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77、ジャグリング

 女神像の前に立ち深々とお辞儀をする。


「女神様、異世界のジャグリングをご高覧くださいませ!」


 石畳の地面にゴトゴトと八つの石を落とす。

 その音に帰りかけていた聴衆の中の幾人かが振り返る。


「よっ」


 屈んで石を一つ、真上に高く高く投げ上げた。


「ほいっと」


 そして続けざまに四つの石を投げ上げる。

 手を広げて頭上を見上げて石が落下するのを待つ。

 このままでは顔面に直撃する。


「キャア!」


 誰かが悲鳴をあげた。

 顔面に石が激突する寸前に膝を落としてバク転!

 後ろに回転しながらキャッチした石をまた高く上に投げ上げた。


「おおぉ‼」


 そこから始まる五つの石のトスジャグリング。

 くるくるとリズミカルに魔法のように石が落ちては上に投げ飛ばされていく。

 その光景は何故か目が奪われてしまう。

 飽きが来ないように、ときにパターンを変えてみせたり回転したりを加える。

 手拍子を打って煽るのも忘れない。


 こういう芸を見た事がなかったのか、凄い食いつきようだ。

 みんなの手拍子の音が大きい。


 おや?

 手拍子に合わせて楽器の音が聞こえてきた。

 さっきの歌うたいの女性だ!

 リズムに合わせて軽快な調子の曲を歌ってくれてる。

 魔声帯の音のお陰なのか、複数人が歌っているように聞こえる。

 これは有り難い!

 音があるのとないのでは観客のノリが全然違う。



 調子に乗って八つ石全てを回す。

 石が増える度に歓声が凄い。

 人々の歓声と歌うたいの歌声を聞きつけ、どんどん人が増えてくる。


「ハハッ楽しーな!」


 疲れた素振りで地面に寝転んで、観客に『上!上!』ってツッコミを入れてもらったり、観客の頭に石を乗せては取ってを繰り返すと、大人も子供も『やって!やって!』と猛アピール。

 超ノリが良いね!

 歌うたいのお嬢さんもコミカルタッチな選曲で笑わせている。


 体力的にはまだまだイケるが、だらだらと長時間やっても面白味が持続しない。

 そろそろクライマックスに持って行くぞ。

 自然な流れで左手に四つの石を積み上げる。

 そして落ちてくる石をその上に重ねるようにキャッチ。

 石の形がバラバラだから衝撃を殺してバランスを整えるのが難しい。

 それは観客も分かってくれている。


 もう一つが落ちてくる。

 観客は静まりかえり、歌うたいの楽器がドラムロールのように緊張を高めるトリルに変わった。


 カツンッ


 成功。

 あと二つだ。


 カツンッ


 成功。

 歓声があがる。

 あと一つ!

 最後の一つはみんなが引くほど高く上に投げてある。


 場が緊張で張り詰める…。

 こんなに大勢の人が居るのに静かだ。


 きた!

 あ、足がもつれた!


 積み上げた石が崩れて…

 

 カツンッ


「いなーい!」


 演出です!

 割れんばかり拍手と歓声!

 歌うたいも満面の笑みで楽しげなファンファーレのような曲を奏でてくれている。


「ありがとう!ありがとう!」


 完成した八つ石のタワーを地面に置いて、お辞儀をしていく。

 あ、そうだ。

 女神像に捧げるパフォーマンスだった。

 俺は女神像に深々とお辞儀をすると、それに合わせて曲が終了した。


 みんなはガヤガヤと楽しそうに感想を言い合っているようだ。

 誰も彼も顔を赤らめ、興奮した表情で俺のことを讃えてくれている。

 そして大勢の観客が女神像の前にコインを置いて帰って行った。


 俺は歌うたいの女性のところに行きお礼を言った。


「ありがとう!君のお陰で盛り上がったよ!」


 俺の言葉を聞いた歌うたいは美しい顔をニパッとさせて笑った。


「ウフフフッ、何よそのο⊄η∶Ω!」


 屈託のない笑いに悪い気はしない。

 むしろ美人の笑顔の破壊力に動揺するぐらいだ。


「俺は投神

 持たざる者、ってやつらしいぜ」


「持たざる者…」


 彼女は驚いて俺の喉元を見ている。


「えっ、待って!

 じゃあロールを持ってないのにあんな事できたの?」


「あ、あぁ」


「すごいね!」


 憐れむでもなく嘲るでもなく、単純に称賛の眼差しだ。


「君の言葉は何故か分かりやすいな」


「ふふっ、それはねこことここの使い方かなー?」


 そう言って自分のほっそりとした首の喉と魔声帯と思われる場所を示した。

 薄い布製の首輪みたいな物を巻いて隠しているが、その下のざっくり開いた胸元に目が行かないように精神力を振り絞る。


「ふふふっ」


 久しぶりに大勢の人の前でジャグリングして、舞い上がってしまったのか、初心な反応しちゃいましたよ…。

 決して豊満なスタイルって訳ではないんだけど、しなやかなスレンダー美人さんで妙な色気がある。



 彼女の話しでは喉の使い方が上手な人とは話しが通じやすいのではないかということだ。

 天使ちゃんも話しが通じやすいのは、彼女も喉の使い方が上手いからなのだろうか?


