71、悪堕ち
投神殿が奴らは危険であると警告している。
この世にはダンジョンに蔓延る“悪”がある。
冒険者を襲う冒険者だ。
金になる装備品やアイテムを強奪する非道な奴らや、冒険者を殺すこと自体を目的とする狂った奴らも存在する。
そういった行為は悪にアッドされ、属性が“悪堕ち”して悪となり、討伐対象になるのだ。
善の者が悪の者をダンジョン内で殺害することは許されており、むしろ善にアッドするといわれて推奨されている。
最近ではそんな魔物と同じような討伐対象の悪堕ちした者たちが集まり、“悪のギルド”を形成しているという噂もあるが…。
しかし、彼らの属性は善である。
悪のギルドに所属しているような奴らとは違うと信じたい。
「投神殿、彼らは善なる者
非道な行いはしない筈だ
出発しよう」
「そうですよ、投神様
彼らのことは放おっておいて未開拓ゾーンに進みましょう」
「ソウシテツカレタトコロヲオソウ
ヨキヨキ」
「何をおっしゃってるんですか?」
「オマエタチノ
コノセカイノタタカイヲミセテモラオウ」
「意味が分かりませんね
出発しましょう、リーダー!」
「あぁ…、そうだな…
出発!」
投神殿の言いたいことは分かったと思う。
しかし、どの属性になるかは神が決めているといわれている、絶対のものなのだ。
善である以上は戦いになることはあるまい。
相変わらず大量の罠に足どめをくらい、なかなか距離を稼げない。
投神殿だけが軽快にアサシンスライムを殲滅している。
時折、もしかしたらさっきのパーティーが後追いをしているのではないかと不安になってくる。
いつもならジンズを偵察に向かわせるところだが、罠の解除で負担を強いている現状では、余計な仕事を増やしたくない。
「分岐点だ!」
ジンズの声が聞こえる。
通路が二股に分かれている。
「どっちに行くべきか…」
「リーダーに任せるぜ」
「そうだにゃ」
「どちらかがダンジョンボスの部屋に至るルート…
投神様はどちらで不死の王と戦われたのでしょうか?」
「投神くん、どこで不死の王と戦ったの?」
「オウ…?コッカクヒョウホンカ?
ソレナラミギダ」
「たぶん、右って!」
「じゃ右に行くか!」
「そうだにゃ、投神サマの言う通りに行くにゃ」
「まぁ未開拓ゾーンですし、どちらでもよろしいかと」
「では右に行くぞ!」
「「「了解」」」
「不死系の魔物が一切出ないってことは、やっぱダンジョンボスの不死の王が復活してない、ということか?」
「そう思われます…
ボスの再生期間は一定ではなく、長いものもあれば、1日という短いスパンのものもいるようですが…」
「いま急に復活したりして…!」
「やめるにゃ!フラグが立つにゃ!」
「あ〜、すまんすまん」
「ココダ
ココデホネトゾンビトタタカッタ」
「えっ!この通路でですか?!」
「玄室から出てくるなんてことあるのかにゃ?」
「ゾンビもいたの……ゾンビ嫌い!」
「ヨゥト、聞いたことはあるか?」
「いえ…、一般的にはあり得ないのですが…
過去に発生した大規模な『迷宮奔騰』ではダンジョンボスさえも地上に溢れたとされていた筈です…」
「オーバーフローか…」
「そして過去最大のオーバーフローが発生した場所が現在の“終絶の地”の中心部にあったダンジョンといわれております…」
「じぁあ、またここでオーバーフローが起きたり…?」
「だからフラグたてんるんじゃないって言ってるにゃ」
「玄室があるぞ!」
「行くぞ」
「おう」「はいにゃ」
ジンズと合流すると、門はないが玄室と思われる開けた場所が見えた。
ダンジョンボスは居ないと予想されるが、念のため装備を確認する。
「皆、準備は良いか?
行くぞ!」
「「「おおう」」」
部屋の中に入るがやはり魔法陣は形成されない。
それより一番奥まったところの壁にあるものに目が奪われる。
「こ、これはダンジョンコアなのか…?」
奥の壁面いっぱいに精緻な魔法陣が描かれ、そしてその中央に配置されている巨大な水晶。
これが噂に聞くダンジョンの心臓部、ダンジョンコアか。
ダンジョンコアを破壊し、異界の侵攻を阻止することこそが冒険者の宿願である。
「初めて見たぜ…」
「これを壊せば、ダンジョン踏破者にゃ!」
「魔人に一矢報いることができる…」
「やっちゃえ!」
「破壊せねば…!」
「ちょっと待ってくれよ」
背後から声がかかる。
振り返ると先ほど玄室で別れた冒険者たちだ。
薄ら笑いを浮かべてこの部屋に侵入してきていた。
「なっ⁉貴様らやはり後追いしてきたな!
