65、鬼
鋭い踏み込み。
鮮やかな剣筋。
もはや人外と言って良いほどの力と素早さだ。
前の世界で色んな達人を見てきたが、この男は別格だ。
人間には無理な動きを強引に身体力で行使している。
それに何とか対応できているのは、異世界投げパワーのお陰だ。
3本の金属杭を代わる代わる投げながら捌くと、不思議と捌けちゃうのだ。
1本を宙に舞わせ、残りの2本で彼の力を制限し導く。
時にはこれ見よがしにクルクルと回して、視線を誘導して牽制し、気付かない内に微妙に力が入りにくい姿勢させる。
彼は分かってるかなー、この細かいテク!
伝われ!
それに彼の剣筋というか戦いの仕方というか、理念が我が流派に通じるものがある。
だから秘匿道場内での通称“シんでもシらんぞシアイ”と呼んでた模擬戦に似た雰囲気で、やっていて懐かしいのだ。
だからとっっても楽しい!
彼はまだまだ技の駆け引きが甘い。
対人戦よりモンスターと戦うほうが多いからだろう。
さっきの猫耳少女と同じで、読みやすい。
美味しく頂いてしまおう。
「はい、そこ」
ズダーンッ!
武器をチェンジする隙をついて転がしてやった。
「フォフォフォ、まだまだじゃのぅ〜」
「Χγκαθωみたいなこと言いやがって!」
今度はハルバード?って奴かな、それを振り回すんてすね、はい。
こんな重たい長物を1対1の対人で使えるのかと思ったが、とんでもない膂力でブン回しておいでです。
すごいね…。
小手先の技より、こういう質量攻撃のほうが怖いわ。
突きという直線的な武器の動きも、薙ぎ払いの円の動きも、結局はそれを生み出してる人体の構造的には球の動きに集約されるんだよ。
だから、その根源的な動きさえ捉えれば、力の流れを支配できる!
「ほい」
ズダーンッ!
「……θκεっ!」
なんか分からないけど、汚い言葉でしょ、それ。
ダメですわよ。
二つの月に代わって根性叩き直しちゃる。
「さぁ立て、どんどん来い」
久々の稽古だ。
堪能させてもらおう。
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駄目だ、俺の攻撃が一切届かねぇ…。
この感じは正に勇者様の“道場”での稽古だ。
この投神さんはマジで勇者様に匹敵するぐらいに強いんじゃねーか?
引き出しの多さでは抜きん出ててる戦士。
しかもレベル200オーバーの灮闡戦士の様々な武器の攻撃が全部あの金属の棒でいなされてしまう。
投神さんは特別力が強いわけでも、早いわけでもない。
俺の力を利用して投げ飛ばしている。
これじゃあ、ひとり相撲をやっているかのようだ。
俺も投神さんも本当の実力を出しているわけじゃないが、このままでは終われない。
勇者様の道場に通い、剣技を習得した者としての誇りがある!
この修練の証に授かったストールにかけてな!
悪く思うなよ…!
「†昇龍、抜突ー!」
膝を抜いて前に倒れ込むー、
地面に激突するスレスレで爆発するように足の指の力で蹴り出す!
縮地
そして最短距離で切っ先を突き出す!
初見で見切るのは絶対不可能の勇者の技だ!
届けー
スゥン
「いない?!」
絶対の突きを放った先に奴の姿がない。
どこにいった…?
「ワレハオボロナリテ」
真横!
耳元で囁かれたと気付いた時には、天地の感覚が消え去っていた。
ズダーンッ!
……雲一つない空が見える。
また投げられちまったか。
ダメージは全くない。
職業を持っていない者が、高レベルの冒険者にダメージを与えることは不可能だ。
…でも、投神さんならできるんだろうなぁ。
「完敗だ」
こんなにコテンパンにやられたのは20年ぶりぐらいだな。
コイツを勇者様に会わせたいわ。
なんか清々しいぜ…。
「?…ドウシタ、カカッテコイ」
「え?完敗だって!」
「?…タテ、ハジマッタバッカリダ」
「良い感じでまとまってなかった?」
「ウルサイ、コイ」
「鬼だー!」
「タタヌナラタタセテミヨウナゲトバシ」
「ぎゃー!」
ビターンッ!
