72、未だ見ぬ地平線
貴族の地位を追われ、数十年。
私は『冒険者』と『罠の効果』で十代後半の肉体を維持しているが、冒険者の道を選ばなかった家の者たちはそれぞれが選んだ日々の生活を営み、老いていった。
自分だけがいまだにお家再興のお題目にすがりついているのは分かっている。
お家再興が無理なことであることは冒険者になってからすぐに思い至った。
それでも貴族籍に返り咲くことを目標にしなければ、私は奮い立つことが出来なかった。
名誉貴族になれる道は残されている。
そして散り散りになった家の者を呼び寄せる。
その目標を原動力にダンジョンで戦ったのだ。
いつしか長い時が流れてしまい、たとえ貴族に戻れたとしても私の元にいかほどの者か集ってくれようか。
かつての栄光を取り戻すことは出来ないことは、もう分かっている…。
それでも冒険者になって街の人々と共に暮らし、他の国々を転戦して気付いたのだ。
貴族の世界が全てではないし、この世界を動かしているのは貴族じゃなくて街の人なんだと。
そして街の人々は日々、ダンジョンや魔物、そして魔人の危険に晒せれている。
それを救えるのは我々冒険者しかない。
街の人々の生活を、笑顔を守る。
これが大きな力を持った者の正しい力の使い方なんだと確信した。
いつしかそれが私の最大の目標となり、勇者様方の後押しもありってこのパーティー「未だ見ぬ地平線」を再結成したのだ。
貴族籍復帰を目指した旧パーティー「新たな地平線」を解体し、このパーティーを創るとき確認しあったではないか、ヨゥト…。
ヨゥトも同じ時期に貴族籍を奪われた者で、貴族時代から旧知の中であった。
というのも私のミンリー家が貴族としての寄親、ヨゥトのドゥン家が寄子という関係で、ミンリー家が貴族籍を剥奪されると連座してドゥン家も平民に落とされたのだ。
混乱の中で同年代だった私とヨゥト、そして3人の元貴族と使用人の子供であったゴウの6人でパーティーを組まされ、ダンジョンに潜らされた。
今から思えば雁字搦めの貴族でいるより、自由な冒険者として生き抜いて欲しいという親たちの願いがあったのだと思う。
そうして訳のわからぬままに始まった冒険者生活であったが、次第に本気で貴族に戻ることを目指すものと冒険者に意義を見出すもので温度差が大きくなり、パーティーが瓦解してしまった。
そしてこのパーティーを結成することになったのだ。
両月が揃って満月の日に、月明かりで地平線が見える丘で皆と誓った。
『私には夢がある
みなにも夢があろう
そしてこの世界に住む人々にもそれぞれ夢があるはずだ
この世にはその夢を踏み砕こうとする存在があり、今なおその脅威が迫っている
その脅威を取り除けるのは我々冒険者のみ!
人々が自由に夢を見れる世界が来るまで、みなの夢を私に預けてくれないか?
この戦争に打ち勝ち、異世界の恐怖から解放され、
あの夜空に浮かぶ虚月がない地平線を見るその日まで!』
みな賛同してくれた。
お前もだろ、ヨゥト!
「私は…、真理よりも人々の夢を、笑顔を守りたい」
「ハルゥーカ様…」
「それが私たちの夢と笑顔に繋がっていると信じているからだ!」
「………」
ヨゥトは顔を伏せ、差し伸べていた手をゆっくりと下ろした。
「ッハァ〜!
