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67、魔声帯

 魔素が暴走している“終絶の地”の調査は昨日をもって終了し、我々はゲートダンジョンである“終絶に至る道”の未開拓ゾーンへと向かうことにした。

 日の出とともに起床して準備を終えると、投神殿も準備を終えたのかすごい量の荷物を抱えていた。


「投神サンよ〜、そんな荷物持って大丈夫なのか?」

「そうだにゃ投神サマ、収納を持ってないんだから荷物は少なくしたほうが良いにゃ」

「この槍の素材は一体…

 あ!この半透明の膜で覆われた槍は一体なんですか?」


 ヨゥトが投神殿が肩に担いでいる武器の束に食いついている。


「カサダ、ビニールガサ」


「……すみません、ちょっと理解できないので念話を使っても良いですか?」


「ヨゥト!これからダンジョンに向かうというのに、貴重な魔法回数を消費するのは許可できない

 街に戻ってからにしたらどうだ?」


「はい…、ならば鑑定だけでもさせてもらえないでしょうか?」


 錬金術師のヨゥトは見知らぬ素材やアイテムに目がない。

 許可しないと、これからのダンジョンアタックに悪影響がでそうだ。


「…仕方ない、鑑定のみ許可する」


「ありがとうございます、『鑑定』」


 私の許可は与えたが、持ち主の投神殿に確認を取らずに鑑定するとは…。

 相当舞い上がっているようだ。


「マナー違反だぞ、ヨゥト」


「それでどうだ?」


「す、すみません…鑑定不能です…」


「なに〜!

 レベ150オーバーのヨゥトが鑑定ミスるってどんなアイテムだよ!」


「状態異常にはなっておりませんので、呪われているとかはないと思いますが…」


「それではこの虫系魔物の脚を使った槍とかも鑑定不能の可能性が高いな

 投神殿、この槍を鑑定にかけてもよろしいか?」


「???」


「投神くん、これ視ても良い?」


「ドウゾ」


 投神殿は武器の束を地面に降ろし、槍を掲げてみせる。


「『鑑定』

 ………やはり鑑定出来ません」


「そうか…

 投神殿は異世界から来たという

 これらのアイテムも異世界由来のものなのだろう

 我らの鑑定が及ばないのは道理」


「興味深い…!」


 珍しくジンズがしげしげとアイテムを観察している。


「ということは、投神殿の腰巻きも異界由来の物か…?」


 よく見ると腰巻きについているベルトも、見たこともない魔物の一部のようだ。

 つい強度確かめたくて引っ張ってしまった。


「サワッチャダメ!」


 バイーンッ!


 ベルトがほどけ、弾けるように腰巻きがひろがった!

 そこには下半身を露出した投神殿が!


「キャーーー!」



 くっ、なんたる失態!

 あまりの事に若い女のような悲鳴をあげてしまったではないか!

 長い冒険者生活を経て、裸なんぞでいちいち心を乱すこともないと思っていたのに…。


「す、すまない、投神殿」


「ア、アァ、カマワヌ…」


 メンバーが大爆笑している。

 特にゴウは転げ回って地面を叩くほどだ。

 覚えておけ…!


「いつまで笑っている!

 出発するぞ!」


「「「りょ、了解…!」」」


「ゴウは投神殿の荷物を担いでやれ」


「何でだよ!」


「リーダーの命令だ」


「ちっ…!」


 締まらない出発となったが、我々は巨大な木に別れを告げてゲートダンジョンの入り口へ向けて歩きだした。








「投神サンよ〜、その皇帝之大剣を俺に売ってくれないか?」


「???」


 投神殿は自分の荷物は自分で持つと言い、誰の力も借りることなく大量の荷物で我々の行軍スピードに余裕で付いてきている。

 あの細い透明の糸がついた武器を操りながら。


「っかー、なんでジェーメの言葉しか伝わらねぇんだ!

 ジェーメ、通訳頼む!」


「ほーい、投神くん、それ売ってちょーだい」


「ウル?ヨイゾ」


「おぉ〜やったぜ!

 いくらだ?」


「ゴウ様、投神殿に値段の交渉をしても分かりませんよ

 こちらから適正価格を提示すべきです」


「あ、確かにな

 この世界のお金とか知らねぇもんな

 じゃあ、99万でどうだ?」


「安過ぎるにゃ

 そんなんじゃ“悪”にアッドされるにゃ」


「そっか?

 じゃあ9999万でどうだ?」


「ゴウは馬鹿だにゃ

 高過ぎたらたら投神サマに悪がアッドされるにゃ」


「そういやそうだな…

 じゃあ適正価格はどんなもんなんだ?」


「ゴウ様、この皇帝之大剣は浄化済みとはいえ、本来の力が失われております

 市場価格1000万から2000万という価格帯だと思われます

 なので個人間での買い取りでしたら500万から1000万という感じが妥当ではないでしょうか」


「なるほどな、じゃあ999万で頼むわ!」


「良いんじゃないかにゃ」

「私も良いと思います」


「投神くん、良い値で売れたよ」


「ソレハヨカッタ」


「でもゴウくん、お金持ってるの?」


「Sランク冒険者なんだから999万ぐらい持ってるわ」


「どこに?」


「んなもん、ギルドカードに…って、おい!

 投神サン、ギルドカード持ってないのか!」


「そ、現金じゃないと渡せませーん」


「っかー、百足蛇の足にかけて!