冒険者のルール違反だそ!」
「後追いなんてしてねーよ!ッハァ!
だいぶ時間が経ってから出発したしぃ?
追いついちまったのはトロトロ進んでるお前らが悪いんじゃねーの?」
「何だと⁉
百歩譲ったとしても、我らが居るのに部屋に入るのは明確なルール違反だ!」
「っせーなっ!だから声を掛けただろうが」
「許可は与えていないっ!」
「はいはい、そうですか、悪ぅございました
それよりオレらにもそのダンジョンコアを見せてくれよ
なかなか見る機会がねぇんだからよ」
奴らは我らの返答も待たずにズカズカと進み、我らを置き去りにしてダンジョンコアの前まで足を運んだ。
「貴様らっ!」
「見てるだけだよ、ッハァ
手は出さねぇさ」
ダンジョンコアの輝きを食い入るように見つめている。
「し、しかしっ!」
「ってゆーか、手を出させねぇんだが」
奴らはくるり振り返り獰猛な笑みを浮かべた。
「何だと!?」
「開放『九罪之雲』!」
「なっ!」
リーダーの魔剣士の男が手に持っていたアーティファクトと思われる筒のような奇妙な物体をこちらに向けて雲を噴出させた!
見たこともない形状のアーティファクトだが、雲系の魔術の効果は主に状態異常である。
聖騎士の灮闡能力で我らパーティーの状態異常抵抗率は高いから弾ける筈だ。
相手が先に攻撃をしかけ、こちらが応戦する形なら悪にアッドされまい。
「皆、戦闘だ!
ゴウ!ティー!前に出……⁉
え…?!」
おかしい。
世界が傾いている?
いや、いつの間にか地面に倒れこんだのか…。
皆も倒れている。
あ、ヨゥトは立ったままか。
良かったレジストできたのか。
何の状態異常か不明だが、ヨゥトを起点に立て直す!
「ヨゥト!アイテムを使って皆の状態異常を回復してくれ!」
何かに耐えるように、俯いたままのヨゥトが口を開く。
「もう、無理なんですよ、ハルゥーカ様…」
「何?どうしたというのだ?!」
「貴女とここまで共に歩んできましたが、残念ながらここでお別れのようです」
顔を上げてそう宣言したヨゥトは、いっそ清々しい程に吹っ切れた表情をしている。
もしや状態異常の“魅了”にかかっているのか?
詰め寄って頬を張り倒して目を醒ませたいが、身体が言うことを聞かない。
「目を醒ませ、ヨゥト!」
「そう、目が醒めたのですよ、ハルゥーカ様」
彼は迷いのない足取りでダンジョンコアの方、攻撃を仕掛けたパーティーの方に歩いていく。
「ハルゥーカ様は本当に貴族に戻ろうとお考えですか?」
「なにを…?」
ヨゥトは敵パーティーの隣に当然のように立ち、彼らと共に私たちを見下ろした。
「我らが多大な功績をあげ、戦争が終わった暁には、或いは貴族になれるかもしれません
しかし、それは1代限りの名誉貴族でしかない」
「………」
「お家を再興することは不可能に近いのですよ」
「……」
「いくら功績を積んだとしても、一度潰した家を復活させることは国の上層部は許さない
この破滅へと突き進むこの時代にあってなお!
自分たちの体面や利益だけを追求している!」
「…」
「国は一度解体してやり直すべきなんですよ
そうしないと人類は全て滅びます」
「それで?」
「それで?そう、それで私は志を共にする者たちに合流し、彼らと理想郷を創ることにしたのです!
私はそこで“真理”をみました…
この世界の本当の姿をね
するとね、驚いたことに属性が“悪”になったのですよ
真理に近付く者を“悪”とみなす神!
愚かではないですか
神話時代のように傲慢に自分たちの都合の良いように操る、神にも貴族にもうんざりなんですよ!
私たちの理想郷は悪も善もない、そんなシステムに頼ることなく全ての人が自由を謳歌できる場所です!
ハルゥーカ様、貴女も私たちに合流し、一緒に真理を追求しませんか?
あなたも元貴族
この世界が腐っていることは嫌というほどご存知の筈
それらを糺す、正道の戦いを共に!」
熱の籠もった目をギラギラと光らせながら、ヨゥトは私の方へ手を差し伸べた。