50、湖の消失
ビニール傘をバサバサ開いては閉じてを繰り返して遊…調べてみる。
普通の安っぽいビニール傘だね。
だが、頑丈ではあるようだ。
透明ビニールの部分ですら指の力では伸びないし、傷も付かない。
バランスはイマイチだが、投げられなくはない。
取手の部分で足とか引っ掛けるのに便利かも。
これは良きものを拾った。
「よろしくな、新入り!」
もう夕方だ。
地平線まで見渡せる大地の夕焼けは圧巻である。
それだけでも異世界に落ちてきたことを良かったと思ってしまう程の美しさだ。
きのう得たゴーレムの謎金属の塊を武器にしようかと思ったが、今日は辞めよう。
しっかり休んで、明日は朝からダンジョンに行こう。
翌朝。
巨大亀の火はようやく消えていた。
もう亀の形は保っておらず、黒い炭が小高い丘のように堆積してるだけだ。
その中心には付き刺さった岩の塔があるのだが、突き刺した時の衝撃と高温で焼かれ続けた結果、劣化してボロボロと風化しているようだ。
今も風に吹かれてピキピキと音を立てて、小さな欠片が降ってきている。
崩落の危険があるから、近付かないほうが良いだろう。
「あっ、湖の水がないっ!」
慌てて湖のすり鉢状の最深部に走る。
そこには一つの小さな水溜りがぽつりと残されているのみ。
水溜りは清浄の光を湛え、オレンジ頭の俺を映しこんでいる。
俺を生かしてくれた湖の水。
前の世界から共に落ちてきた水。
この湖が失われることは、姫神湖との繋がりが潰えるような気がしてならない。
寂しさや焦りが心に生まれるが、感謝の念で湖を見送りたい。
「ありがとう」
姿勢を正して礼をし、異世界の大地に接吻するように最後の水を飲み干した。
よしっ今日も元気にダンジョンアタックだ!
「はいっ!
皆さんおはようございますっ
徹底投擲チャンネルの投神です!
今日もね、引き続きダンジョンに挑みたいと思います
さぁどんな発見があるのか
最後までご視聴のほど、宜しくお願い致します
それでは、世界を〜投げ投げ!」
湖を失って分かった。
動画配信してる体をとるのは、元の世界と繋がっていると信じたいからだ。
ちゃんと録画できているかなんて分からない。
クラウドに自動アップロードするけど、電波が届いてるかなんて分からない。
むしろ可能性としてはとても低いってのは分かっている。
それでも、信じないと。
たとえ帰れなくとも、前の世界に俺は元気でやっていると伝えたい。
諦めたら、そこで投了なんだから。
今日の武器はミズカマキリ槍2本、ビニール傘、八つ石、ブーメラン2本、ゴブリンナイフ(粗悪)、流星錘となっております。
昨日の幽霊小隊の先へと進みたい。
出発だ。
流星錘歩法はますます快適で、ダンジョン内を快調に進んでいる。
宝箱は復活しており、中からは小剣が出てきた。
ゴブリンが作ったような粗末なものではなく、左右対称で鍔がついている。
人間の職人が作ったものだろう。
腰に差したゴブリンナイフ(粗悪)よりは遥かに投げやすい。
良きかな。
最初の分岐点はいつも通り右に進む。
しばらく進むと門があり、前回はゴーレムが出た部屋に入る。
「さぁ、今日はどんな相手だ?」
中央付近に踏み込むと、やはり魔法陣の輝きが発生。
光の中から出てきたのは、ダブルヘッドだ!
「お〜君か〜!」
両サイドに顔があるので、正面に立っても二つの顔から横目で見られると変な感じがする。
武器は前と同じで4本の腕にそれぞれ棍棒、剣、槍、謎の金属の輪っかを持っている。
鈍重だがそれぞれの腕の攻撃力は非常に高く、一撃でももらってしまえば瀕死に陥るだろう。
だが、もう奴の手の内は知っている。
距離をとって石に投気を込めていく。
「我に斬れぬものは無し
我が一投は絶対切断
全てを分かつ断罪の刃
全切り 縞石」
シュンッ ピシィ………ィィィィッンッ
水切りのフォームから投じられた縞石は、低空飛行からダブルフェイスの直前に跳ね上がり胸元を捉えた。
縞石は何事もなかったように貫通していき、後方の壁に当たって落ちた。
ダブルフェイスは俺に迫ろうと一歩を踏み出すが、上半身がついてこない。
つるりと滑るように上半身が地面に落ち、しばらくしてから下半身も倒れた。
「また、やってしまった…!」
苦しい!
胸が痛い!
威力が高まるのは知っているんだ。
だから呪文かポエムみたいなものを口走っちゃうんだけど、戦闘が終わると後悔の念に襲われるのだ。
もうすぐ30にもなるってのに…!
