い土地柄、魔人の侵攻を経験してきるが尽くはねのけてきた街。

 ギルド長も中央のように見栄や体裁ばかりを気にする奴らとは違う、武の者だ。

 実際、高レベル冒険者だったということだ。


 ギルドでは日々、冒険者の登録やランクの審査、そして魔石やアイテムの買い取りが行われている。

 また各種の依頼の斡旋も行われており、冒険者が生活していく上で必須なものばかりなので今日も賑わっている。




「おお、Sランクパーティーの…」

「依頼達成したのか?」

「ちっ……」

「ハルゥーカ様、カッコイイ…」

「よっ!辺境の花!」

「踏まれてぇ…!」


 ギルドに足を踏み入れると、他の冒険者からの視線が集まり、ただでさえ賑やかなギルド内がさらなる喧騒に包まれる。

 好意的なものもあれば妬みなどの負の視線も感じるが、Sランクともなればそんなものには慣れてしまった。

 冒険者に視線を配りもせずに受付嬢のところに行き、要件を伝える。


「Sランクパーティー、未だ見ぬ地平線のリーダーのハルゥーカだ

 調査依頼の件でギルド長に直接報告したい

 取り次いでもらえるだろうか」


「ハルゥーカ様、お帰りなさいませ

 ギルド長に確認を取って参りますので、少々お待ち下さい」


 戦いなど知らぬ見目麗しい受付嬢が長いスカートをなびかせて二階のギルド長の部屋へと登っていく。

 ほんの少しだけ胸の奥にチクリとした痛みを感じるのは、ああいった女らしい生を歩めなかったことへの後悔か…。

 いや、今は戦乱の時代。

 戦える者、強い者が先頭に立ち、皆を率いらねば何とする!

 強くあれ、ハルゥーカ!




「お待たせ致しました

 ギルド長が面会されます

 こちらへどうぞ」


「ありがとう」


 受付嬢の後に続き、二階へと上がる。

 重厚だが華美ではない、扉をノックして入室する。


「未だ見ぬ地平線のリーダーのハルゥーカ、只今帰還致しました」


「うむ、ご苦労」


 この部屋の扉のような重厚感のある落ち着いた声。

 一見穏やかな壮健の普人男性だが、いまだ充実した肉体が武張ったオーラを醸し出している。

 彼が辺境の街、オウブルのギルド長ジャハン様である。


「報告を頼む」


 冒険者上がりのギルド長は長ったらしい前置きを嫌う。

 辺境は全ておいて迅速な判断を求められるからだ。

 彼は私の理想的なリーダー像でもある。


「はっ、終絶に至る道を踏破し、終絶の地にて調査をして参りました

 噂にあった血頭巾の群れはなく、それどころか道中で血頭巾とは3匹遭遇したのみでした」


「ふむ…」


「ですが奇妙な人物と遭遇致しました」


「ほう?」


「遠い異世界から来たという、持たざる者の普人男性と終絶に至る道の最奥あたりで遭遇し、ゲストとして保護致しました」


「なんだと?!」


「話しがあまり通じないのですが、念話で聞き出したところ約ひと月程前に終絶の地に落ちてきて、そこで生活をしていたとのことです」


「あの狂った大地でか…」


「はい、湖の水と共に落ちてきたらしく、それを飲み、魚を獲って飢えを凌いだようです」


「まさか”界渡りの水”!」


「ご存知なのですか?」


「うむ…、それで?」


「彼は、投神という名ですが、投神殿は水や食料が尽き果てたので街に連れて行って欲しいということでしたのでゲストに加えました」


「そうか…、水は尽きたか…

 まァ良い

 無駄な争いが起こらなくて済んだ」


「その投神殿は持たざる者にもかかわらず、不思議な力を持っており、魔術抜きでの対人戦では我ら以上の実力をお持ちです」


「マジか!ハッハッハッハッー!

 おもしれー!」


「……ギルド長」


「…おほん、それで?」


 受付嬢の冷たい突っ込みで重厚な物言いに戻るギルド長。

 こっちが素なんですか、ギルド長…。


「終絶の地には巨大な樹木が1本生えており、それ以外には異変は確認できませんでした

 その木は投神殿が水をやり、育てたようでございます

 しかし水が枯れたいま、あの巨木が存続可能かは不明です」


「生命の育たぬ終絶の地に芽吹いた木か…

 異変と言えば異変…」


「そしてどうやら投神殿は血頭巾の群れ、そして終絶へ至る道のダンジョンボスの不死の王を討伐した模様です」


「な、なんと!