「私の名前はフウ・ユウ・エンよ

 フウって呼んで

 言える?フウ」


「フウ、宜しくな!」


 ちょっと笑われたが及第点の発音かな?

 何気に名前を教えてもらうのはこの世界に来て初めてだな…。

 鎧美女たちと出会った時は、向こうは鑑定で俺の名前を知っている状態だったから改めて自己紹介はなかった。


「それと俺は遥か遠い所から来たところで、この世界の常識を知らん

 間違った行動をしていたら教えてくれ」


 フウは目をキラキラとさせて俺を観察した。


「へぇ〜、投神はロールを持ってないのに旅をしてきたんだね、すごいね」


「そうか?」


「そうだよ!

 π⊄ⁿΩ∝Χ⊂のロールを持ってないい人は⊃ζ∷⊄出来ないもの」


「???」


「あれ?分からない?」


「あぁ、難しい言葉は聞き取れないようだ

 持たざる者しかいない国だったから」


「そんなところあるの!

 行ってみたいわ!」


 好奇心旺盛だな。

 でも行けないと思うぞ。


「あ、そうそう∮∃∥∃∇Ωを∆∂∌ρ∃しなきゃ」


 フウはそう言って女神像のところに行ってコインを回収し、そしてその中からいくつかのコインをお供えした。


「投神、あなたは∇∶Ωα∃∏∑∶Ωじゃないから、本当は∬χ∨したらダメなんだよ?

 でも私とコンビを組んでるってことなら怒られないわ!

 どう?私と組む?」


 イタズラっぽく微笑みかけられる。

 やはりここでバスキングするには何か許可や資格がいるようだ。

 でも彼女とコンビを組めば大丈夫とな。

 もちろん願ってもない有り難い提案た。


「ありがとう、フウ

 是非、俺とコンビを組んでくれ」


 手を差し出す。

 フウは笑顔で俺の手を取り、固く握手を交わした。

 さらりとした白魚のような彼女の手は意外にも力強く、少し武人の気配がした。


 『吟遊詩人フウ・ユウ・エンと芸能ユニットを形成しました』


 おお!頭の中にインフォメーションが流れた。

 鎧美女のパーティーにゲストに入った時と同じ感じだ。

 しかし芸能ユニットとな…。

 吟遊詩人はロールの1種なのか?


「投神はほんとにロールがないんだね…

 疑ってた訳じゃないけど、ステータスを見て∏∵∞∆Ωしたよ」


「鑑定、というやつか?」


「ううん、違うよ

 ユニットやパーティーを組むとメンバーのステータスは見えるようになるんだよ

 でも投神はロールを持ってないから見れないかも」


 なる程、そういうシステムが。


「それより、はい!

 さっきの⊆∃⊄∂∇Ωの分け前だよ」


「おお!これがこの世界のお金か…」


「ふふふっ、大げさだね」


 フウは数種類の謎の金属製のコインを両手に乗せて渡してくれた。

 それぞれの価値は分からないが、結構な額になってるのではないだろうか。


「これで食べたり、寝たりできるか?」


「えっ?」


「えっ?」


 フウが顔を赤らめている…?

 変な事を言っちゃったか?


「投神くん、そういうのはもっとお互いを知ってからだよ?」


「あ、そ、そうだな…

 お互いを知ってからだ…」


 あれぇ?なんか誘っちゃった感じになっちゃったかー!

 何となく脈ありな反応に思えるんだけど、この世界の男女の付き合い方が分からん…。

 ここで否定するとこじれそうなので、肯定しておく。


 言い方を変えよう。 


「フウ、俺はここに来たばかりで分からないから教えてくれ

 食事や宿泊がしたいのだが、このコインで足りるか?」


「ああ!そういう…

 それなら…1日分には充分な量だよ」


「それは良かった」


「投神はほんとに“跳んで”きたばっかりなんだねぇ

 じゃあ私が泊まってる宿を紹介するよ

 その前にご飯行こっか?

 投神の話しが聞きたい!」


「それは助かる!

 ありがとう、フウ!」


「ふふふっ、お互い様だよ

 君の⊆∃∮∃はホントに素晴らしいものだったし、今もドキドキしてるよ

 そんな君とユニットを組めて私もうれしい」


「あぁ、これから宜しくな!フウ!」


「うん、宜しく!投神!」


 こうして吟遊詩人フウとのユニット活動が始まった。



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