78、消えた投神
「投神殿がいない!?」
久しぶりの宿での休息を終え、レベルが12も上がるという快挙に喜びを隠し切れずにロビーに降り、メンバーともひとしきり新たなステータス談議を交わした後、ふと気付いたのだ。
投神殿はこの宿に泊まっていない、と。
ここは一般の宿とは違い、冒険者が回復とレベルアップをする目的の神から赦された特別な場所。
一般の者は立ち入ることが出来ない。
我らSランクパーティー同等以上の力を持ち、宿を訪れた際の人数が6人だったから、ついつい、失念してしまった…!
「投神殿は今どこに居るんだ?!」
「探さねぇと!」
「投神サマ、どこ行ったにゃー!」
「投神くん、あまり喋れないから心配だよ…」
「…不覚!」
「投神殿は目立つからすぐに居場所はわかる筈だ
とにかく、皆で分散して捜索しよう
悪いがギルドへの報告と教会での治療は後回しだ」
「「「了解!」」」
この街は治安が良いから危険な目には遭ってないと思うが
…。
無事でいてくれ、投神殿!
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「畜生!アイツら絶対に許さねぇぞ!
切り刻んでダンジョンの肥やしにしてやる!」
薄暗い酒場で朝っぱらから暴れているのは、魔剣士のロンターである。
「Sランクパーティーごときにしてやられるとはな…
我もまだまだトレーニングが足らん!」
そう言っていきなり腕立て伏せを始める暑苦しい筋肉ダルマは闘士のドジィー。
「Sランクパーティーにやられたというより、あの奇妙な持たざる者にやられたというのが正しいかと」
冷静な分析をするのは家政婦のティシィ。
静かに壁際に立つ彼女からは、一切の感情を読み取ることは出来ない。
「アイツは一体何なんだ…!?」
「ヨゥトからは詳細な報告が上がっておりません
終絶の地に辿り着く直前に合流したようでございます」
「…アイツは魔術も魔技も使っていなかった
何の魔素も動かしちゃいなかった
ッハァ、そもそもロールが持てねぇんだからよ
だからアイツの力量が全く読めん」
「まさか奴は魔人っ?」
腕の力で跳躍したドジィーがロンターに詰め寄る。
「いや…
アイツは魔人みたいな歪な存在じゃねぇ
むしろどこにでもいるロール未取得の取るに足らん存在だ
だから逆に空恐ろしいぜ…」
「むう…」
魔人ではないと言われ、鍛錬に戻るドジィー。
「だが、こっちは3人もヤられたんだからよ!
絶対ぇ落とし前をつけさせる!」
「正確にはヨゥトも入れて4人です」
「ッハァ!あの元貴族の錬金術師はどうせ使い捨てだったろうさ」
「………」
「未だ見ぬ地平線はオウブルに居る筈だ
動向を見張っておけ!
6人パーティーに再結成後、襲撃をかける!」
「襲撃は盟主様の許可が必要です」
「ちっ!
だがダンジョン内で偶然出会って仕方なく戦闘になったってことなら問題ねぇ!」
「………」
「とにかく見張っておけ!」
「承知致しました、御主人様」
「……ちっ!
こいつは失態だな…
だがこの不死王之杖があれば…」
ロンターはティシィが収納していた杖を手に思案にふけるのであった。
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「異世界からこんにちは!
徹底投擲チャンネルの投神ですっ
今日は吟遊詩人のフウさんと一緒にダンジョンにやってきました!
昨日はフウさんと一緒にご飯を食べて宿を紹介してもらいましたが、話しの流れでダンジョンに来ちゃいました
久しぶりの美味しいご飯とお酒で気が緩んで、つい『俺は異世界からやってきた!』なんてバラしてしまったんだけど、超食いつかれてね…
根掘り葉掘り話しましたとも!
美人さんから問い詰められたら誰でも話しちゃうよね?
お互いに完全には理解できてない状況だけど、吟遊詩人というロールを持つ人はもれなく面白い話しや変わった出来事が大好物らしい
その出来事を歌にしたりして各地で奉納演奏しながら世界を旅して生活しているようです
よく分からないけど、吟遊詩人はダンジョンで戦うことも必要らしい
俺も戦えるぞと言うと、じゃあ潜ろうという感じであっさりここに来てます
まぁ、初心者向けの場所らしいので問題ないでしょう
ゴブリン、スライムどんと来い!
