57、ゲスト
その男の言葉はひどく古臭く、まるで舞台の俳優のセリフのように聞こえた。
いま街の劇場の演目で、ちょうど題材が古代のものが流行っているらしい。
一瞬ウケを狙ったようにも思えたが、こんなダンジョンの奥で冒険者相手に笑いをとる意味はない。
何より、目が真剣だ。
「「プッ…フハハハハハハ!」」
「こんなところで演劇か?」
「緊張して損したにゃー!」
「いやなかなかの演技でしたよ?」
「オヌシ、ヤルデゴザルナ!」
「ひーやめろ、ジェーメ!は、腹が痛い!」
「…………」
みんなは相手が普人族で属性が善なのを確認して緊張を解いたようだ。
いや、ジンズたけは警戒しているが。
この難関ダンジョンの玄室に座っている男は、何とも粗末な物を身に纏っている。
巨大な魚の皮で作ったようなポンチョ。
虫系魔物の羽のようなものを巻いただけの腰巻き。
靴は…、帰還の翼を履いているのか?
首には良く分からない四角い物を下げている。
髪の毛は見たこともない鮮烈なオレンジ色をしているが、顔つきは東方系だ。
武器は手にしていないが、部屋の奥にまとめて置いているようだ。
多分、私達と戦うつもりがないという意思表示だろう。
風貌はふざけているようにも見えるが、その顔つきや目には鋭い意志の力が宿り、歴戦の高レベル冒険者のような深みがあるように思える。
「いきなり鑑定をかけてすまなかった、投神殿
我らはSランクパーティーの“未だ見ぬ地平線”
私はリーダーのハルゥーカと申します」
まだ笑いの治まらないメンバーを尻目に丁寧に挨拶をする。
「貴殿は何故こんなところで、しかも独りでおられるのですか?」
そう、何故なんだ。
私の質問を聞き、メンバーもハッとしたように真剣に男を観察している。
「ナ……」
「な?」
奇妙な男は困惑の表情を浮かべ、何と言おうか迷っているようだ…。
「ナゲガミ…、ナゼシッテイル…?」
「えっ?
それは、だから鑑定を…」
まさか鑑定の効果を知らないのか…?
この世には未だ冒険者という存在を知らない者がいて、街から遠く離れたところに住んでいるという噂を聞いたこたがある。
彼もそうなのか…?
「オレヲツレテイッテクレ…!」
「連れて行ってと言われましても…
どこに連れて行って欲しいのですか?」
「オレヲツレテイッテクレ」
唐突な懇願。
こちらの話しが理解できていないような気がする。
「私達はこのダンジョンを通って、“終絶の地”に向かっています
貴殿はどこから来られたのでしょうか?」
「……イワ、イワノダイチ」
「そ、それは終絶の地ですか?」
「オレヲツレテイッテクレ」
男が頭を下げる。
この言葉しか知らないように、何度も繰り替えている。
「連れてってやろうよ、リーダー」
「えっ?」
「なんだか可哀想だにゃー」
「まぁ俺たちは6人だから、ゲスト枠に入れれば連れて行けるぜ
それに属性が善なんだから心配ないさ」
「珍しくゴウと意見があったにゃー」
「んだと!」
「まぁまぁ二人とも!
しかし勇者様方の調査に支障が出ませんでしょうか?」
「はーい、ジェーメはこんな無力な“善”の人をダンジョンに見捨てるのはいけないと思いまーす!」
「確かに!カルマが悪にアッドされちまうぜ!」
「…………」
「ヨゥト、あなたはどう思いますか?」
「…私は、連れて行くことに反対しない
しかし…」
「しかし?」
「彼は無力ではない、“強者”だ
そして“持たざる者”…」
「えっ…?」「にゃにゃ?」「はぁ?」「?」
みんなの視線が彼のむき出しの喉もとに注がれる。
確かに、ない。
“魔声帯”が…。
*******************
この世界で出合った新たな6人組。
最初1人で偵察に来ていた身軽な隠密のような装備の男性は耳が長くとんがっている。
ファンタジー作品に出てくるエルフだっけ?
