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61、6人の目指す場所

「ようこそ、俺の拠点へ!」


 いや〜、早くこの柳を見せたくてみんなをおんぶしちゃったよ。

 だって遅いんだもの!

 日が暮れちまうわ。

 どっぷり暮れてるけどっ!


 何かみんな体調悪そうだけど大丈夫かな?

 あ、なげ池の水を飲めば回復するかも。

 俺は急いで岩で作ったコップでみんなに水を振る舞った。

 水の効果はてきめんで元気になったようだ。

 でもそんなに驚く?

 魔法で大ケガを一瞬で治すほうが驚くっちゅーねん!


 不思議魔法少女は何回もおかわりしていた。

 お腹チャポチャポになるよ?


 それより、ほら柳を見てよ!

 毎日水をやると愛着が湧いてきて、もう自分の子供のように思えてきちゃってね…、はははっ。


 はい?

 なに柳ちゃんに対して不穏な目で見てくれてるんですか?

 柳ちゃんを傷付けるなら相手になるぞ、ゴォルラァー!




*************************



「キハトモダチ!

 キヲイジメルナ!」


 場違いで唐突すぎる巨木が樹木系魔物である可能性に気付いた我々の殺気に敏感に反応して、投神殿が立ち塞がった。

 ここは彼が生活していた場所らしく、あの巨木の世話もしていたのかも知れない。


「あんな安定して清浄な魔素を放っている木が樹木系魔物のはずないよ」


 賢者のジェーメが指摘する。

 確かにそうだ。


「済まない、我々の勘違いだったようだ」


「……?」


「投神くん、ごめんね」


「オゥ……オレヲツレテイッテクレ」


「うんうん、わかってるよ」


 投神殿は水平に拡げていた両手を降ろし、戦意を収めてくれた。

 しかしなかなかのプレッシャーだったな。

 Sランクパーティーの6人に囲まれて圧倒されないどころか、跳ね返す程の戦意とは…。

 こんな岩ばかりの大地の終絶の地で生きていれば強くもなる、ということか。



 しかし彼のくれた水は驚いたな…。

 体力(HP)回復はもちろん、魔術使用回数(MP)が回復する水なんて聞いたことがない。

 通常は神によって『聖別』された“宿”で宿泊することでしかHPとMPは全回復しない。

 ダンジョンの中でも“執事(バトラー)”や“家政婦(メイド)”の灮闡(コウセン)能力である“饗膳”によって作られた食事をすることで全階位の魔術使用回数が1つ回復するが、それのみだ。