お、俺は魔法使いにはならないぞ!
彼女は何人もいたことあったし。
まぁ投げばっかやってたから、いつの間にか分かれてたことが何回もあるんだが。
勝手に寄ってきて、勝手に去っていくのだ。
お付き合いとはそういうものだ…。
そういうものか?
……。
俺がさらに心を抉られている間にダブルフェイスは溶け去り、いつもの小石と剣が残されていた。
「剣というか…」
ダブルフェイスには小回りの効く剣だろうが、俺には大剣以上の大きさになる。
ま、物資の乏しいサバイバル生活だから、もらっておこう。
小休止してから探索を再開した。
そして2回目の分岐点。
これを左に進み、しばらくいくと門の前まで来た。
昨日はここで6人組と戦ったが、今日はどんな敵が来るのか。
ミズカマキリ槍を構えて部屋の中央に踏み込む。
魔法陣の光とと共に出現したのは、またもや複数の人影!
投気を込めながら様子を伺う。
出てくるのは敵だけだと思うのだが、万が一フレンドリーな文明人が現れたらと思うと、投げるのを躊躇ってしまう。
そうこうしてる間に光が消え、そこには6人の人間らしき者達がいた。
「切り裂け、水刃!」
待たなくても良かったな。
だって現れたのは昨日と同じような幽霊小隊だったから。
バシィーッ!
槍本体はやはり貫通。
水の刃はバリヤ的なもので塞がれたようだ。
「魔法、か」
昨日のメンバーは直接武器で戦う者が多かったが、今回のメンバーは魔法使いっぽいのが多いぞ?
前衛は2人だ。
刀っぽい反りがある長い剣を持った侍風の男。
素手で軽装、格闘技を使えそうなマッチョな男。
後衛の4人は、
幽霊なのに聖職者を思わせる儀礼服っぽい若い女性。
つばの広い帽子をかぶったローブを纏った女性。
聡明そうな目をした革鎧の上にフード付きコートを羽織った女性。
そして、昨日もいた自分の首を手に持った偉そうな騎士風の男だ。
全員が武器も含めて少し透けていて、生気のない顔に殺気だけはギラギラと生々しく光らせている。
生前は何となく悪い人たちではなかったと思わせる顔立ちをしてらっしゃる。
首を手で持ってるお前を除くが!
ニヤニヤ笑うな!
だいたいお前が5人を無理やり従わせてるんじゃねーのか?
「解放してやる!」
全てを凍らせる花崗に投気を込めていく!
「凍てつけっ!花崗」
シュンッ!
後衛の女性たちが何やら呪文を唱え、壁を出現させる。
壁を凍らせたが、6人は健在だ!
なるほど、魔法の壁か。
原理は全く分からんが、水の刃もこれで防いだとなると、なかなかの強度だろう。
でもね、もう一つ用意してました。
「雷撃を喰らえ!雷石っ!」
シュンッ! ガンッ!バリバリバリバリバリバリ!
氷の壁越しでも電気は伝わるはずだ!
壁でよく見えないので回り込む。
そこには電撃でボロボロになった6人が倒れていた。
幽霊なのに見た目も傷付いたように変化するのは、何か変な気がするが。
そのうちの軽装だった素手の男が溶けていく…。
「お?」
残りの5人に止めを刺そうとしていると、5人の体が光った。
光が消えた後には、無傷の5人が立っていた…。
あの聖職者っぽい女性の仕業だな。
あんなにボロボロで瀕死の様子だったのに、一瞬で治るとは。
やるね。
「何だ?」
首手持ち騎士が自分の首を高く掲げてやがる。
口がパクパクと何事か喋り、目がチカチカと妖しく輝く。
「ウグッ…!」
電撃の仕返しとばかりに、俺の体に衝撃が走る!
魂に千の釘を打たれるような激しい傷みが俺を縛りつける。
肉体的な痛みに慣れているはずだが、これは抗う術がない。
全身を強張らさて立ち竦むのが精一杯だ。
魂が引き千切られようとしている?
掲げられている首はニヤついた顔で眺めていやがる。
他の4人は何をするでもなく、冷めた目で命令を待っているようだ。
いや、その軽蔑の思念の先は首手持ち騎士に向かっている。
やはり、そうか…。
勝ち誇ったニヤけ野郎の好きにはさせない!
「精霊よっ
我が声を聴け!
テンゲルより投げを宿命し
英雄スレンバートルの12人目の弟子たる
なげがみの
魂を縛る軛から解放せよ
導け 緑石!」
熱く、そして脈打つように光る緑石を自分の胸に投げつけた!
ゴフッ
首手持ちの首が驚愕の表情を浮かべる。
「もう俺の魂は惑わされない!
覚悟しろっ首野郎!」