そういう種族に思える、恐ろしくイケメンな人だ。
全身金属鎧に身を固めた凛とした美しい女性。
金髪で西洋っぽい顔立ちだ。
この小隊のリーダーっぽい雰囲気だ。
背の高いマッチョでこれぞ戦士、という感じの男性は東洋人っぽい顔立ちだ。
斧やら剣やら、色々物騒な装備している。
軽装で武器を持っていない女性は耳が猫のように大きく付いている。
飾り物かと思ったが、ピクピクと動かしているところを見ると本物なんだろう。
どういう頭蓋骨になってるんだ?
ローブの男性は上品で聡明そうだ。
杖を持っているから魔法使い系なんだろう。
西洋の王子様って感じの人だな。
小柄でローブの可愛らしい女性も杖を持っているから魔法使い系か。
ほんわかした空気感だが、一番何を考えているか読めない、なかなか危険そうな人だ。
みんな個性的だが結束は強く、連携が上手いと見た。
もし戦えば個々の能力以上の力を発揮するだろう。
厄介な相手だ。
いやいや、戦うつもりはないんだが。
しっかし、フレンドリーに『ハロー』なんて言ったばっかりに、イケメンエルフにはダッシュで逃げられるし。
他のメンバーを連れてきたと思ったら爆笑されるし。
前の6人組といい、俺の何が面白いんだ?
服装か?
髪の毛か?
言葉か?
言葉は分かるとこと分からないところがあるんだが、規則性がある気がする。
とにかく笑われようが、文明圏に連れていってもらわないと!
これが最後のチャンスかもしれない。
……なんスか?
みんなおれの首元を見てる?
プロアウェイが珍しいのかな?
この世界の人にとってはオーバーテクノロジーかもな。
取り扱い注意だ。
『パーティーのゲスト枠に追加申請されました
承諾しますか?(Yes/No)』
「えっ!?なに?」
念話みたいに頭にきの中に響く声。
無機質で打ち込まれた文を読み上げるソフトを使ったような抑揚だ。
6人組が不思議そうに俺を見ている…。
選択するのを待っているのか。
パーティーとはこの6人組のことだよな。
連れて行ってくれるのだろう。
YesだYes!
ってどうやってYesを選択するんだ?
「Yes!」
声に出してみた。
あ、また笑われてる…。
『パーティーのゲスト枠に追加されました』
おおう、とりあえず成功のようだ。
よく分からんけど、良かった〜!
リーダーっぽい重装備の美人さんに話しかけられる。
連れて行ってくれる的な感じの内容…だよね。
ここは礼を言わねば。
「ありがとう!」
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「アリガトウ」
投神殿は大仰な礼をする。
また笑い出したゴウに軽く蹴りを入れて出発する。
ゲストができてしまったが、我らの目的は飽くまで終絶の地の調査。
それは投神殿も了承してもらっている。
「一度“街”に“飛ぶ”か?」
「いや、投神殿も調査に同行したいと言っているから、このまま進もう
もしかすると何か異変について知っているかもしれない」
「そうだな」
私達の会話をジッと聞いている投神殿は本当に終絶の地から来たのだろうか?
あの岩ばかりの狂った大地に人が住めるのか…。
行けば、わかる。
「それでは行きましょうか」
投神殿は部屋の隅に置いていた装備を担ぎ出した。
「投神さん、あんたそれ全部持っていくの?」
槍やら杖やら棍棒やらの長物を束ねて肩に担ぎ、コートを改造したパンパンのリュックに、右手には金属の塊に細い紐が付いたものをブラブラさせている。
およそダンジョンを探索する装備ではない。
「そんないっぱい持ってたら、絶対へばるにゃー!」
「そうだぜ、“収納”はいっぱいなのか?」
「ゴウさん、投神さんは冒険者じゃないから“収納”持ってなおられないと思いますよ」
「まぢか」
「投神殿の大事な装備なのだろう
休憩を多めにとって進もう
どうせ罠が数多く待ち構えてるからな」
「違いない」「確かににゃー」
「それでは出発!」
こうして我がパーティーは想定外の奇妙な男を加え、不毛の岩ばかりの大地が続く“終絶の地”に向かうのであった。