「ソコノヨロイ!」
「えっ!私!?」
「オマエモダ」
「キャー!」
ビターンッ!
「ソコノイケメン」
「…私の事か?っておわー!」
ビターンッ!
「もしかして私ですかー?」
「テンシハナゲン」
「はぁ…、なんか残念?」
「ノコルハ」
「いや、私は後衛職の錬金術師ですし…」
「テキハクベツナクオマエヲオソウゾ」
「た、確かに!ぁあーれー!」
ビターンッ!
「サァ、ミンナデ、タノシモウ」
「「「鬼だー!!」」」
こうして俺達は散々投げ倒されて心が折れちまい、最後は6人がかりでも投げ倒されまくってしまった…。
俺達はほんとにSランクパーティーだったっけ?
EXダンジョンに挑んでも良いのだろうか?
深く悩んでしまうのであった…。
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いやー久しぶりの集団乱取りは楽しかったなー!
秘匿道場に通えなくなって忘れてたけど、生命をかけたギリギリの模擬戦って心躍るネ!ネ!
この戦士くんなんて、流派の縮地に似た技を使って突きなんか入れてくれるし、テンション上がっちゃったよ〜。
あれはほんとに瞬間移動に見えるからビビるんだけど、真っ直ぐにしか進めないんだよね。
だから体を横に開くと避けれるし、隙を突けるから大好物なんです。
鎧美女の盾の返し技、シールドバッシュも面白いけど、さらにそれを返してやると簡単に転んじゃうんだよね。
せめて返しの返しの返し返しぐらいまでは想定しましょうね。
イケメンエルフは忍者先輩に似た身軽さと遠距離攻撃が得意なようで、これも俺と噛み合う。
杭の尖ってない方で迎撃してやりましたとも。
魔法使いっぽい2人は、直接戦闘が苦手なようでダメダメだな。
頭を打たないように優しく投げてあげました。
この世界に来て異世界投げパワーを得た俺は、少しは強くなったんじゃないだろうか。
この6人は直接戦闘が余り強くない部類の人たちかも知れないので慢心はいかんが。
何より殺傷力のある魔法で攻撃してこなかったからな。
魔法を織り交ぜた本物の戦いになれば、負けるのはこちらだろう。
あの自らを魔人と言った奴も強さの底が見えない強者だった。
強者がゴロゴロといる世界のようだが、街に行けば俺はさらに強くなる術が見つかる筈だ。
ロール、魔法、装備…。
そして未知なる異世界の技術。
絶対この世界で雄々しく生きてやる!
「生きてるぜ!シュナイデック!」
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「おい、鬼がなんか叫んでるぞ」
「鬼じゃない、投神サマだにゃ!」
「確かにあれは鬼かもしれない、投鬼だ」
「リーダーまで…
敬意を払うにゃ」
「確かに強いですがね…
彼の強さの秘密は何なのでしょうか?」
「あれは謎の補正だろ?
かっこ神の」
「では何故その特殊魔技のようなものが投神様に付与されているのでしょうか?」
「んなもん…分からんし、直接聞いてみれば良いだろ」
「いや彼には難しい抽象的な話しは伝わらないだろう…」
「はーい、“念話”で聞いてみれば良いと思いまーす!」
「おぉ、良いじゃん!
確かヨゥト、お前使えるだろ?やろうぜ」
「使えますが…」
「何だよ」
「念話はみだりに使うべきではないと云われておりますし」
「みだりにじゃねーよ
投神サンの秘密はこの依頼の成否にかかわってくるところじゃねーのか?」
「うっ…」
「私は投神殿と念話で聞き取り調査をする必要があると判断する
職業を持たない一般人である投神殿のこの強さ…
彼の強さは、神やギルドの作ったシステムの根幹を揺るがすものではないか?
彼がどこから来たのか、彼の目的、望みを聞いてくれ
ヨゥト、頼む」
「…分かりました
あまり念話は得意ではありませんが、やってみましょう」
こうして投神殿の了承を得て、念話による聞き取り調査が始まった。