53、芽吹き
「植物が生えてる…!?」
湖の最深部の辺りに緑の葉っぱが見える。
あれだけ散乱していた小石や塵は風によって運ばれたのか、綺麗になくなっている。
近付いてみるとかなりの量の堆積物がすり鉢状の底に溜まっているようだ。
そしてその中央から伸びているのは、幼木。
おそらく柳。
垂れ下がった枝と葉っぱが特徴的で、新緑の柔らかな黄緑色が風に吹かれて揺ら揺らと流れている。
「どこかに紛れ込んでた前の世界の柳の種が発芽したのか」
何もない岩だけの大地に“土”が生まれたんだ…。
そしてそこに芽吹いた植物。
この不毛な世界に生命の歴史が刻まれた瞬間に立ち会えたんじゃないかと思うと感動を覚える。
この世界にとってお前も俺も外来種かもしれない。
でも芽吹いた以上、力強く生きていけ!
俺も精一杯暴れてみせる!
アクエルオー様の水で出来たばかりの貧弱な土を潤してやった。
「今日は先ず、このコートをリュックに改造しよう」
いまダンジョンで敵と遭遇したときは、最初に担いでいる槍などを地面に降ろして体制を整えている。
リュックもそんな感じでパッと降ろせるのが良いな。
重くても投げ歩法があるから気にならないし、着脱を重視しよう。
「リュックに使えそうなものは…、セ何とかちゃんを縛っていた縄と、巨大昆虫の触覚や呼吸管、あとはオイカワの皮ぐらいかな」
フード付きコートを広げてみる。
素材はよく分からないが、しっかりしたものだ。
雨風をしっかり防ぐものだろう。
この辺りは雨も振らないし、寒くもない。
心置きなくリメイクしよう。
上下の半分ぐらいで折って、両側を縫い付ければ袋状にはなるな。
腕の部分は袖口を下の方に縫い付けて肩紐にしよう。
プロアウェイを首掛けにするのに使った縄はまだ1mほど残っている。
縄は植物の根のようなものを縒ってあるので解してみる。
8本の細い紐で作られているようだ。
これで縫っていこう。
「針が欲しいな」
ゴブリンの粗悪品のナイフを細く割ろう。
ゴブリンナイフを二つの岩板に挟んで立たせる。
ダンジョン産の小剣を構えて投気を込める。
どちらも謎の金属製だが、投気を込めて俺が投げたほうが強度が上がるから問題ない。
これ異世界常識。
「切断!」
シュッ! コッ
高く軽い音が響き、ナイフの端を細長く切断された。
「う〜ん、微妙だな…」
切り出した細い金属片は、衝撃で先端が曲がっている。
叩いて直せるのだが、またすぐに曲がりそうだ。
「どうせなら、暗器として使えるぐらい頑丈な針がいいな…」
ということで、取り出したのはゴーレムが残した金属片。
これも硬いのかな?
ダンジョン産小剣に投気を込めて切ってみる。
「切断!」
シュッ! キンッ!
「まじかっ!」
ダンジョン産の小剣では異世界投げパワーを持ってしても切断できずに弾き飛ばされてしまった。
やはりあのゴーレムが残した金属は硬いな…。
「ならば縞石!」
投気と切断のイメージを込めていく。
一度ポエムを口にしたからか、スムーズに充填できているような気がする。
投げるっ!
「絶対切断!」
シュッ! キッ
音らしい音も出さずに横にスライスすることができた。
「さすがは縞石!」
さらにスライスをして3枚の板にする。
厚みは3センチほど。
次にこの3枚の金属板を重ねて縦に切っていく。
そうして出来たのが9本の3センチ角の角材で、長さは25センチ程度だ。
「次は泥石、君の出番だ」
泥石の重力で先端を尖らせよう。
投気を込める。
圧縮させ、より強固にするイメージだ。
「鍛えろ、泥石」
ギィンッ!
角材の先端を地面に少し斜めにあて、そこに軽く投げつけた。
流石はゴーレム金属。
少しひしゃげた程度だ。
これで良い。
「どんどんいくぞ」
ギィンッ! ギィンッ! ギィンッ!……
鍛冶師のようにリズム良く、徐々に先端を尖らせていく。
ギィンッ! ギィンッ! ギィンッ!……
投げゾーンに入った。
もうこの世には投げる泥石と投げつけられる棒しか存在しない。
ギィンッ! ギィンッ! ギィンッ!……
気が付くと9本の角材は全て片方の先端が鋭く尖り、中間部分も角を均して握りやすくしてあった。
根本のほうは四角のままで、少しくびれも設置してあるので紐を結ぶこともできる仕様だ。
全体的に細く伸びたので、長さは30センチほどの杭になった。
キラキラと朝日を反射させる鎚目が美しい。
我ながら素晴らしいぞ。
しかし暗器にしては、全然隠れてないな…。
当初の目的である針からも離れたものになっている。
9本のうち1本の先端をカットし、縞石で叩き伸ばして8センチほどの針にした。
針穴もほかの杭の先端で刺して設置してある。
先端をカットした残りは太短くし、両端をやや尖らせ20センチほどの暗器、寸鉄とした。
これで8本の金属杭と針と寸鉄が完成した。
これは良き!
良き武器たちが生まれたぞ。
寸鉄はパレオに差しておくとして、8本の杭はどうしようか?
少し悩んだ末、ポンチョのオイカワ魚皮に縫い刺ししておくことにした。
この状態でもじっと見ていると、頭がぼんやりしてくる。
敵には効かないけどな!
これでサッと抜いて投擲することができるし、防御の面でも効果があるかもだ。
さてさて、やっと裁縫が始められる。
裁縫はあんまり得意ではないが、男二人で生活していたから必要にかられて、それなりには出来る。
見た目の美しさを求めなかったら大丈夫だろう。
針に縄をほぐした細紐を通し、裏返しにして二つ折りにしたコートの両端を塗っていく。
縫えたらもう一度裏返すと、一応袋状にはなった。
袖に余った縄を芯材として入れ、袋状にした本体部分にも通して輪っかにする。
そして袖口を本体に縫い合わせ、袖と芯材を固定した。
巾着のように袋の口を閉めるのには、縄は使い切ったのでヘビトンボの触覚を縫い刺しした。
フードの部分がちょうど雨除けのかぶせになる。
かぶせには銀狼の牙を一つ使ってボタンのように引っ掛けて固定できるようにした。
「完成だ…」
見てくれは良くないが、充分に使えるものができたのではないだろうか。
この拠点から離れる際には持って行く荷物が多い。
それを楽に運べるようになったのは大きいぞ。
拠点を離れることが現実味を帯びてくると、おかしなもので寂しさを覚えた。
どうやらこの何もない世界でのスローライフに、意外にも馴染んでしまったようだ。
これから先、無事に文明圏にたどり着いたとしても、きっと俺はここに戻ってくる。
そんな確信めいた予感がある。
それほど俺にとって大事な場所であり、もし前の世界に帰るなら、それはきっとこの場所が重要になってくる。
何故この場所に流れ落ちたのか。
何故この時刻だったのか。
何か意味がある筈なんだ。
その手がかりを求めに文明圏に行くのだ。
それを忘れてはいけない。
もし、帰れるならお前も連れて行ってやる。
そう、風に揺れる柳に向かって約束するのであった。
「少し出遅れたが、今日もダンジョンに行こう!」
プロアウェイも俺を急かすように青く光ってる!
出来たばかりのリュックを背負い、ダンジョンに向けて出発するのであった。
「俺の冒険はまだまだ続くぜ!」