59、親指
「氷之槍が来るぞ!」
「氷雪之障壁!」
ズガガーンッ!
「みんな、大丈夫かっ⁉」
「な、なんとかな…」
高レベル賢者の障壁をいとも簡単に突き破る氷之槍。
HPをごっそり持っていかれたか。
流石は神の名を持つ魔物だけのことはある…。
「ごめん、みんな…
アタイはもう大丈夫!
行くにゃー!」
ダメージを食らってティーが動けるようになったか。
よし。
「全体回復!」
私は回復魔術を発動し、反撃の狼煙をあげる!
「みんな、行くぞ!」
まだ戦闘は始まったばかりだ!
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「魔法で回復するって、スゲーなぁ!」
この世界の戦闘は、というか彼らの戦闘スタイルはだが、回復ありきのもののようだ。
傷付いた身体が一瞬で治っていくのは、見ていてかなりの衝撃だ。
全身鎧の凛とした女性とポワッとしたかわいい女性の二人で回復を担当するようだ。
しかし、これでは消耗戦だね。
お互いの生命の削り合い。
回復魔法なんてある世界では、そういう戦い方が発展するのかもね…。
少し釈然としないが、彼らの戦いを尊重しよう。
念のため、リュックに大量に入っているモンスターが残す小石を一つ取り出しておいた。
よし、応援しよう!
「頑張れー!」
あれ?何か睨まれた気がする…。
気合が足りなかったか?
「行け行けみんな!押せ押せみんな!おー!」
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「おいリーダー、あれ、やめさせろ!」
「気が、抜ける、にゃー!」
「ははっ、確かにちょっとイヤですね…」
「そお?楽しいよ?」
場違いな声援ではあるが、格上の相手と戦っているという緊張はほぐれたな。
「正面は任せろ!
前衛は左右から削れ!
自由に走らせるなよ!
槍対策を忘れるな!」
「「「おおう!」」」
冷静に対処を重ねていけば、狩れる!
神狼相手に上手く回せている。
このままいけは…
グルルル…ガウゴオオォォォオオオウ!
神狼が怒りの咆哮をあげる!
ティーはビクリと体を硬直させてしまった!
状態異常ではない、格上の生物に対する“反応”か。
動けないティーに向かって走りだす神狼。
無防備な状態であの大きく鋭い牙で噛まれたら、回復する間もなく“即死”になってしまう!
「ティー!」
盾を差し込もうとするが、間に合わない!
誰も死なせないと、あの日誓ったのに…。
ごめん…
ピシィッ ズダーンッッ!
「はあぁ?」
ティーをその顎に捉えるまであと一歩のところで、神狼は足を滑らせて盛大に転んでしまった!
そして勢い余って壁にぶつかり、脳震盪を起こしたようで動けないでいる。
「しょ、勝機…!
総攻撃だぁ!」
「「「お、おう…」」」
みんな予想外の展開で戸惑っているが、ここで狩りきらねばならない!
攻撃は無防備な神狼に次々と当たり、とうとうHPを削り切ることに成功した。
ダンジョンに還元されていく神狼を呆然と見送る。
伝説級のSランク魔物を倒した実感がない。
最後がまあ…アレだったから…、締まらないが。
「みんな、良くやった!
神狼を倒し、名実ともにこれで我らはSランクパーティーとなった
とうとうEXダンジョンに挑めるぞ!」
「「「おおー!」」」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチ…!
我らパーティーの目標の一つである、前人未到の最難関ダンジョンへの挑戦許可を得た。
ここまでくるのに長い道のりだった…。
投神殿も拍手で祝福してくれている。
胡散臭い笑顔で…。
「神狼の牙だ!」
「やりましたね!」
「ほほぉ〜」
強力な魔力を秘めた牙が2本も獲得できた。
一つで屋敷を買えるほどの価値がある。
私たちは高レベル錬金術師のヨゥトがいるので装備に回すのだが。
屋敷より今はEXダンジョンに挑むための力が必要だ。
「この魔石も高純度のようですよ!」
ヨゥトが嬉しそうに報告する。
「鑑定は野営の際にしてくれよ
まだ何があるか分からないからな」
「分かってますよ、リーダー」
消費した魔術使用回数は“野営”や“宿”で宿泊しないと回復しない。
優先度の低い魔術は就寝前にするのが冒険者のセオリーだ。
「それにしても、最後のはラッキーでしたね」
「ごめん!
