74、跳ぶ
ダンジョン、特に玄室内では戦闘中に『跳ぶ』ことは出来ない。
乱れた魔素の中での『瞬間移動』系の魔術は必ずと言って良いほどに事故が起きる。
座標が狂い、壁や地面と同化してしまった悲惨な死体を幾度となく見てきた。
だからこの敵パーティーを倒さない限り街に帰還することはできない。
それは相手も同じだ。
その相手は6人のフルメンバーに対して、こちらは5人だ。
しかしこちらには投神殿がいる。
彼がいれば心強い!
って、投神殿は遥か後方に避難している…。
魔術効果限界を越える位置にいるから魔術攻撃は喰らわないし安全で良いのだが。
「ッハァ!もう一度喰らいやがれ!」
ロンターはまた例のアーティファクトを取り出して構える。
「マズい!
投神、投げてっ!」
「ラジャー」
投神殿は妙な返事をして取り出したのは…、石ころ…?
「石に何ができる!開放『九罪之く…』」
シュンッ ズガッ!
「…はぁ?…なんっ?!」
後方から彼の投げた石は、誰もが全く反応出来ないスピードで飛び、魔剣士のアーティファクトを弾き飛ばした。
ビキビキビキビキ…
「あぁ!“魔銃”が………!」
魔銃という名称らしいアーティファクトが脆いのか、投神殿の投擲が凄いのか、その魔銃は粉々に砕け散った。
「盟主から頂いた魔銃をよくも壊しやがったな!
シューリ!ジェレン!構わねぇからヨゥトごと最終究極魔術爆発でやっちまえ!」
「待ってました!」「フフッ、派手に行きましょうか」
最終究極魔術爆発ー【ハズィーロ・リ・アージュ】。
その昔、勇者様が『創造』されたという黒魔術!
最高位である第九階位の魔術に位置し、この魔術によって魔人との戦いに破れそうだった人類を救ったとされている。
言わば希望の黒魔術。
それを二人同時に発動さらたら全員が一瞬で消滅しかねない!
「投神殿、投げろ!」
「イエス・マム」
投神殿がまたよく分からない返事をして石を投擲した。
また石なの…?
「させるか!魔剣化『炎之剣』」
魔剣士の専用スキルである魔剣化!
魔剣とはダンジョンから極稀に産出される特殊な効果が付与された剣であり、非常に強力な武器となる。
魔剣士は自らの武器に魔術を付与することができる唯一の職業であり、物理攻撃と魔術攻撃を一度に行える攻撃に特化したものだ。
ロンターが火系魔術が付与された剣を払う!
追加の火系の全体魔術攻撃くるぞっ…!
ガキィィンッ!
「なっ!?」
投神殿が投げた石がロンターの剣に当たった!
太陽の如く灼熱していた奴の剣が、凍りついている…?
そしてパキパキと亀裂が入って崩れていった。
「どうなってるんだ!」
『『……『最終究極魔…』』』
「ヤバいにゃ!」
黒魔術師と賢者の魔術がくる!
「ワタシハモウナゲテイル」
ズババンッ!
「ギャッ!」「キャッ!」
二人の両サイドから高速回転する何かが飛来し、それぞれの杖を持っていた手を弾き飛ばした!
投神殿がいつの間にかその何かを投げていたに違いない。
杖と手首を失って呪文はキャンセルされた。
勝機!
「前衛、突撃!」
「「おおう!」」
相手のレベルは総じて上だ。
この機会は逃してはいけない!
「ティシィ!回復アイテムを回せ!」
ロンターが家政婦に指示する。
「畏まりました、御主人様
……『配給』」
敵パーティーメンバーの頭上にアイテムが現れた!
回復系だろう。
使わせると振出しに戻ってしまう!
「投げろ!」
「ヤリハナゲルモノ」
彼は歪な槍を構え投擲した。
バシュッ! シュバババババババ…!
彼が投擲した槍は左右に翼を広げるかのように水を噴出しながら飛翔した!
「なっ?!」「なにぃ⁉」「水の翼でござるか…?」
水の翼は敵パーティーの頭上にあった回復アイテムを吹き飛ばし、槍は家政婦のティシィに向かった。
「これはいけません……『次元之壁』」
ギィンッ!
槍はティシィの目の前で壁に阻まれた。
少しズレた眼鏡を直し、涼しい顔でこちらを見ている。
あの家政婦は魔術師系を経ているようだ。
かなり高ランク冒険者に違いない。
「投神殿ばかりに頼っていてはSランクの名折れ!
行くぞ!」
「おらぁ!」「『闘気』連続攻撃にゃ!」
「聖剣よ!悪を払え!」
聖剣とは魔剣の1種だが、その剣に宿すのは聖属性。
悪属性の者には特効だ!