 最近ギルドカードでしかお金のやり取りしてねーから、現金なんか持ってねーわ」


「冒険者あるあるだにゃ」


「投神くん、いまお金持ってないんだって」


「???

 …、ナラバ、カネハアトデイイ」


 投神殿はそう言って武器の束から大剣を抜いてゴウに渡した。


「マジか!

 ありがとうな、投神サン!」


「カマワヌ」


「投神様、それでは私にもその不死王之杖を売って下さいませんか?!」


「コノツエハダメダ」


「何故?!」


「キケンダカラダ」


「SP開放の“転生”の能力のことですか?

 その機能は使いませんので大丈夫ですよ!」


「ダメダ」


「くっ、ゴウは良くて何故私は駄目なのですか?!」


 前を行くジンズが振り返るほどの大きな声をヨゥトがあげる。


「ナンカ…、ダメダ」



「………わかりました

 ご無理を言って申し訳ありませんでした」


 そう言ってヨゥトは引き下がってくれた。

 あまり無理強いをすると悪にアッドされるとされているから、引き際をわきまえたのだろう。

 投神殿があんなに拒むのは、やはり転生によって噂通り危険な事が起こるということなのだろう。


「お前たち、移動中だぞ」


「そうだったな

 じゃあ“収納”」


「ゥオオ!スゴイ!」


 ゴウの所有物となった大剣を収納にしまうと、投神殿が過剰なほどに反応した。


「お、そうか、ははっ

 収納も珍しいんだったな」


「投神サマ、見てにゃ、“取出”」


「オオ!スバラシイ!」


「にゃははははは」


 2人は収納から武器やら道具やらを取り出して投神殿に見せている。

 投神殿はまるで子供のように目をキラキラさせて喜んでいる。


「スゴイ!オレモヤリタイ」


「あ〜、これは冒険者になれば使えるようになるんだが…」


「投神サマは“持たざる者”だから、登録できないかもにゃ…」


「???」


 楽しげだった空気が少し重たくなる。


「投神くんは喉に“魔声帯”っていうものを持ってないから、冒険者になれないかも

 ほら、これ」


 ジェーメは防御力や状態異常抵抗率を高める為の首輪を外して投神殿に魔声帯のある場所を示した。

 なんと大胆な…!

 我らの冒険者にとって喉元は急所なので、ほとんどの者が露出させない。

 単純に恥ずかしいといのもあるが…。


「オォウ?」


 投神殿はジロジロとジェーメの喉元を見ている。

 見過ぎだ!


「女の魔声帯は分かりづれえだろ

 投神サン、ほれ、これが魔声帯だ」


 ゴウまで!

 私が気にし過ぎなのか!


「アッ!ノドボトケガニコアル!」


 ゴウはその…、分かりやすい喉をしているので、投神殿も魔声帯に気付いたようだ。

 自分の喉を押さえて驚愕している。


「この魔声帯の魔声紋は一人ひとり違うもんだから、それをギルドに登録するんだぜ」


「そもそも“教会”で職業を授かる際に、魔声帯を通して職業を得るとされておりますので、ギルドに登録どころか投神様は一生“無職”のままですよ」


 さっきのことを根に持っているのか、ヨゥトは少し棘のある言い方で指摘した。


「だから“持たざる者”は職業を得ることも、ギルドに登録することも、ましてや魔術を使うことも出来ません」


「…………!」


 理解できているのかは不明だが、投神殿は衝撃を受けているようだ…。

 ヨゥトの言い方はキツいが、事実そうであり、稀に生まれてくる“持たざる者”の方々はこの戦乱の時代にあって差別対象であった。


 魔術の呪文詠唱は魔声帯から発する音を主に使うし、一部の魔技は魔声帯の音がトリガーだ。

 日常的にも魔声帯の音を会話に混ぜているし、身体の一部として当たり前に使用している。

 それを使えないとなると、冒険者どころか一般生活にも支障をきたすのだ。


 勇者様方による意識改革により、表立って差別されることはなくなったが、影ではいまだに“原始人”や“人でなし”などと蔑視されている状況が続いているのだ。


「投神くんは強いから大丈夫だよ?」


「………アリガトウ、テンシチャン」


「てんしちゃん?」


「そうだぜ、そんだけ強かったら冒険者じゃなくても何とかなるぜ、投神サン!」


「だけどパーティーは組めないにゃ…」


 最大6名のパーティーは冒険者ではないと組めない。

 瞬間移動や防御魔術、聖騎士の灮闡能力などがおよふ範囲が6名なのだ。

 召喚魔術による魔物を使役していない状態なら、例外的に“ゲスト”としてパーティーの恩恵は受けられる。

 しかし経験値の分配は行われない為、レベルアップは望めない。

 まぁ職業を持てない投神殿には関係のないことだが。


「ダンジョンに潜るなら、ゲスト枠で行くしかあるまい

 それに投神殿の生活していく手段がダンジョンだけ、という訳でもないだろう」


「そうだった

 俺らは長いこと冒険者しかしてねえから、他の生活手段が思いつかんが…」


「それは街に着いてから考えよう」


「そうだな、了解」


「む、ダンジョン入り口だな」


 ジンズがハンドサインを送っている。


「よし、小休憩ののちにダンジョンアタックを開始する

 場合によっては未開拓ゾーンに到達するから、最大限に警戒していくぞ!」


「「「オオウ!」」




 こうして未開拓ゾーンへの挑戦が始まった。



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