振られちまったな、ヨゥト!」
ニヤニヤとこの状況を眺めていた魔剣士の男、ロンターが嘲るように笑う。
ヨゥトがジロリとロンターを睨む。
「…最後の確認をしたまでです
このパーティーのステータス等はお伝えした通り
ですが、奥の原始人みたいな男は要注意ですよ
無職なのですが、よく分からない称号で肉弾戦はやたら強いようです
アーティファクトの効果を切らさないで下さい」
「なんだと?…無職のくせにか?」
「肉弾戦が強いだと?面白い…」
今まで口を開かなかった闘士の男、ドジィーが獲物を見つけたように獰猛な目をギラリとさせる。
「やめたほうが良いです
闘士のティーも戦士のゴウも軽く投げ飛ばされてましたから
それより彼が持っているアイテムを奪いましょう
あの“不死王之杖“や、鑑定不能のアイテムを所持しています」
「報告があった不死王之杖か…
それは必ず必要だ」
「大規模の攻撃魔術を打ち込む前に回収してください
それとこちらもご覧ください」
ヨゥトはそう言って収納から水蟷螂之槍を取り出した。
「強力な水属性の槍です
レア…、もしくはそれ以上のランクかと」
「すげぇな、こんなもの拾ったのか
これは俺が使おう」
「ロンター、早くヤろーよ?」
どことなく狂気を感じさせる黒魔術師の女、シューリが催促する。
杖を揺ら揺らと震わせて、一刻も早く魔術をぶっ放したいようだ。
「一発打って終わりじゃもったいないワ」
「お二人とも、アイテムを回収してからと御主人様がおっしゃってますので」
こちらも物騒な雰囲気の賢者ジェレンと、それを軽く諌める家政婦のティシィ。
このままでは一方的にやられるだけだが、こちらはアーティファクトの効果で謎の状態異常で動けないままだ。
アーティファクトの効果に絶対的な信頼があるのか、敵パーティーはなんの警戒心もなしにこちらに近付いてくる。
「杖はこの武器の束の中にあります」
「ッハァ、こんな荷物を担いでダンジョン潜るなんてバカじゃねーか?」
「これが不死王之杖…」
黒魔術シューリが手にした杖に魅入られたように呟く。
「おいおい、SP開放するなよ?
骨の魔物になっちまう恐ろしい杖だ
ま、だからこそ“盟主”が欲しがってんだが」
「この槍はさっきの水蟷螂之槍と似ているでござる」
忍者のジャンジが投神殿の槍を指差す。
投神殿がぴくりと身体を震わせた。
「もしかするとこちらがオリジナルかも知れません
彼は異世界から来たと思われ、その槍も異世界由来のもののようですし…
ダンジョンが“模倣”した可能性があります」
「異世界から来ただと?
魔人の仲間か?」
「いえ、おそらくは別の異世界からかと…」
「ッハァ!異世界の魔人の次に異世界の持たざる者か
この世界は人気者だな、オイ?」
ガッ!
魔剣士ロンターに蹴られた投神殿は部屋の壁面にまでふっ飛ばされた。
「投神殿…!」
「軽いな!冒険者でも何でもない無能はこんなもんか」
「もういいか?ヤろう」
「ヤる前にヤるか?ケケケッ」
「ッハァ!俺はこの堅物女はパスだ!
こっちのケモミミ女だ」
「ロンター、お前の趣味は…」
「じゃ拙者はこの女賢者と寝技でもするでござるか〜」
「ったく男どもは!
一緒にぶっ飛ばしてやろうか!」
「シューリ様、冷静に
先ずはこちらの男どもをヤられてはいかがでしょう」
「あら、では私も参加致しますワ」
「ちっ、しゃーねーな!」
皆に魔の手が伸びる。
長い冒険者生活をしていると、こういう地獄を見るパーティーがいることを耳にすることがある。
覚悟していたが、まさかパーティーメンバーの裏切りでこんな終わりを迎えることになるとは…。
しかも魔物相手ではなく、同じ人族に…。
「それでは私がハルゥーカ様を…!」
みんな、済まない!
私の判断ミスで最悪の結末を迎えてしまった。
鑑定結果だけを信じて、奴らの邪悪な人となりから目を背けてしまった。
しかしなぜこいつらは善の属性なのだ?
属性を偽れる方法があることを伝えねば…!
誰か!
「キャー!」
「ぐぅっ!」「うっ…!」
「ギャッ…!」
ジェーメが忍者の男に組み敷かれ、ゴウとジンズはいたぶるように足を燃やされている…!
ティーは片耳をロンターに千切られてしまった。
ヨゥトは熱い目で私を見つめ、震えながら手をのばしてきた。
嗚呼、駄目だ
こんな現実は受け入れられない
人々の夢を笑顔を守る為に戦ってきた心正しき者の末路がこんなにも無惨なもので良いのか?
神よ!
助け給え!
こんな残酷な世界を
吹き飛ばして下さい
神が応えてくれないのなら誰でも良い
誰か…!
「投神殿、投げ飛ばしてくれ!」
「アイワカッタ」
悪のギルド所属パーティー
魔剣士/男/ロンター・イー・オタン
忍者/男/ジャンジ・グウ・ユエン
闘士/男/ドジィー・チュア・ヨウメイ
黒魔術師/女/シューリ・シェン・リー
賢者/女/ジェレン・ジュ・ジー
家政婦/女/ティシィ・ウー・ティエン