乱戦の様相を呈してきた。
「くそっ、Sランクパーティーごときに押されるとは!」
「ジェーメ、魔術で攻撃を!」
「う、うん………」
向こうの後衛魔術師を無力化できているが、こちらの後衛魔術師のジェーメの動きも鈍い。
先ほどの忍者ジャンジから受けた心理的ダメージから立ち直れていないようだ。
こればかりは魔術やアイテムでどうしようもない。
攻撃魔術がない前提で戦いを組み立てるのだ。
軽い膠着状態にあるメンバーに配置換えを指示する。
「ティーは魔剣士へ、ゴウは忍者に交代だ!
私が闘士の相手をする!」
「まじか!」「大丈夫にゃ?」
「任せろ!
ジンズは前に出てメイドを!」
「了解!」
ジェーメは投神殿に任そう!
って投神殿はどこに行った?
闘士の激しい連続攻撃を受けている最中で確認している暇はない!
「トザイトーザイ」
「はぁ?」「へっ?」「ほほぅ!?」
あ、うん、これはやってるな、投神殿…。
石ころとかをいくつも同時に投げてキャッチする子どものの手遊びの超高度なやつをやってる音がする。
敵が戦闘中なのにちょっと見惚れてるしぃ…。
連続攻撃が中断された!
「そこだ!」
闘士に痛撃を与えたぞ!
「ごふっ…、卑怯だぞ!」
高い回避率が売りの闘士だが、スキル中断の硬直時間は避けようがない。
「悪に属するお前たちから卑怯呼ばわりされる筋合いはない!」
見ればゴウとティーも相手にかなりのダメージを与えたようだ。
家政婦は直接戦闘も強いらしく、むしろジンズのほうが押されている。
「トザイトーザイ」
まだやってるし!
見たいが見ては駄目だ。
私の状態異常抵抗率を無視して魅了してきやがる。
鉄の意思で後ろを振り返らないように自制!
「とどめを!」
「唸れ魔斧!」「連続攻撃にゃ!」
「聖剣よ、悪を断ち切れ!」
私の剣が闘士の胸を深く切り裂く!
ゴウも忍者の首を刈ったようだが、ティーは倒して切れていない。
加勢を!
「御主人様はヤらせません…『次元之壁』」
家政婦がジンズの攻撃が当たるのも構わずに突進し、ロンターの前に壁を張る。
次元之壁の防御力は壁の中でも最大のもので、私たちでは打ち破れない。
「……………」
片手を失って戦意喪失していた魔術師たちが再び呪文を詠唱し始めた。
「回復呪文か?
マズい、投げろ、投神殿!」
「トザイッ」
バシュッ!
「「ギャッ!」」
二人の魔術師は失った手と反対の手で杖を持って呪文を詠唱していたが、今度はそちらの腕を金属の棒が貫通していった。
すると貫かれたところから炎が吹き出し、二人は絶叫を上げながら火を消そうと転げ回った。
「トーザァイ」
恐ろしい…。
まだあの曲芸の見せ物のような石回しをしているのか。
いつでも投げられるということだ。
そうか、彼ならもしや次元之壁を破れるかもしれない!
壁がある方を指差し、指示を飛ばす!
「投げろっ!投神殿!」
「ショーチ、ゼッタイセツダン」
また石を構えているが、彼の石は特別なのはよく分かったからもう驚かないぞ。
バシュッ! バシィンッ!
壁に真横に亀裂が入り、その隙間が広がっていって壁を無効化した。
「あり得ません!次元を隔てているのに!?」
クールな家政婦もようやく驚愕の表情を浮かべたな。
「突撃!」
敵パーティーのリーダーである魔剣士のロンターだけでも討ち取らねばならん!
「ここまでのようですね」
朦朧としているロンターを抱きかかえながら家政婦は眼鏡の角度を整え、収納から靴を取り出した。
帰還用の消費アイテム『帰還の翼』に似た靴だが、見るからにそれの上位アイテムだ。
まさか、戦闘中なのに跳べるのか?
その時背後から何者かに突き飛ばされて、転んでしまう。
闘士のドジィーだ!
まだ動けたのか…。
奴に気を取られてしまい、投神殿に指示を出すのが遅れた。
「それでは皆様、ごきげんよう」
消費アイテムが使用され、魔剣士ロンターと家政婦ティシィ、そして闘士ドジィーの3人を光りが包み込む。
そして光が収まったとき、彼らの姿はかき消えていた。
残りの魔術師2人とヨゥトは見殺しにしたようだ。
その判断が残酷なのか、正しいものなのかは分からない。
それよりも、戦後処理だ。
「ジンズ、あの魔術師2人にとどめを」
「了解」
ジンズは黒魔術シューリと賢者ジェレンの首を刈った。
今までに悪の者を幾度となく討伐してきた。
それに対して私たちはもう何も感情を動くことはない。
ダンジョン内に打ち捨て、ギルドに報告するだけだ。
しかし目の前に横たわる虫の息の悪堕ちした裏切り者の元パーティーメンバーに対しては、どう向き合えば良いのか…。
私はなんの答えも見つけられずに、ただ立ちすくむのみであった…。