それでは世界を〜投げ投げ!」
「投神、きのうはよく眠れた?」
「ああ、朝までぐっすりだ
久しぶりのふかふかのベッドだったよ」
「ふふふっ」
今日のフウは分厚いマントを羽織っている。
手には昨日も演奏していたギターのような楽器を手にしている。
ナイフはちらりと腰に差しているのが見えたが、どう戦うというのだろうか。
まぁ、人のことは言えないがな!
俺は相変わらずの流星錘改と八つ石にリュックを背負い、上半身は裸だ。
ポンチョはやはり何かしら効果があるようで、門のところで脱ぐように指示されたのだ。
ポンチョや槍などの長いものは宿に置いてきた。
「お金を稼いで服が買いたい」
「そうだね…その姿はちょっと、ね、ふふふっ」
フウはよく笑う。
コロコロと喉を転がすような声は魔声帯の音も加わっているのか、とても不思議な響きだけどかわいらしくて俺を心をくすぐる。
しかしこのダンジョンは何と言うか、ヌルいな。
先ず、罠がない。
壁に擬態してるスライムがいない。
結果、暇だ。
なんかフウと散歩でもしてるかのようなほのぼのとした雰囲気である。
お、やっと第一モンスター発見だ。
しばらくするとフウから警告がある。
「投神、魔物が来るよ!」
はいはいスライムですね。
ぷるんとしたかわいい系のスライムが道に佇んでいる。
シュンッ パシィン!
お、やべ、条件反射で流星錘を投げちゃった。
良かったかな?
「∂∥∋∶∈∂⁈
スライムの∇∋を∂∥∋∶∈∂で突いたの?」
おぉ〜フウが驚いてる。
このスライムは急所みたいなところがあって、そこを突けば一発で終わるんですよ。
簡単なお仕事です。
倒しちゃって問題なかったようだ。
フウに『こんなかわいい子を倒しちゃって!この鬼畜っ!』なんて罵られるかと心配したぜ。
フウは小石を拾い渡してくれた。
「これはお金になるか?」
フウは少し驚いた顔をして、説明してくれた。
「これは⊂√∋と言って、魔物をダンジョンで倒した時に残る物よ
これをギルドに持っていくと∇Ω∈Ωできるし、∈Ζ∃∈∂に持っていくと∋∂∋Ω∟にしてくれるよ」
「???」
「あ、えーとね
これはギルドでお金に換えてもらえるよ」
フウは俺が理解できるように言い換えてくれた。
何気に伝えやすいように簡単に言うのは難しいもので、それができるのは頭が良い証拠だと思う。
あとは、言葉が通じないという世界があると理解している人だな。
そういう人とはコミュニケーションが取りやすい。
「おぉ、それは良かった
この小石はいっぱい持ってるから、あとでギルドに連れていってくれるか?」
「良いよ」
「ありがとう」
フウは良い人だな。
この人と知り合えてホントに良かった。
じゃないと、いまだにご飯も睡眠も取れていなかっただろう。
お、敵だ。
「魔物がくる
フウはどうやって戦うのだ?」
「え?魔物を∏∷∣できるの?」
「ま、まあな?」
「ふ〜ん…」
そこに現れたのはゴブリン!
ゴブリンなのだが、見慣れた赤いバンダナを被ったゴブリンとはかなり違っていて、貧相な体つきだ…。
ご飯食べてないのかな?
「じゃ私の戦い方、見せてあげるよ」
そう言って彼女は楽器を構え歌い出した。
「歌うんだ…」
爪弾かれる曲は戦闘ととは程遠い子守唄のような曲だ。
そこに魔声帯と普通の声帯から発せられる不思議な歌声が加わる。
「んっ?」
ゴブリンがスヤァって立ったまま寝てる?!
何これ!
「ふふふっ」
完全に寝込んだのを確認したフウはソロリとゴブリンに近付き、鋭利なナイフで喉をスパッと切り裂いた。
喉を切られたゴブリンはいまだ覚醒してないのか、呆然としたまま水となって消えていった。
怖ぇ〜。
歌で眠らせて寝込みを襲うとは…。
彼女の歌は魔法、魔術と同じようなもんか。
「ソロの時はこんな感じかな?
でも∇∶Ω…、“バルド”って言ったほうが通じるかな、バルドの戦い方は味方の力を高めるのがメインなんだ」
「味方の力を高める…」
「そう、プラスの⊆∞∂をかけるんだよ
で、敵にはマイナスの⊆∞∂をって訳さ」
フウはピンとイタズラっぽくウィンクした。
美人のウィンクは破壊力高ぇな!
「投神、君にはこのダンジョンはぬる過ぎたようだね
他のとこ行こっか!」
「良いぞ!」
フウとなら何処へでも行きますとも!