 これはおとぎ話に出てくる万能の霊薬『エリクサー』というものではないかとさえ思えてくる。


 しかもこれを飲むことで、この終絶の地の狂った魔素の動きの人体への影響が少なくなったようだ。


 ジェーメも楽になったようで、両月に照らされた周囲を見回している。


 一方、ヨゥトはこのエリクサーの効果に驚き、怖いほど真剣な顔で黙り込んでしまっている。



「この巨木を見ていると、“森”を思い出す…」


 ジンズは故郷の森と呼ばれる、耳長族の支配地域の大森林地帯を思い出して嬉しそうにしている。


「ジンズ、この木は一体何なのだ?」


「わからない

 俺の知らない樹木だ

 だが…、穏やかな気持ちになる不思議な木だ」


「この木の周りだけ魔素が安定しているよ

 多分この木が周囲の狂った魔素を吸収して、安定したものに還元してる感じ

 魔素の狂いはこのすり鉢の一番底に向かってだんだん強くなるんだけど、木の周りだけは落ち着いてる…

 変なの!」


 このすり鉢状に凹んだ部分の中心にこの暴走する魔素の原因があって、その上に生えている木が一本で抗い、安定させようともがいている…。

 そう思うとこの木に畏敬の念を覚えずにはいられない。

 投神殿がこの木を大事にしているのも頷けるな。


 何もない岩の大地に突如現れた大木。

 遥か天から流れるように地上へと伸びる柔らかな枝に、黄緑色の小さな葉を散りばめて風にそよいでいる。

 風に合わせてサワサワと涼やかな音を立ててそよぐその姿は、ここだけ凶悪なダンジョンであることを忘れさせてくれる。


 噂では血頭巾が異常繁殖してキングや、さらにロードまでが発生したという情報まであったが、この月明かりの下で見る終絶の地は静かで神聖な場所にすら思えてくる。


「今日は休んで、明日から本格的な調査を行おうか」


「そうだな」

「了解」

「わかりました」


「ジェーメ、投神殿はここに住んでいるのかと質問してくれ」


「はーい

 投神くん、あなたはここに住んでるの?」


「スンデ…、アア、スンデイタ」


「ひとりで?」


「ヒトリダ」


「どこに寝てたの?」


「キノウエダ」


「へぇ〜、楽しそうだね!」


「スメバミヤコダ」


「なるほど〜」


 ジェーメと投神殿の会話が弾んでいる。


「投神さんよ〜、こんな岩ばっかのとこで、何食べて暮らしてんだ?」


 ゴウも参戦か。


「タベテ…、アァ!サカナダ」


「魚〜⁈」

「ほえ〜」


「ココハミズウミダッタ

 サカナモイタ

 モウミズハナイ

 ダカラツレテッテクレ」


「そういう事か〜

 干上がっちまって、脱出する最中だったのか」


「大変だったね〜」


「ネ〜?」


「さっき飲ましてくれた水はどこから持ってきたんだ?」


「ナゲイケダ」


「なげいけだ?」


「ナゲイケ、コッチダ」


 先導する投神殿の後に続いていくと、巨大な石切場が見えてきた。

 この規模の石切場があるということは、村レベルの集落があるに違いない。

 その石切場の少し小高くなっているところに、人工と思われる池があった。

 もう水はほんの少ししか残っていない。


「これが先ほどの霊薬…いえ、水ですか?」


 ヨゥトが興奮気味に問う。


「?…、コレガサッキノミズダ」


「す、素晴らしい!

 これだけあれば巨万の富を得られますよ!」


「この水は投神殿達、ここに住まう人々の物であろう

 我らが勝手に使うことは許されない」


「しかしこれだけあれば、私たちの夢が叶うじゃないですか!」


「夢?…夢とは?」


「お家再興に決まってるじゃないですかっ!

 こんな辺境で冒険者に身をやつしてまで必死に名声と富と地位を得ようとしたのは、あなたのミンリー家と私のドゥン家を再興する為だったはず!」


「そうだな…

 最初の出発点はそうだった

 しかし私たちの夢は変わっていったではないか

 このパーティーでSランクを目指し、EXダンジョンに挑む

 そして魔人とのこの戦争に勝利することだ!」


「私は!再興を諦めた訳ではありません!

 ここにそれを可能にする奇跡の水があるんですから!

 こんな原始人のような彼には過ぎたる宝物なんです

 どうせそのまま飲むぐらいしかできないのなら、私の錬金魔術で万能薬にします

 そしてそれを元手に貴族に返り咲くのです!」


「貴族に戻ってなんとする…」


「は?」


「貴族になにができるのだ?」


「なっ…」


「散々見てきたではないか、ヨゥト…

 魔人や魔物の脅威に晒されるのはいつも平民で、それを救うのは貴族ではなく冒険者だったじゃないか!

 私は家を再興するよりも、魔人との戦争に勝つことを優先する

 その先にこそ、自らが貴族に相応しいのかが見えてくるはずだ!」


「そうだぜ、ヨゥト!

 俺たち3人で始めた冒険だったが、ティーとジンズとジェーメが加わって、6人揃ったあの日の朝に地平線を見ながら誓っただろ?」


「SランクになってEXダンジョンに挑み、力を得て戦争の終止符をアタイたちが打つってにゃ!」


「ですです!」


「頭を冷やせ、ヨゥト」


「………」


 皆から口々に窘められ、ヨゥトは俯いている。


「…そう、でしたよね…

 申し訳ございません、奇跡の水を目の当たりにして取り乱してしまいました」


 深々と頭を下げるヨゥト。


「錬金術師だからな、しょーがねーな!」

「そーだにゃー、ヨゥトは良い素材を見つけるといっつも変になるにゃー」


「面目ございません…」


「はははははっ」


「戦争に勝たないと国も貴族もなくなる

 多大な功績を示せば貴族に戻れるだろうさ

 順番を間違えるなよ、ヨゥト」


「はい、リーダー」


 良かった…。

 まだこの6人で戦える。


「はーい、ジェーメは眠たいです

 早く寝てお日様が見たいです!」


「そうだな、今日は色々あったな

 “野営”しよう」


「「賛成」」


 満月が近い月と、相変わらずまん丸な憎き虚月の光に照らされながら野営の準備を始めた。

 投神殿は木の上で眠るようで、スルスルと身軽に登っていった。


 幾度となくこのパーティーで野営をしてきたが、終絶の地のど真ん中にいるからか、不安を感じてしまう。

 Sランクの魔物を倒し、超難関ダンジョンを踏破して目的地に辿り着いた。

 念願のEXダンジョンにも挑める権利を得た。

 着実にパーティーの目指す場所に近付いたというのに、何かが手のひらから溢れ落ちていくような不吉なイメージが付きまとう。


 この空虚な岩の大地にぽつねんと佇む巨木は、ただその長い枝を揺らしながら私たちをただ見下ろしている。


 そしてその枝からは投神殿の視線がこちらに向けられているように思える。


 彷徨える海に在って導く灯台のように。


 もしくは捉えた獲物を逃さない樹木系魔物(トレント)のように。





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