 持たざる者が…?!」


「はい、投神殿こそが勇者様方が察知されたという“異変”なのではと考え、帰還することにしました」


「うむ、ワシも同意見だ

 して、その投神と申す者は…?」


「そ、それが……

 ま、まだ報告の続きがあります

 終絶に至る道の未開拓ゾーンを探索中に別パーティーと接触しました

 その後パーティーメンバーの練金術師であるヨゥトがそのパーティーに呼応して裏切り、戦闘となりました」


「なんだと…⁈」


「投神殿の支援もあり、なんとか勝利しましたが、討ちとったのは3人で残りの者は逃亡致しました

 ヨゥトは魔素が荒れる中、瀕死の状態で跳んだので恐らく生きてはいないと思われます」


「……」


「彼らは見たこともないアイテムで属性を偽っており、それによって不意をつかれました

 それがこちらのアイテムです」


「なにぃ⁉︎

 属性を偽るだとっ!

 そんなことができるのか?

 ………アオボを呼んでこいっ!」


「はいっ」


 受付嬢は急いで下に降りていく。

 ギルド長は眉間に深い皺を刻み、手にしたコインを睨む。

 このコインの存在は我々の正当性や安全を根底から覆すものだ。



 ほどなくしてノックの音が響き、受付嬢に案内された耳長族の男が入ってきた。


「どれですか、その面白いアイテムはぁ!」


「おい、アオボ

 挨拶ぐらいしたらどうだ

 こちらはSランクパーティー未だ見ぬ地平線のリーダー、ハルゥーカだ」


「…こんにちは、ハルゥーカ様

 錬金術師のアオボです

 それでアイテムはどれですかねぇ?」


 分厚いメガネの位置を直し、初めて私に気付いたように挨拶をする。

 彼はアイテムにしか興味がないようだ。

 耳長族は美形が多く、このアオボ殿ももれなく美形なのだが、少し残念なところがあるようだ。

 高レベル錬金術師にはよくあることらしいが、珍しいアイテムや灮闡能力による錬金魔術にしか興味がなくなるらしい。


「初めまして、アオボ殿

 高レベル錬金術師としてのご高名はかねがねお伺っております

 ギルド長に提出致しました金貨が、属性を偽る能力を秘めているようでございます」


「おお、これが!『解析』!」


「落ち着け、アオボ!」


 アオボ殿はギルド長から金貨を引ったくると、流れるように解析を発動した。

 この呪文短尺具合は流石の高レベルを感じさせるものだ。


「……す、素晴らしい!

 確かに属性を偽ることが出来ますよ!

 ははっ、これは我々の常識が覆されますねぇ!

 ジャハン、対策を立てないと荒れますよぉ〜

 私は属性の偽装をどうすれは見破れるかを考えましょうかねぇ

 それでは」


「あ、こら!アオボ!って……行っちまった」


 ギラギラとメガネの光りを反射させながら、金貨を掴んだままアオボ殿は部屋を出て行ってしまった。


「ったく!アイツは!」


「金貨はあと3枚ございますので、そちらも提出致します」


「おぉ、それは助かる!

 それで、その投神という者は何処にいるのだ?」


「はい…、この街には到着したものの、宿で別行動にしてしまい、行方不明でございます…」


「なっ!」


「いま他のメンバーが捜索しておりますので、ほどなく見つかるかと」


「…………投神の特長は?」


「はい…、彼は普人族ですが頭髪が橙色という珍しい髪をしておりまして、また上半身は肌でございます

 この世界の金銭も所持しておらず、遠くへは行っていないと思います…」


 ギルド長のこめかみに青筋が浮かんでいる…!

 マズい!


「ばかもんっ!

 そんな特長はいくらでも変えられるだろうが!」


「か、顔は普通に美男子ですよ?」


「お前の好みは聞いとらんわ!」


「し、しかし、これといった特長はなく…

 あ、彼は常に石や武器を投げる癖があります!」


「…ほう?」


「なんでも“異世界投げパワー”なるもので、何かを投げると補正が入るようです

 こちらが投神殿のヨゥトによる解析結果でございます」


「おう!

 …………こらまた珍妙な…

 とにかくお前達は早く投神を見つけて連れてこい

 ギルドからも人員を出しておく」


「はっ」


「お前達の依頼は投神をワシの前に連れてくることで完了とみなす!

 勇者様方には取り急ぎ報告を入れておくから、早々に見つけだせ

 分かったな!」


「はい!申し訳ございませんでした!」


 私は恐縮しつつ部屋を辞そうとする。


「……それと、超難関ダンジョンの踏破、おめでとう

 いまはパーティーメンバーを失って辛いだろうが、迅速に行動してくれ

 嫌な予感がするのだ… 

 落ち着いたら、またパーティーを再編して励んでくれ」


「…はい、ありがとうございます」



 深く礼をして今度こそ部屋を出た。


 やはりギルド長には敵わないな。

 投神殿を探し出して依頼完遂し、これからのことを考えねば…。



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