アタイ…、怖くて…!」
「獣人族は格上の獣系魔物に対して萎縮するという種族特性があるから仕方がない
それを見越した戦術を組めなかった私のミスだ
すまなかった…」
「リーダー…」
「ジェーメも普人族だけど、怖かったよ~!」
「俺もビビっちまってた、すまねぇ…」
「みんな、ありがとにゃ」
苦手な部分をフォローしあえれば、まだまだこのパーティーは強くなる。
素直に謝ることのできるみんなで良かった。
「………。」
「どうしたジンズ?
何か気になることがあるのか?」
「…あの最後の一歩を踏み外したのは、偶然ではない、と思う」
「じゃあ何だっていうんた?」
「恐らく投神殿が何かした…」
「はぁ?」
「でもあのとき魔力の動きは感じなかったですよ〜」
「投神殿は動いてもいなかった」
「だったら不可能じゃないでしょうか?」
「動いていないし魔術でもないから、不思議なのだ…」
ジンズは投神殿の近くにいて動いていないのを見てるのに、彼が関与したと確信しているようだ。
皆の目が投神に集中する。
彼はまた胡散臭い笑顔で右手の親指を意味ありげに立てた。
「…チッ!」
「なんか腹たちますよね〜、それ」
良かった。
皆んな同じ感情を抱くようで安心した。
「でもでも、助けてくれたのなら嬉しいね!」
ジェーメが無邪気に笑う。
そうだ。
彼は悪人ではないことは分かっている。
何らかの手段で助けてくれたのかもしれない。
彼には謎が多いだけで害はないと判断する。
「ジェーメ、また投神殿から訊いておいてくれ」
「良いよ〜?」
ジェーメは投神殿に対する警戒心が薄いようで、何を聞き出して欲しいのか分かってないような気もするが…。
今はダンジョン攻略に集中しよう。
「さて、神狼を倒したので我ら全員のレベルアップが見込める
一度“街”の“宿”飛んでから再度アタックするのも手だと思うが、皆の意見を聞かせてくれ」
「あぁそうだな!レベルアップが楽しみだな
俺は一時撤退でも良いぜ」
「アタイはどっちでも良いにゃー」
「ジェーメはお日様が見たいです!」
「ふむ、では一度てっ…」
「リーダー!いま我々は神狼を倒しました
宿に戻って宿泊した場合、再度湧いた放浪する神狼がとどこかで遭遇する恐れがありますよ」
「た、確かに…」
「物資や“収納”の空きも充分にあることですし、神狼を倒したこの勢いで攻略を進めるべきだと私は愚考致します」
優雅に礼をするヨゥトにみんなが関心する。
「ヨゥトの言う通りだ!
ここはズバーっと行っちまおうぜ、リーダー!」
「アタイももう一度神狼と戦うのはしんどいにゃ…」
「ジェーメはお日様が見たいです!」
「投神様は岩の大地から来られたと仰ってましたね
一般人の方がこのダンジョンに深く潜れる可能性は低いです
ですので我らの目的地である“終絶の地”はもうすぐ、ということでしょう
ジェーメ様、もうすぐお日様を見れますよ」
「わーい!」
「そうなのか、投神殿?」
「オレヲツレテイッテクレ」
「はいはい…
ジェーメ、通訳を」
「投神くんは、いつ岩のところからここまで来たの?」
「イツ?…ダンジョンニハイッタノハアサダ」
「朝?今日の朝から潜ってここまで来たの?」
「??…キョウノアサダンジョンニハイッタ」
「一般人の彼の足で半日なら、もうすぐそこですよ!」
「…しかしこの地図では、まだ丸1日はかかる」
「地図が間違っている可能性もありますよ、ジンズ様」
「………」
「とにかく今日は行けるところまで行ってみませんか?
勇者様方も報告をお待ちでしょうし」
理知的なヨゥトがここまで先を急ぐのは珍しいことではあるが、確かに時間をかけ過ぎるのは駄目だ。
終絶の地の異変が、もし取り返しのつかないものに発展しつつあるのなら、早期に報告して対策を練らねばならん。
「よし、出発しよう」
「了解です、リーダー」
「オーケー!」
「分かったにゃー」
「お日様ー!」
「………」
私の最終決断に、皆が支持してくれる。
「投神殿、我らは目的地である“終絶の地”に向かう
そこで異変がないか調査するのが我らの任務なのだ」
「オレヲツレテイッテクレ」
「……了解した
貴殿を連れて行こう」
こうして宿には飛ばず、ダンジョン探索を続行することとなった。